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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
188/302

06 北東の塔

「じゃあ、開けるし?」

「うん」


 日が落ちる前にマリエラとユーリケは3階の通路を通って北の塔の扉の前にいた。

 廊下の窓から外を見る景色は、日が落ち空の色が変わるに従い透明度が増していく。視界がクリアになるのと光が失われていくのは同時だから、じっと見ていなければ分からないけれど、外の水は風呂の栓を開けて水を流し出すように減るのではなくて、光の消失と共にその存在を消すようだ。


 ユーリケが日が完全に落ち切る前、ドアノブが回せるようになるなり北の塔の扉を開けたから、開いた扉の向こうは霧の中のように水の気配が濃密だ。


「下に行く階段は……ないね」

「西への通路は、扉が壊れてるし?」


 この部屋にも東の塔の3階より量は少ないが、いくつか棚や箱が置いてある。こわれた箱から飛び出しているのは女性が好みそうな鮮やかな色合いの衣類や装飾品。手紙や化粧品もあるようだが、どれも濡れて使い物にはならない。


「マリエラはそこにいて。すぐに戻るし?」

 西の廊下に続く扉は壊れて扉自体が取れている。ユーリケは素早い動きで西の廊下に駆け出していく。


 マリエラとクーが扉から西の廊下を覗くと、薄暗さと霧のように残る水で先がよく見通せないが、先から沈む前の夕日が差し込んでいる。

(よく見えないけど……、廊下途切れてる? って、あれ? 松明は?)


 北の塔に来るまでに通って来た廊下には松明はあったのに、この部屋にもこの先にも松明は灯っていない。浸水していたのだ。火が消えて当たり前なのだろうが、今までの部屋の松明は燃料を足していないのにずっと燃え続けている。だから浸水した場所で灯っていても不思議には感じなかっただろうに。

 マリエラはこの部屋と西へ続く廊下に松明が灯っていないことに、なぜか違和感を覚えた。


 ゴウッ。

 マリエラの違和感を吹き飛ばすように、廊下の端から火の手が上がる。ユーリケが火炎瓶を使ったのだろう。部屋に漂っていた水の気配は消えていて、外はすでに真っ暗だ。きっと、黒い魔物が現れたに違いない。


 マリエラはいつでも逃げ出せるように、クーの背中に乗り込む。

 ラプトルの頭の上に移動したサラマンダーが明かり代わりに部屋を照らしてくれている。


「マリエラ、廊下は駄目だった。途中から外壁ごと崩れてて、どの階からも西にはいけないし? それに、黒い魔物、すっごい数湧いてるし!」


 戻って来たユーリケは、するりとクーの背中に乗り込む。二人を乗せたクーは待ってましたとばかりに階段を駆け上がり、外壁通路階である4階へと駆け上がった。


「うわ、ここも!」

 外壁通路に繋がる4階の部屋も、西側の扉は壊れていた。この部屋にも松明は灯っておらず、サラマンダーの明かりだけではとっさに部屋中を見渡せない。けれど、よく見れば西側の扉からは廊下を埋め尽くすほど大量の黒い魔物がうぞうぞと迫ってきている。

 全体が黒い軟体状の魔物だから、小さい個体が複数いるのか、巨大な個体なのか区別が付きにくいが、とにかく黒い水が押し寄せるような大量ぶりで、すぐに避難しなければあっという間に呑み込まれそうだ。


「ユーリケ、上に!?」

「だめだし! この様子じゃ、上も安全か分からないし!」

「でっ、でも、南側にも魔物がっ!」


 クーが器用に前足で扉を開けた先、東の塔へ戻る外壁通路にも黒い魔物が何尾もいた。壁を伝って昇って来たのだろう、西側のように、通路を埋め尽くすほどではないけれど、その数はどんどん増えてきている。

 上の階へと逃れるか、もといた東の塔に引き返すか。引き返す通路には魔物がいるけれど、上の階は行き止まりだ。こんな場所に仲間がじっとしているとは考え難い。


「ちっ、こんなに多いとは思わなかったし。こんなところにモタモタしてるアホは、黒鉄輸送隊にはいないと思うし! 火炎瓶使って駆け抜けるし!」

「わかった! 火炎瓶投げるから、炎が上がった瞬間に飛び出そう!」


 マリエラは火炎瓶を取り出すと、サラマンダーで火をつけて、えいやっと通路へ放り投げる。火炎瓶はマリエラが投げたにしては上手に飛んで、室内の壁に当たらず扉を数歩出たあたりに落ちて薄く広く炎を上げる。急に上がった火の手に黒い魔物も怯んだのか、マリエラたちが逃げる隙が生じたようだ。


