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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
220/299

37.受肉

3のサラマンダーの指輪が、追い上げました!

「善きもの……、善きもの……」


 そんなもの、あったっけ? ときょろきょろあたりを見渡すマリエラ。

 自らを善きものだと信じて疑わないのか、師匠とイルミナリアが半口を開けた笑顔でこっちを見ているが、この二人は良くも悪くも人間に毒されすぎていて、一緒に悪癖なんかも引き継いでしまいかねない。


 今の段階でも個性が豊かすぎるメンバーの癖の強い部分を集めているのだ。最後のピースはもっと純粋なものがいいだろう。


「ギャウー?」

 周囲を見回すマリエラの視線にラプトルのクーが反応する。視線が合うと構ってもらえるかもと思うのか、期待に満ちた顔をするのがなんとも可愛らしい。


(言葉は通じなくても、こういうのがいいよね……。あ!)


 マリエラは右手にはめた指輪に触れると、

「サラマンダーがくれた指輪はどうですか? 人と精霊の絆みたいなものがいいと思うんです」

 と、リューロパージャに聞いてみた。


 ――ふむ、人と精霊の絆というのは良い案だが……。

 火と水とでは相性が悪い。その指輪も嫌がっていよう?――


 言われて指輪に手をかけると、マリエラの右手にはめた指輪は指に食い込んでしまったようにピクリとも動かない。


「ほんとだ、外れない……」

 ギューッと指輪を引っ張るマリエラ。

 うっかり太ったマルエラ時代も指輪が抜けなくなったのだけれど、今は抜けるどころか 回りもしない。


「あー、じゃあさ、赤竜倒した時の記憶とかどうよ? マリエラがサラマンダーを呼び出して、ジークが騎乗して戦ったやつ。

 あんときの記憶をちょびっともらうだけなら、構わないだろ?

 指輪の機能が損なわれるわけじゃない。これからもひいきにしてもらえるさ」


 フレイジージャがそう言うと、サラマンダーも納得したのかようやくすぽんと指輪は抜けた。


 くりくりくりんと指先に引っ掛けるようにして、フレイジージャが指輪を回すと指輪の軌跡が炎をまとう。小さな炎をまるで綿でも丸めるように指でこねると、「ほい」とマリエラに手渡した。サラマンダーの記憶とやらは、おひさま色の小さな飴玉のようで、触ると小さな蜥蜴のお腹のようにふにりと柔らかく頼りない。

 小さいくせにぽかぽかと温かいそれからは、マリエラのありったけの想いと魔力と共にジークを守りきったサラマンダーとの絆の強さが確かに感じられた。


 皆の罪の記憶にマリエラの『暴食』の記憶を混ぜ込んだ後、『絆』の記憶を加えると、どことなく冷たく感じた核は、熱くも冷たくもない、居心地の良い温度になった。


 ――あぁ、いい仕上がりだ。これなら、人ともきっとうまくやれるだろう。感謝する――


 マリエラから出来上がった核を受け取ったリューロパージャは、感謝の言葉を口にした後こくんと口から呑み込んで、核が口腔から喉を通って腹に落ちていくのに合わせるように、頭から崩れて水に還った。


