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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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薬師試験

「また、未許可の薬師によるトラブルですか。」


 商人ギルドの薬草部門長室で、エルメラ・シールはため息をついた。茶色の髪の毛を前髪まで後ろでひとまとめにひっつめて、細いめがねをかけた30代前半の女性だ。首元までしっかりと覆ったすその長い紺色のワンピースを着込んでおり、僅かにのぞく脚はブーツで隠されている。手も手袋で覆われていて、露出しているのは顔くらいのものだ。

 化粧も申し訳程度に引いた口紅だけで、髪の色も服の色も落ち着いた色合いのため、女性らしい華やかさは感じられない。


 お堅く優秀そうな雰囲気と、若くして薬草部門長となった実力から、彼女を敬遠するものも多い。迷宮都市で薬草を取り扱う大商会、「シール家」の長女であるから、『嫁の貰い手の無い彼女をそれなりの地位(薬草部門長)に就けたのだ』、と陰口を言うものもいる。


「やっぱり試験が難しすぎるんですよー、エルメラさん。難易度下げて薬師を増やしましょうよー。」


「何を言っているのですか、リエンドロさん。ただでさえ迷宮都市にはポーションが無いのです。質の低い薬師を増やしてどうします。薬の質を向上させなければ、死亡率は下がりません。大体、あの試験問題は、中級ランクのポーションが作れる錬金術師なら合格できる難易度です。」


「中級ランクって、冒険者ランクに当てたらBランクでしょー。

 冒険者はFランクから始めるものなんですよ。それを、Bランクの知識がないと薬師させませんとか鬼ですかー。

 錬金術師は居ませんけどね、錬金術スキルをもっている人は居るんです。レベル低いままでも乾燥と粉砕くらいは使えるの知ってるでしょー。そういう人に薬師になってもらって、徐々に勉強してもらったらいいじゃないですかー。」


「勉強ならば、薬師にならなくても出来ます。商人ギルドの図書室では、『薬草薬効大辞典』をはじめ我々、薬草部門が総力を挙げて編集した薬草に関する書物が無料で閲覧できるのです。薬師を目指す若者のために、講習会だって定期的に開いていますし、働く必要があるのならば、商人ギルドの認可した薬草店に弟子入りし、薬草の知識を得ながら働くことだって出来ます。」


「『薬草薬効大辞典』て、薬草の特徴やら薬効やら抽出法やらがちっさい字でページいっぱいにみっちり書いてあるやつですよね。あんなの読んだら、3分で寝ちゃいますよ。ちなみに僕の最短記録30秒です。『薬師やろっかな』ってフンワリ考えてる若者が読むわけ無いじゃないですか。エルメラさんみたいに頭いい人ばっかじゃないんですってー。ゆっくり育成していきましょうよー」


 リエンドロと呼ばれた30代後半の男性は、エルメラの部下の一人だ。自分より年下の女性の上司だが、彼を始め、薬草部門の人員にエルメラに対する不満は無い。エルメラの実力が本物であることを、分かっているからだ。

 丁寧な言動と絵に描いたようなキッチリとした外見が、取っ付き難い印象を与えるが、付き合って見れば、気さくで付きやすい人物でもある。まじめ過ぎるところもあるが、率直に意見を言え、それに耳を傾ける度量もある。みんなで頑張っていこう、と思える上司は多くない。


「まずは、リエンドロさんが育ってください。そうでないと、いつまで経っても私が辞めれないじゃないですか。子供たちのかわいい盛りに一緒に居られないなんて。」


 『嫁の貰い手が無い』等と陰口を叩かれている彼女であるが、夫と二人の息子がいる。結婚を機に、商人ギルドを退職したいと希望したが、部署全員で止めたのだ。エルメラがいないと回らないから、もう少し部下たちが育つまで待って欲しい、と。


「いい加減諦めましょうよ、エルメラさんー。僕らに代わりは無理ですってー。」


 特定の人間が居なければ回らない部署、というのは組織として失格であることはリエンドロも理解している。自分たちも成長しているし、万一エルメラが辞めても10人くらい増員すれば何とか回していけるだろう。しかし、迷宮都市の薬事情を改善しようと、懸命に取り組むエルメラと一緒に働くのは、なかなかにやりがいがあって面白いのだ。


