表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
192/302

10.南西の塔から北西の塔へ

1でした~

「西か北西の塔にはフランツさんがいる気がするよ。このまま4階の通路を駆け抜けて西の塔に向かおう。そして北西の塔を目指すの。大丈夫、エドガンさんは強いし、火炎瓶も置いて来たもの。他の仲間を助けた方がきっと喜ぶよ」


 ユーリケからほんの少し感じる罪悪感を打ち消すようにマリエラは言う。2個目の記憶の珠が見つかったのだ。エドガンも苦戦しているのだろうが、エドガンでさえ苦戦する状況でほかのメンバーが無事でいられるとも思えない。一刻も早く火炎瓶を届けに行かなければ。


 マリエラの提案に、吹っ切れたようにユーリケが頷く。ユーリケが操るクーの脚にはさらに力が入り、素早く北へ続く扉を蹴り開けると、西の塔に向かって駆け出した。


 ボンボンと、一定間隔で火炎瓶が火柱を上げ、黒い魔物を焼き尽くす。サラマンダーは炎からマリエラたちを護るだけでなく、炎焼範囲の調整までしてくれているのか、マリエラたちが駆け抜けるより早く黒い魔物は炎に焼かれて消えていく。

 珠は全ての魔物がもっているわけではないのか、それとも駆け抜けるのに懸命で拾うことができなかったのか、西の塔に着くまでは新しい球を見つけることはできなかった。


 ばん! と勢いよく西の塔の扉を開けて中に飛び込むと、この部屋には欠けることなく松明が付いていた。恐らく安全なのだろう。

 ここならば、誰かが避難しているかもしれない。


「誰かっ、誰かいませんかー!!」

 マリエラが声を張り上げる。マリエラの声は西の塔にむなしく木霊するだけで、誰の返事も聞こえては来ない。


「ユーリケ、このまま北西の塔まで行こう。たぶんここには誰もいないし、いたとしてもたぶん安全な場所だから、ここは後でもいいと思う」

「分かったし!」


 マリエラとユーリケを乗せたラプトルは再び夜の通路へと駆け出す。

 夜の闇より暗い魔物がひしめいている通路へと。


「えい!」

 戦闘力が皆無でどんくささも抜きんでているマリエラだけれど、魔力量だけはずば抜けている。込めれるだけ魔力を込めた火炎瓶は、ユーリケの風魔法の補助を受けて進行方向に向かって飛距離を伸ばし、上げた火柱をサラマンダーがさらに遠くへ引き延ばす。


 その炎に呼応するかのように、北の方で火柱が上がる。

 エドガンだ。北東の塔の3階通路に届けた火炎瓶に気が付いてくれたのだろう。

 恐らくは、窓に置いておいた食べ物の匂いにつられて。

 なかなかに野性的な男だと、ここは褒めておくべきか。


 負けじとマリエラも火炎瓶を放り投げ、高く火柱を立ち上げる。

 火事場のような火炎渦巻く通路を駆け抜けるのは、恐ろしいものだと思っていたのに、想像していたよりずっと綺麗だとマリエラは思った。サラマンダーが守ってくれているからなのだろうが、夜だというのに明るくて、温かくて、マリエラたちの行く先を力強く後押ししてくれるように感じる。


 明るい炎のトンネルを抜け、北西の塔に辿り着く直前、その炎のトンネルはかき消すように消え去った。

 東から差し込む優しい光。


「朝だし! こんなに早く!? 水が満ちる! 扉が閉まってしまうし!」

 こんなところで締め出されてはたまらない。ユーリケやラプトルのクーはともかくマリエラは泳げないし、炎の精霊たるサラマンダーが水の中で存在できるとはとても思えない。


 何匹かの黒い魔物が張り付くのも厭わずに、何とか北西の塔に駆け込んだ時には、外は水が満ちていた。北西の塔4階は北東の塔と同様に東西をつなぐ通路側の扉が取れて無くなっていた。当然、松明も灯っていない。だからほとんど水没していたにも関わらず扉をあけられたのかもしれない。