「リューロ……」

 リューロパージャの立っていた湖畔には、先ほどの核が落ちていて、フレイジージャはそれを拾うと、先に切り離しておいたスラーケンの粘体の上にそっと乗せた。


 ブルブルブルと振動を加えた水面が震えるように、核を中心に粘体が揺れ、振動によって沈み込むように核が中へと落ちていく。


 粘体の中心まで核が移動すると、今度は水がせりあがるように粘体ごと核が盛り上がって、見る間に形を成し、先ほどまで水面に立っていたリューロパージャの姿をとった。


「リューロ! あぁ、やっと受肉したんだね!」

 抱きつくフレイジージャの腕を、リューロパージャが受け止める。

 もう、水に沈み込むような頼りのない体ではない。


「あぁ、フレイ。肉の体というものは、これほどまでに限りがあって不自由で、けれど自由に動けるものなのだな」


 リューロパージャがその両手で初めて触れて抱きしめたものが、フレイジージャであったことが、マリエラにはなんだかとても嬉しかった。


 感動的な光景だ。マリエラの瞳がうるりと潤みそうになるほどだ。

 水の精霊の受肉という神秘的な光景然り、悠久の時の果てにようやく触れ合えた炎と水の精霊然り。


 マリエラの瞳に映っているのは、深い森の美しい湖と、そこで抱き合う二人の人影。

 これを美しいと言わずして、何を美しいというのだろうか。


 バックに流れる雑音が「ニョタイカ、ニョタイカ?」というエロ猿の妄言でさえなければ、本当に完ぺきだったに違いない。


「エドガンさんは『色欲』の記憶を渡したんじゃないんですか?」

「オレのアイデンティティーはそんなことじゃ失われないさ!」


 森の湖さえ凍てつきそうなマリエラたちの視線など、気にも留めずにエドガンが答える。流石は氷結の階層やら冬のアーリマン温泉など、いくつもの極寒の地を野郎だけで乗り越えてきた男だ。メンタルの防寒仕様が完璧だ。


「エドガンの記憶は『そんなにたくさんいらない』と断られたそうだぞ。エドガンもそろそろ別の所にアイデンティティーを求めたらどうだ?」


 対するジークはなんだかまともなことを言っている。

 いつものように「さすがはエドガンだ! ブレないところはモテるだろうな!」などと、適当なことを言ったりしない。

 他力本願ではあったが、傲慢さが鳴りを潜めて多少紳士になったらしい。


「で? で? リューロパージャさんは、ちゃんとニョタイカしたんだろうな!? リューロパージャさーん!!!」

「お、おい、エドガン、ちょっとは空気読め!」


 ジークの制止をまるっと無視して、リューロパージャの性別を確認に行ったエドガンを待っていたのは、

「スライムは無性だからな。どちらでもないぞ」

 性別にこだわるエドガンをひどく不思議そうに見る、リューロパージャのなんとも味気ないお返事だった。


 この場合、一体どうふるまうべきか。

 分かりやすく思案するエドガンの肩を、ジークがぽん、と叩いて首を振る。


「見苦しい真似はよせ、エドガン」

「ぐはっ」

 ジークムント、会心の一撃。

 さすがは弓使い。急所狙いの容赦ない一撃だ。


 しかし、エドガンの防御力も大したもので、何のこれしきとばかりに反撃にうつる。


「そういうジークさんはどーなんよー? えぇ? 

 いい歳した男が外堀埋めんのに必死とかありえなくね?

 お前、弓の名手だろー? 一発で城を落として見せたらどうよ。

 てか、今回もなんでスラーケン連れ出したのか、肝心のとこはスルーのままでさー?」

「うぐぅ。そうは言うけどな、『木漏れ日』は周囲の目があり過ぎなんだよ!

 そんな中で急に距離感変えるなんて、切っ掛けがなきゃできんだろうが」

「その切っ掛け作り失敗したの、お前じゃん~」


 双剣使いは手数が多い。いきなりの猛ラッシュにジークは滅多打ちだ!


 言葉の激しい殴り合いだが、はたから見ると仲がよさそうにも見える。

(ジークたち、楽しそうだなー)

 もにもにと手の平サイズに戻ったスラーケンをもにりながら、マリエラが視線を反対側にそらすと、受肉を果たした元精霊コンビがいちゃいちゃとスキンシップを図っているし、その近くではあのクールなユーリケさえも「フランツ、大丈夫だし?」「あぁ、心配をかけた」などといつもよりも近距離でいい雰囲気になっている。