 その隙を逃さずユーリケがクーを駆る。人間用の扉をくぐれるよう、頭を下げ、低姿勢になったクーが弾丸のように通路へと飛び出す。一歩目で外へ、そのまま助走を付けて炎を飛び越えようと、脚に力を込めたその時。


「! 上!?」


 炎を除けた黒い魔物が塔の壁を登っていたのだろう。頭上から、黒い魔物が降って来た。その魔物はユーリケの鞭で弾かれ、サラマンダーの炎で焼かれて防壁の下へと落ちていったけれど、そのとっさの動きでラプトルの脚は止まってしまい、その隙に頭上からどんどん黒い魔物が落ちて来る。


「わっ、やっ!」

「ちょっ、マリエラ落ち着くし!」


 ユーリケは続く魔物を鞭で叩き落とそうとするけれど、ユーリケの背中で火炎瓶を投げようとするマリエラが邪魔でうまく動けない。サラマンダーは黒い魔物を燃やしてくれるけれど、燃やす力はあっても吹き飛ばすことはできないから、燃え盛る塊がマリエラたちの頭上めがけて落ちて来る。

 マリエラたちが騎乗していなければ、クーが尻尾で弾き飛ばせるのだろうが、マリエラを乗せたまま空中で1回転したら魔物と一緒にマリエラまで吹き飛ばしてしまうだろう。


 万事休す。

 燃え盛る黒い魔物がマリエラたちの頭上に落ちようとしたその時。


「《ウインド・エッジ》からのー、オレ様っ、登! 場! とうっ!」


 マリエラのピンチに都合よくあらわれるのは、ヒーローたる者の特権ともいえるのだが、黒い魔物を風の刃で吹き飛ばし、塔のちょっと上の方からマリエラたちの前に飛び降りてきたのは、なぜか双剣使いのエドガンだった。


「エドガンさん!? どこから?」

「こんなところにモタモタしてるアホがいたし」

「ちょっ、ユーリケひどくね!?」


 マリエラとユーリケのピンチを、格好よく助けたというのに、この扱い。

 ユーリケの塩対応が、ハートブレイクなエドガンの心の傷口にしみる。


「二人のピンチに塔の壁面駆け下りてきたっていうのにさー。もー、オレ泣いちゃうもんねー」

 どうやらエドガンは塔の天辺の窓からここまで、壁面を駆け下りてきてくれたらしい。

 所々にでっぱりや窓、蔦や水草が生えているから捕まることはできるのだが、ほとんど落下に近いだろう。なんという身の軽さだろうか。やはり流石はAランカーか。それともただの猿なのか。


「泣いちゃう」などと言いながらエドガンは、降って来る黒い魔物を双剣から繰り出される風の刃で二つに裂いては、壁の下へと落としている。


「とにかく、助かったし? エドガンも一緒に行くし?」

 エドガンがいてくれるなら安心だ。そう思ってユーリケの提案にコクコクと頷くマリエラだったが。


「えー、ムリ? 今からさー、フィーバー・タイム始まんの。だから、オレもここで一緒にフィーバー、みたいな?」

「ちょっと、何言ってるか分からないし?」

「大丈夫、ユーリケ。私もわかんない」


 エドガンが訳の分からないことを言っている。不思議なのはこの世界だけにして欲しいとマリエラまでもが冷たい視線を送る中、エドガンは二人にいつもの笑顔を向けると、「ま、見たほうが早いか」と剣を握ったまま西の方を指し示した。


 月も星もない暗闇の中、塔の明かりは消えていて、南北に続く廊下から洩れる微かな明かりも北の壁には届かない。マリエラの目にはただただ暗闇が広がっている以外、何も視認することはできなかったけれど、魔力で視力を強化したユーリケの目には、半分近くがえぐり取られるように崩壊した北の防壁周囲に、黒い例の魔物が大量に集まっているのが見て取れた。

 そして、えぐれた防壁の向こう側から、夜よりも闇よりもなおも暗い、形を持たない何かが防壁の内部に押し寄せようとしていることも。


「な……に? あれ……」

「ワカラン」


 得体のしれない魔物に、押し寄せて来るさらに得体のしれない何か。

 本能が良くないものだと告げるそれらに慄くユーリケと、それらをキリっとした表情で見据えるエドガン。


 日々の行いのせいなのか、キメ顔をしてみせるエドガンは真面目なように見えなくて、暗闇以外何も見えないマリエラには、危機感が全く伝わらない。


「あのヤバイ感じのもやもやがだな、もうすぐダーッと流れ込んできて、それをあの黒いスライムもどきがワーッと吸収すると、スライムもどきが大ハッスルなんだわー。もう、フィーバー、フィーバーなわけだ」


