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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
195/299

13.2階西側

接戦でしたが1でした。

「……あそこは、開かずの扉だし?」

「いや、素材がね?」

「今さっき、開かずの間に確定したばかりだし?」


 毛虫の魔物の死骸が転がっているはずの東側の扉の前で押し問答を始める二人。

 ユーリケのまさかの全力拒否にあったマリエラは、仕方なく一人でそろりと扉に近寄った。


 耳を当てて音を聞いても特に何も聞こえない。とはいえ、毛虫の這う音を聞き分けられる人間が一体どれだけいるだろう。


 そろりと扉を10センチほど開けて、中に干した魚肉を放り込む。毛虫の魔物が残っていたなら食いついてくるのだろうが、何の動きも感じられない。もう安全なのだろうと中を覗き込んだマリエラは、中の惨状に思わず声を漏らす。


「うわぁ……なんか、魔力がガリガリ削られる感じ……」

 もし、なにかがガリガリ削られているならば、それは魔力とは別の正気に関する何かだろう。

 生き残った毛虫の魔物は“首飾り”の下へ戻ったのか、扉の向こうに動くものは見当たらなかったけれど、あたり一面粘液まみれ、毛虫の残骸まみれの状況は、見るものの精神力を音を立てて削っていくような状態らしい。それだけでも堪らないのに、さらに最悪なのが立ち込める臭いで、生臭いような嗅ぎなれない悪臭に、マリエラは込み上げる吐き気を抑えるのに必死だ。


「この臭いだけでもなんとかしないと。この辺りのはぐちゃぐちゃ過ぎて使い物にならないから、とりあえず《乾燥》、《換気》っと」

 マリエラが結構な魔力を込めてあたりの残骸を乾燥させ、換気の風と共に吹き飛ばしたおかげで、西側の廊下は視覚的にも嗅覚的にも随分とましな状態になった。


「……マリエラ、さっさと終わらせるし?」

 さすがにマリエラを一人で行かせるわけにはいかないと思ったのか、いやいやながらもユーリケが後ろからついてきてくれる。


「ありがと、ユーリケ。えっと、これなら……だめだ。じゃあ、あれは……」

 窓から差し込む光のおかげで、毛虫の残骸は見たくない詳細部位まで鮮明に見える。

 虫だと思えば悲鳴を上げるマリエラも、素材だと思えば平気なのか、つぶれずに済んだ毛虫の残骸を一つ一つ確認しては「これも使えない」とため息をついている。


「なにを探しているし?」

 マリエラ一人に任せていては、時間がかかり過ぎてまた毛虫が戻って来るかもしれないとユーリケが問うと、

「うん、お尻に近いところにある臓器なんだけどね、毛虫の内臓は柔らかいから衝撃でつぶれてぐちゃぐちゃに混ざってて」

 とあまり聞きたくない答えが返ってきた。


「……それなら、もう少し向こうで探した方がはやいし?」

 ユーリケはなるべく毛虫の死骸を見ないようにしながらマリエラをクーの背に載せると、累々と続く粘液と肉片の終点付近にマリエラを連れて行った。



 そんなユーリケの嫌々ながらの協力のおかげで、お目当ての素材を手に入れることができたマリエラは、先ほど解毒ポーションを作った北側の部屋で、もう一つの素材の回収を始めた。


「マリエラ、魔道具を使うし?」

「うん。この送風機が必要なの」

「送風機を使うのに、何で壊すし?」

「この部分を使うんだよ」


 微妙に噛み合わない二人の会話。マリエラはいくつもの魔道具から送風機ばかりを集めてきて、しかも魔力を送ると膨らんで風を送ってくれる風船部分をはさみで切り取っているのだから、ユーリケが「使う」の意味を勘違いしても仕方あるまい。


 送風の魔道具の風船部分が魔力を流すと膨らむのは、虚勢蛙という蛙の魔物の頬袋が使われているからだ。魔物と言っても弱い部類のこの魔物は、自分を強く見せるため、頬袋を驚くほどに大きく膨らませる。この袋の丈夫さは、パンパンに膨らんだ状態で多少つついても割れないことから明らかだが、この素材の一番の特性は、空気を吸い込まなくても魔力を流せば風の魔法で瞬発的に袋を膨らませてくれるところだ。


 急激に膨れて攻撃を跳ね返し、そのまま抜ける空気で逃げ去るというのが虚勢蛙の生存戦略なのだろう。


 この特性を利用したのが送風の魔道具なのだが、魔物と言えど生物の、しかも蛙の皮だから、乾燥させた状態で無限に使えるわけではない。交換しながら使用する消耗品だから、今の迷宮都市では別の方式が採用されているのだが、なぜかこの工房には古い方式のこの送風の魔道具が置いてあったのだ。もちろん交換用の予備もいくつか置いてある。