 相手のいないおっさんコンビ、グランドルとドニーノはすっかり帰り支度を整えて、この不思議な世界から何か持ち帰れるものはないかと、辺りを物色し始めている。


「……そろそろ帰ろっか、スラーケン」

 ジークではなくスラーケンに帰ろうというマリエラ。


 なんだかとっても疲れてしまった。

 もともとは、スラーケンを勝手に捨てられたゆえの家出だったはずなのだ。

 もちろん勝手に連れ出したのは怒るべきことだろうが、こうして無事だった以上、家出を継続するほどの怒りは最早ない。


 師匠を見つける目的も、マリエラに業務計画があったならば二重丸がついたであろう、想定以上の達成度だ。


「次になんかあったら、今度はジークに出て行ってもらおう!」

 成長実感に自信を深めたマリエラは、むふんと小さな拳を握る。

 ちっとも強そうには見えないけれど、意思の強さはうかがえる。何しろ今の師匠は受肉したてのリューロパージャと二人の世界で、大勢でいる今でさえ大層居心地が悪いのだ。

 しばらくは、喧嘩の際はマリエラが師匠のところへ家出するより、ジークを追い出した方がいいだろう。


 スラーケンを元居た瓶に戻したマリエラは、「イルミナリア、帰り道の案内よろしくね」と大きな瓶の入った鞄をクーの背中にくくりつけた。


「待ってくれ、マリエラ。言い訳くらいさせてくれ。このままなし崩し的に終わらせたくないんだ」

 一人ちゃっちゃと帰り支度をするマリエラにジークが駆け寄る。

 なんだかちょっぴり真剣な顔だ。


 ジークの外面くらい簡単に見抜けてしまうマリエラだけれど、今回は本当に意を決しているのが感じ取れる。どうやらエドガンと言い合って、何かを決意したらしい。


「なーに、ジーク? 謝ってもご飯抜きは確定だからね?」


 “なし崩しに終わらせたくない”と言うジークに、こちらもスラーケン連れ出しをなし崩しに許す気はないぞと牽制するマリエラ。

 最近分かってきたけれど、ジークは甘やかすと甘えるタイプだ。締めるところは締めなければ。


 マリエラの塩対応に「うぐ……」とうめいたジークだけれど、それでもめげずにマリエラの前に膝を付き、ポケットからごそごそと何かを取り出した。


「迷宮の湖の底にある、蒼い石を探してきてもらったんだ。

 これを……どうか、受け取って欲しい」


 そう言ってジークがマリエラに差し出したのは、ジークの左目と同じ色をした蒼い宝石の付いた指輪だった。


  『ジークがついにいきおった……!!!』


 誰も声には出さないけれど、これほど分かりやすいシチュエーションはないだろう。

 これには、いちゃつき中の元精霊コンビもユーリケたちも、手を止め注目せざるを得ない。


 雰囲気も前振りもなしで勢い任せ感はあるけれど、相手がマリエラなのだからこれくらいでちょうどいいのかもしれない。

 現に花より団子、色気より食い気と錬金術のマリエラが、指輪を前に面食らった表情をしている。

 折角食い気の記憶を失ったのだ。その分、色気が目覚めて欲しいものである。


「え……? えっと、ジーク、ありがとう? とってもきれいな指輪だね。


 ……でも、誕生日でもないのにどうしたの?」


「!!?」


 指輪を手に、きょとんとしているマリエラと、その反応に言葉を失うジーク。

 そして背後に忍び寄るフレイジージャ。


「知ってっか、ジーク? 指輪を贈って~ってその風習ができたのって、百年くらい前だって」

「!!!」

 フレイジージャが満面の笑みで告げた言葉に、ジークはがっくりと両手をついた。

(百年前……。二百年前から眠り続けていたマリエラは、指輪の意味を知らないのか……!!)


「そーやってなんとなーく済ませようなんて考えるからだよ、ジークくーん!」

 大層嬉しそうな様子で茶化しにかかるエドガンが憎たらしい。


「さーて、皆、そろそろ帰るとしましょうか!」

「そうだなー」

「最後まで結構楽しかったし?」


 ジークが指輪の意味を説明するより早く、マリエラが撤収の号令をかけ、一同は帰り支度を開始したから、ジーク決死のイベントはただのプレゼント贈呈式になってしまった。


「帰ったら、帰ったら、もう一度ちゃんと言うから……」

 ぶつぶつと小声でつぶやくジークをしり目に、指輪の意味を知らないはずのマリエラは、ジークの瞳の色の指輪を左手の薬指にはめると、皆と一緒にいるべき世界へ帰っていった。





ざっくりまとめ:次回! 最終回!! ……そして。


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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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