 張り付いていた黒い魔物は水に触れると溶けるように消えてなくなった。スライムのような外観なのに、水の生き物ではないらしい。


 どんどん実体化して下から登って来る水に、まだ水に濡れていない頭部にサラマンダーを乗せたマリエラは、「ユーリケ、早く上へ!」と声を上げる。


「分かってるし!」

 マリエラたちを乗せたクーは、サラマンダーのピンチを救うべく全速力で塔を駆け上がる。霧は下からどんどん満ちてきて、一定の濃度になると水に変わっていくようだ。


 ラプトル陸上競技会などというものがあったなら、金メダル間違いなしの俊足で、塔の螺旋階段を駆け上がっていくラプトルのクー。

 流石はかつて、デス・リザードの凶刃を躱しマリエラを助けただけはある。

 普段はおちゃらけているけれど、やる時はやるラプトルなのだ。


 マリエラたちが北西の塔の中層に辿り着き、そこの松明が全て灯っていることを確認してようやく、クーは倒れるように走るのを辞めた。


「クー、ありがとう。何度も私たちを助けてくれて」

「クー、偉かったし。お前はほんと、凄い奴だし」

「キャウキャウキャウ―」


「ありがとう」なのか「でかした!」なのか。マリエラの頭上からクーの頭上に飛び移ったサラマンダーがぺちぺちとクーの頭を尻尾で叩きながら鳴いている。

 マリエラどころか普段は厳しいユーリケにまで褒められて、よほどうれしかったのだろう。フッフと息の整わぬままクーだけれど、尻尾の先を持ち上げて嬉しそうにフリフリしている。デス・リザードにきられた尻尾だが、再生して貰ってこんな所でも役に立った。


「今日はご馳走作るね! うんと元気の出るやつ」

「ラプトルは調理したもの食べられないし?」

「……ギャウン」

「キャウン」


 ユーリケの話ならクーには何となくわかるのか、クーが残念そうに鳴く。

「クー、食べたいみたいよ?」

「うーん、ちょっとだけだし? それより、魔力のこもった水をあげるといいし?」


 そんな話をしながら夕食の支度をしようと立ち上がったマリエラを、「しっ」と急にユーリケが制した。


 マリエラがどうしたことかと周りを見れば、ユーリケだけでなくクーもサラマンダーも、マリエラたちが昇って来た階段の方を凝視している。

 まだ息の整わないクーはすぐにでも駆け出せるように、呼吸を落ち着かせようとしているようだ。


 あの階段の下は途中まで水没しているはずだ。

 黒い魔物は水に溶けたから上って来たとは考え難いし、この部屋にはかけずに松明が灯っている。安全な部屋だと思っていたのに。


 ひたひたと、水を滴らせながら歩く足音がマリエラの耳にも聞こえてきた。

 水没してから随分時間が経っているはずだ。そんなに長い時間、水の中を移動してきたとでもいうのだろうか、今まさにこの階層へ辿り着こうとしている何者かは。


 マリエラの緊張がマックスに達した時、ユーリケが嬉しそうな声を上げた。

「フランツ!」

「……ユーリケ、無事だったか」


 どうやら水の中を移動してきたのはフランツだったらしい。

 緊張していたクーが「ギャフン」とひそめた息を吐きだしている。

 緊張がマックスだったマリエラの方が「ギャフン」と言いたいくらいだ。


 しかし、びしょ濡れのまま階段を上って来たフランツの言動は、マリエラにはどこか不自然に感じられた。


「ユーリケ、その人は……?」

「マリエラだし?」

「マリエラ……、そうだった。今回の依頼主だったな」


 どうやら随分記憶が抜け落ちているらしい。マリエラのことも、今回の依頼主くらいにしか覚えていないようだ。

 エドガンと違ってフランツは治癒魔法使いだから、黒い魔物の被害が大きかったのだろう。


「フランツ……。夜になったら一緒にここを離れるし!」

 びしょ濡れのフランツを《乾燥》させ、その手を取って説得するユーリケに、フランツは

「それはできない」

 と首を振る。


「どうしてだし? フランツもここを護らなきゃと思っているし? 治癒魔法使いのフランツには無理だし! エドガンに任せた方がいいし!」


「この神殿は、我が根源に連なるものだ。守らねばならないと私に流れる血が告げるのだ」


 仮面から覗くフランツの瞳。その色は途中で拾った珠に混じっているのと同じ金色で、師匠の瞳とはまた違った、どちらかというと爬虫類を思わせる濡れた輝きを宿している。その瞳孔は縦に細長い。あの珠がフランツと同じ色を持つのなら、フランツのフードに隠れた髪はきっと青色なのだろう。