 マリエラはその送風用の風船部をはさみでチョキチョキ切りながら補強用の針金から切り離し、頬袋だけを集めていった。


 一旦、乾燥させた後、粉にした頬袋を《命の雫》がこめられた水で煮込んでいく。魔力で風を集めるのは、頬袋の内側に多く分布する細胞で、こうして煮込めば透明で粘りのある状態になって取り出せる。濾過できる程度まで水で薄めてから分離し、そのあと再び濃縮する作業は本来ならばひどく時間がかかるものだけれど、操作としては初歩的なものだ。


「あとはー、さっきの毛虫の……」

「声に出さなくていいし」


 ユーリケにちょいちょいダメだしされながら、マリエラは新しいポーションを完成させていった。



 *****************************



「ここも錬金術師の工房?」

「どうなってるし?」


 ポーションを完成させた後、北側の廊下を進みながら、一定間隔で部屋を確認していくマリエラとユーリケ。

 毛虫の素材を回収したら、避難用の部屋を確認しながらなるべく早くドニーノと合流できるように北へ向かうことにしたのだ。


 だから、すべての部屋を確認したわけではないのだけれど、開けた部屋はどういうわけかどれも錬金術師の工房だった。

 どの部屋も最初に訪れた部屋と同じく、さっきまで人が居たかのような様子で、作業仕掛けの薬草が置いてあったり、稀に食事が湯気を立てていたりする。

 けれどどの部屋にも人影は無いのだ。


 そしてもう一つ不思議なことに、ポーションに加工したり《薬晶化》した素材は部屋から持ち出せるのに、処理済の薬草をそのまま部屋から持ち出すと、さらさらと崩れて消えてしまうのだ。

 粉にした薬草を練り混ぜただけの煙玉は持ち出せなかったけれど、成分を抽出して配合しなおした煙玉は、一部工房にあった素材をそのまま混ぜ込んでいても持ち出せた。

 食事を頂いた後に部屋から出ても空腹状態に戻ったりはしないから、何らかの形でマリエラたちの『物』に変換しなければ、部屋から持ち出せないルールらしい。


 いつでも逃げ込めるようにと開けっ放しにした部屋の扉も、一旦別の部屋に入って出てみると、扉が閉まらないよう噛ませた荷物を廊下側に押し出して閉まっていたりする。


 部屋の中には照明の魔道具があったり、ランプが灯っていたりと部屋によってさまざまな照明がついていて暗いわけではないのだけれど、塔の部屋のように一定間隔で松明が灯っているわけではないから、これらの部屋は魔物が侵入してくるかもしれない。見つからないよう隠れるくらいに考えておいた方がいいだろう。


「なるべく魔物に会わないように慎重に行動しよう」

「それがいいと思うし」


 マリエラとユーリケは部屋の中を確認しながら慎重に北へと進んでいった。


 そんな二人の前に先ほどと同じ両開きの大きな扉が現れたのは、南西の塔を離れて数時間後のことだった。距離的には西の塔の下あたりだと思われる。

 夜になるなりフランツの居る北西の塔を飛び出して南西の塔に辿り着き、西側でドニーノに会って毛虫に追われた。いろいろなことが一気に起こってとても時間が経った気がするけれど、仮眠はとっていないから通常であるならば夜の明けきらぬ頃合いではなかろうか。


 何時間も前から明るいままの窓の外を見ながら、マリエラはぼんやりと考える。


 ドニーノは、何と言っていただろうか。

 たしか、「ちゃんと昼になってから」と、そう言っていたはずだ。「ちゃんと昼」とは、夜が縮まって明るくなった後ではなくて、通常の世界での正午頃のことではないのか。


「マリエラ、開けるし?」

 ユーリケが扉に手をかけ、最後の確認をしてくる。


 その最後の確認に、マリエラは……。





前回は時間を問う分岐でしたが、伝わっていないと思われましたので、ファイナルアンサーを設けました。


《地脈の囁き》7/15 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。

       ※ 結果は16日に更新します。


1.「うん」

  ユーリケの最終確認に、考え事をしていたマリエラは思わず返事をしてしまう。


2.「まって! もう少し時間を空けてから、正午ぐらいに入ろうよ」


3.「まって! 昼でも魔物はでるんだし、夜になってから暗闇に紛れた方がいいんじゃないかな?」

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