「ともかく、薬師の質の向上は必要ですよねー。講習会を計画しましょう。『傷薬の作り方』とか簡単なヤツ。講師はエルメラさん、お願いしますねー。」


「ああぁ、子供たちと遊ぶ時間がー。」


 エルメラの背筋がぐにゃりと折れる。いつもは棒でも入っているのでは、というほどピンと伸びているのに。

 あまり負担をかけても可哀想だ。エルメラの仕事をいくつか他所に振り分けよう。スケジュールをどうしようか、とリエンドロが考えている時、薬草部門長室のドアがノックされた。


「薬師に登録希望の方が来ました。すぐに試験を受けられるそうです。問題用紙を取りに来ました。」

「私が試験を行います。1階の会議室へお連れして。」


 問題用紙を取りに来た受付の女性に、復活したエルメラが指示し、すちゃっと立ち上がった。


(うわー、運悪いな。こういう時のエルメラさんは、情熱が空回っちゃうんだよな。)


 これはフォローが必要だ、とリエンドロはエルメラの後を追った。




「マリエラです、よろしくお願いします。」


 マルロー副隊長のアドバイスに従って、商人ギルドに来て驚いた。とても大きな建物で、入ってすぐの受付で「薬師として住民登録したい」と告げると、「薬草部門」とやらへ案内された。薬師になるには試験が必要らしい。試験とやらは初めてだが、落ちても何回でも受けられるらしい。とりあえず受けてみようと思う。


 しばらくすると、奥の部屋に通された。入って間もなく、ビシリとした感じの女の人とふにゃんとした感じの男の人が部屋に入ってきた。


「試験官のエルメラ・シールです。」

「リエンドロ・カッファです。落ちても講習会とかあるし、気楽にね~」


 机の上にペンとインクが用意されていたから、紙に書くのかと思ったら、エルメラさんの質問に答えるだけでいいらしい。


「エルメラさん、それ、難易度下がってないですから。むしろ上がってますって。」

リエンドロが困った顔をして言うが、かまわずエルメラが質問を始めた。


「アプリオレの実の処理方法と、薬効を答えてください。」

「殻を剥いたあと、トローナ鉱石の粉末を溶かした湯であく抜きをします。トローナ鉱石の分量は…………」


 他の質問も、ベンダンの花、ジブキーの葉、タマムギの種、鬼棗、ウロルの花の蕾と言った、ありふれた薬草の薬効や処理方法で、マリエラの馴染み深いものばかりだった。すらすらと答えていくと、途中からルナマギアの抽出方法や、アラウネの根や葉の毒抜き方法、寄生蛭の毒腺の処理方法等、と言った上級ランクの素材の処理方法に質問のレベルが上がっていたが、マリエラは特に気にすることなく答えていく。

 自分の専門分野のことを話すのは楽しい。エルメラが、ふむふむ、うんうんと聞いてくれるので、マリエラもつい夢中になって説明してしまった。


「すばらしい……!どなたに師事したのかしら。いえ、立ち入ったことを聞いては駄目ですね。合格です!」


 無事、薬師になれたらしい。あんなに簡単でいいのだろうか。質問は上級ランクの素材にも及んだが、内容としては基礎的なものばかりだった。


「えと、薬師として薬を売ってもいいんでしょうか?薬師ランクとかあって、作れる種類が限定されてませんか?」


「いいえ?迷宮都市内でしたら、制限などございませんよ。何か疑問でもございますか?」


「基礎的な質問ばかりだったので。」


「まぁ!聞きましたか、リエンドロさん!やはり、きちんと勉強されている方はいらっしゃるのですよ!」


 疑問を促されるまま口にすると、エルメラが興奮しだした。話を振られたリエンドロは、困ってしまう。

この娘(マリエラ)もエルメラさんと同類だ。難易度分かってないよー。)


「はぁ……。マリエラさんだっけ?君、その歳でよくそれだけ勉強したね。外から来た元錬金術師だって、それだけ回答できないよー。」


「え?外から来たってことは、他所でポーションを作ってたんですよね?」


「錬金術師には『ライブラリ』がありますでしょ?『ライブラリ』頼りで自分の頭で覚えていない錬金術師ばかりですのよ。」


 『ライブラリ』とは練成素材の処理方法から各種ポーションの作成方法にいたるまで、錬金術スキルで創造し得るあらゆる情報を登録、閲覧できる情報庫のことだ。地脈から離れると閲覧できなくなることから、その情報は地脈に保存されていると言われている。地脈とラインを結んだ後に接続できるが、閲覧できるのは同じ『流派』の情報のみである。