 ユーリケがどれほど必死に説得しても、フランツは「ここで神殿を守るのだ」の一点張りで、この塔を離れる気はないようだ。


「とりあえず、食事にしよう? フランツさんもお腹空いてないですか?」

 マリエラの提案に、「ありがたい」とフランツは答える。

 どうやら譲れないのはこの塔から離れることだけで、夜になるまでは一緒に過ごしてくれるようだ。


「魚か。それならば他にもあるぞ」

「運ぶの手伝うし」


 フランツと少しでも一緒に居たいのだろう。フランツが捕まえて塔の最上階においてあるという食料の運搬はユーリケとフランツ、そしてクーに任せて、マリエラは料理を開始した。


 ユーリケと一緒に捕まえた魔物魚は、エドガンに差し入れてしまったから残り少ない。

 この赤身の魚は濃厚で、料理の仕方によって肉のようにも仕上がるから、にんにくに似た香草と持って来た調味料で漬け込んでから炙り焼きにしよう。

 ユーリケが火炎瓶の材料と一緒にむしり取った水草に丁度いい物があったはずだ。


 《錬成空間》の中で赤身の魔物魚を漬け込みながら、窓から手が届く範囲の薬草を採取する。食べられる水草があれば助かるし、火炎瓶の材料となるゲプラの実があればさらに有難い。

 この階層はゲプラが生息するには深すぎて、残念ながら亜種ばかりだったけれど、食用油が取れるものが手に入った。後は、根っこが食べられるもの。水草にしては丈夫な根っこは繊維ばかりでそのまま食べるとは歯に詰まるが、斜めに切った後、油で揚げるとごぼうのような味になる。水草のサラダは少し苦みがあって味も単調だから、添えるときっとおいしいだろう。


「マリエラ、お腹空いたし」

 調味料に漬け込んだ赤身の魚肉をサラマンダーで焙っていると、ユーリケたちが帰って来た。遅いと思ったら、水草の採取もしてくれていたようで、クーの背中にこれでもかと言うほどの量が積んである。


「……スゴイ量。クーもフランツさんも力持ちなんだねぇ」

 思わずそんな間の抜けた台詞が漏れてしまうほどには二人の荷物は多かった。


 天井に着くほどの薬草を積み込んだクーもそうだが、巨大な蛇のような魚の魔物を、体に巻き付けるようにして運んできたフランツも相当だ。


「これは鶏肉のような味がするんだ」

 魚より蛇に近い魔物らしい。

「鶏肉……。から揚げ……。少ししかない油で揚げるには……」


 マリエラは真剣だ。ポーションを作る時のような真剣なまなざしで、蛇の魔物をにらみながら何事かを考えている。


「マリエラ、手伝うし?」

「ありがと、ユーリケ。じゃあ、その蛇の魔物、一口大に切ってくれる?」


 二人の少女の野外調理だ。それだけならば微笑ましいはずの光景なのだが、二人の前に横たわるのは彼女らを丸呑みできそうな蛇の魔物。蛇の体に縦にナイフを入れて皮をひん剥く作業はフランツがしてくれたけれど、ピンク色の身をザクザクと容赦なく切っているのはユーリケだ。マリエラは切られた肉を調味料と一緒に《錬成空間》に放り込んで「ちょい《加圧》」した後、イモから採れる粉を放り込んで《錬成空間》ごとぶんまわし、ノズル形状に成形した《錬成空間》で少ない油が均一になるように噴霧している。

 特級ポーションにいたるために磨き上げた上級ポーション作成のテクニックをフル活用だ。


 《過熱》

 揚げ物は温度が重要だ。もちろんエリクサーさえ作り上げたマリエラだ。肉の声に耳を傾けて、外はサックリ中はジューシー、肉の油一滴逃さず旨味を引き出す温度管理で揚げ物を仕上げる。

 こんな高度な錬金術スキルで作られた料理など、ここでしか食べられないだろう。


「美味いな」

「美味しいし! フランツ、一緒に来れば、毎日こんな料理が食べられるし?」

「……残念だが。……残念だ……」


 マリエラの超絶錬金術料理とユーリケのあざとい心理攻撃に、フランツの血の定めさえ揺れている。

 とても美味しく楽しいひと時だったけれど、フランツはやはり「ここに残る」の一点張りで一緒に来ると言ってはくれなかった。


 その夜は、皆でこの中階で眠ることになった。

 マリエラのポーチにはフランツの珠がある。ここで眠ればマリエラもフランツの過去を覗き見てしまうだろう。そう思って、上の階で眠ると言ったマリエラだったが、フランツとユーリケに危ないからと止められてしまった。


 フランツに事情は話していない。過去を夢に見るのだと知っているユーリケは、「まだ不確定要素が多いし。確実に記憶が戻る方法を取るべきだと思うし」と言っていた。

 どうやらユーリケは「マリエラがいること」も記憶回復の条件の一つだと考えているらしい。


 窓の外から明るい光が差し込む中、マリエラたちは眠りに就いた。


 マリエラの見たフランツの夢は、ユーリケと二人帝都のスラムに開かれた診療所で暮らしていた頃の、何気ない日々の記憶で、質素な診療所の佇まいも、ささやかながら二人で暮らすユーリケとフランツの様子も、どことなく師匠と暮らした魔の森の小屋を思わせた。


 特別なことのない、平凡な日々。

 秘密を垣間見なかったことはマリエラに罪悪感を抱かせなかったけれど、フランツの記憶はマリエラに望郷の念を募らせた。


(師匠をさがさなきゃ……)

 志を新たにしたマリエラのそばで丸まっていたサラマンダーは、キラキラとした金の瞳でマリエラを見つめていた。



 *****************************



「マリエラ、西の塔の探索だけど……」

 北西の塔で夜を待つ間、ユーリケがマリエラに話しかける。

 黒い魔物を多く倒せば、夜は早く明けてその分昼が長くなるようだ。とはいえ、水の中のこの世界では時間の感覚はあいまいで、ここへきて3日目だというのに、まだ数時間しか経っていないような感覚もある。


「フランツと、ついでにエドガンを早く連れ出したいし、あそこは安全そうだから、西の塔の探索はせずに2階を目指したいし」

 それはユーリケの偽らざる気持ちだろう。記憶を失いながらもこの塔から動こうとしないフランツを心配し、焦りを感じているのだ。


 今までの塔の様子から、西の塔は安全で、上に行けば火炎瓶の材料や薬草、食料が、3階に下りれば瓶や雑貨が手に入るのだろう。フランツに火炎瓶の大半を残しても新しい物を作って補充することができる。もしかしたら、塔の天辺に誰かが避難しているかもしれない。けれど、瓶や薬草を探している間に夜が明けて、1日足止めされてしまう。


 西の塔で1日すごすか、西の塔は通り抜け南西の塔から2階を目指すか。

(エドガンさんの珠が二つもあるんだから、エドガンさんの記憶を返しに行くっていう選択肢もあると思うんだけど……)


 マリエラは少しだけ迷った後、ユーリケに行き先を告げた。


《地脈の囁き》6/24 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。

1.あるだけの火炎瓶をフランツさんのために置いて行って、私たちの分は西の塔で作り直そう。1日無駄になっちゃうけど、その方が安心だと思う。

2.西の塔の探索はあきらめて、2階に急ぐべきだよ。火炎瓶は半分だけ置いて行こう。ゲプラの実はまだあるんだし、瓶はきっとどこかで見つかるよ。

3.エドガンさんの記憶を返しに行かない? 記憶をなくしたままなんて、可哀そうだよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2026年2月28日、帝都編「愚者の石」上下巻、コミックス4巻同時発売!!
6年ぶりの書籍化です。何卒宜しくお願い致します。

小説1~6巻、コミカライズ第一弾(小説1巻部分)全2巻、第二弾「輪環の魔法薬」1~3巻好評発売中です。

★生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら★(なろう内、別ページに飛びます)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