 錬金術師の『流派』については、定義が定かでないが、マリエラは、師匠や兄弟弟子、師匠の師匠位のレシピを見れるから、なんとなく近しい師弟関係者のことだと理解している。


「『ライブラリ』って完全に覚えないと、次の情報を閲覧できないですよね?」


「そんな『設定』、普通しないでしょ……」


 すばらしい師匠ですね!と言いたげに顔を輝かせるエルメラと対照的に、リエンドロはげんなりしている。

 『ライブラリ』の情報開示条件は、師匠となる者が『設定』出来るらしい。たとえば、ポーションの作成レシピなら、作成可能なレベルになってから開示される場合もあれば、作れないランクのものまで最初から開示されている場合もある。逆に危険なレシピや独占したいレシピなどは、『後継者以外閲覧不可』にすることも出来る。

素材の薬効や調整方法などは、数が極めて多いこともあり、最初から開示されている場合が殆どだという。


(くそ師匠。けち師匠。いけず師匠。)


 マリエラの場合、開示済みのすべてのポーションを、道具を使わず錬金術スキルのみで創造できるまで、新しいポーションの作成レシピは閲覧できないし、素材情報も完璧に記憶して処理できるようになるまでは、新しい情報が開示されない。立ち入ったことは聞かれなかったが、リエンドロの言動から察するに、かなり厳しい条件のようだ。

 そういう物だと思っていたから、特に気にせず覚えてきたが、よく考えたら、『錬金術スキルを応用したおいしい料理レシピ』だとか『暮らしを便利にする練成品』、『奥様錬金術師の家事テクニック』なんていう、ポーションに関係のない情報は、はじめから閲覧し放題だった。誰だよ、こんなの登録したのは。

 まぁ『料理レシピ』にはお世話になった。何せ師匠は料理なんて出来なかったから、師匠が持ち込んだ食材を加工するのも幼い頃からマリエラの仕事だった。『料理レシピ』の通り錬金術で作った料理は、すばらしくおいしくて、師匠もマリエラも大満足だった。食べ物に釣られて、こういったレシピだけ閲覧できることを、全くおかしいと思わなかった。


「マリエラさんは、迷宮都市で薬屋をなさるのですよね。何処にお店を構えるおつもりですか?冒険者ギルド内の店舗に薬を卸すのでしたら、紹介いたしますよ。」


「えっと、住む所が決まっていないので、住民登録をして、お店を開ける家を紹介して貰えると聞いて来たんです。」


 師匠が絡むとすぐに思考が脱線してしまう。エルメラの問いかけに、マリエラは本来の目的を思いだした。


「まぁ!リエンドロさん、住居管理部門へお連れして。良い物件を紹介するよう、念を押して下さいね。薬師の認可状と住民登録の手配も忘れずに。マリエラさん、落ち着いたら、是非、薬を持っていらしてね。そうそう、合格の記念にこちらを差し上げます。ご存知の内容ばかりかも知れませんが、『薬草薬効大辞典』と言いまして、迷宮都市で確認された薬草についてまとめてありますの。」


 エルメラさんは、見た目と違って熱血な人なのだろうか。ずいぶん歓迎されてしまった。

 別れ際にもらった『薬草薬効大辞典』は、立派な装丁の分厚い本で、とても高価そうなものだった。こんな高価なものを貰っても良いのかと聞くと、「薬草部門に配属された新人が、写本したものですから遠慮なさらず!」とのことだった。ページをめくると所々に涙の跡が滲んでいる。リエンドロが「浄化魔法かけてあるから。汚くないから。」と言っていたから、涙じゃなくて涎かも知れないけど。

 『薬草薬効大辞典』にはマリエラの知らない薬草も載っていたし、知っている薬草でも迷宮で採取できる階層や時期と言った採取情報が載っていてとても有益だ。とても有難い。

 エルメラにお礼を言って部屋を出る。エルメラさんは満面の笑みで送りだしてくれた。


 廊下で待っていたジークと合流し、リエンドロさんに連れられて、住居管理部門へ向かう。


「キミ、すごいね……」


 エルメラさんと別れた後、リエンドロさんに、感心されてしまった。ナゼだ。

 それを聞いたジークが、得意げな顔をしていた。ナゼだ。




料理フラグを立ててみました。

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