「……エドガンがバカなのはわかったし。で? なんで一緒にフィーバーするし?」


 緊迫感の欠片もないエドガンの説明だが、状況はよくわかった。ただ、何故エドガンが危険なここに残るのかは分からない。そんなユーリケの質問にエドガンは、ははっと軽く笑ってこう答えた。


「いやさ、ここで食い止めとかないと、スライムもどき、ハッスルし過ぎて建物の中まで入ってきそうなんだわ。だからさー、オレがここでおびき寄せてる間に、お前ら神殿行って脱出方法見つけてくれよ」


「エドガンさん、それって……」

「やっぱり、バカだし……」


 昨夜マリエラたちが安全な塔へと逃げられたのも、夜中安全に眠れたのも、エドガンがここで黒い魔物を引き付け戦ってくれていたからだったのか。

 そんなことはおくびにも出さずに、「じゃー、たのんだわー」と夜の酒場に出かけるような雰囲気で背を向けるエドガンにユーリケは、


「これ、持ってくし! あいつらは火に弱いみたいだし!」

 と、ラプトルに積んでいた予備の火炎瓶とハルノニアスの魔物除けポーション、非常食の入った袋を投げる。


「おっ、サンキューな!」

 エドガンは投げられた袋を受け取ると、黒い魔物がひしめき合う西の通路へと走っていった。


「マリエラ、行くし!」

「うん! ……っと待って。なんだろ、これ?」


 マリエラはクーの背中から飛び降りると、足元に転がる小さな石を拾い上げた。茶金地に緑や青紫が混じるまだら模様の小さな珠だ。真球に近い飴玉ほどのその石は、その一つだけで他には見当たらない。とてもその辺に転がっている石には見えない珠をポーチにしまうと、マリエラは再びクーの背中に乗り込んだ。


「んじゃ、も一回火炎瓶たのむし? ボクの分も渡しとくし」

「よしきた!」

「ギャウ!」


 マリエラが力一杯火炎瓶を投げ、燃え広がった炎の上をラプトルが進む。サラマンダーが炎から保護してくれているのか、黒い魔物を遠ざける炎の道はマリエラたちにはちっとも熱くない。


「マリエラのいた、南東の塔まで一気にいくし!」

「うん! 下への階段あるかもしれないしね!」


 エドガンが魔物を引き付けてくれているおかげか、南に行くほど魔物の数はまばらになって、マリエラたちは最後の火炎瓶を使い切る前に南東の塔へ辿り着くことができた。


「これで最後だ!」

 南東の塔の扉をくぐる直前にマリエラは追って来る黒い魔物に最後の火炎瓶を投げつける。


「おまけだし! 《ウィンド》」

 マリエラの投げた火炎瓶は、ユーリケの魔法のサポートで見事魔物に命中し、魔物はうねうねとのたうちながら、ゴムが縮みながら燃えるように煙を上げて焼けていった。


 最後まで追いかけてきたのはこの一匹だけで、他の魔物は北の方へと向かったらしい。マリエラとユーリケはラプトルから降りると、周囲の確認をしながら燃える魔物の死骸へと近づいていった。


「やっぱり、炎が一番効くみたいだし?」

「うん。よく燃えるね。って、あれ?」


 まるで紙が燃えるような速度で燃え尽きた魔物の燃えカスから、小さな石が転がり出る。

「これって、さっきの……」

 先ほどの珠は茶金に緑と青紫だったが、今度は象牙のような白地に朱が混じったまだら模様の珠だった。色が異なるだけで、大きさも真球に近い形もとても似ている。


「なんだろう、これ……」

 マリエラは、消えかけた炎の中からその石を取り出すと、茶金の石と合わせてそっとポーチにしまい込んだ。


 エドガンのいる北東の塔あたりに目をやると、時々暗闇の中に光が灯る。

「火炎瓶、使ってくれてるんだ……」

「……エドガンは、しぶといし」

 エドガンの事だ。本当に危なくなったら逃げてくるのだろうが、時間を無駄にするわけにはいかない。

 マリエラたちは下階への階段を探して、3階へと降りていった。



 *****************************



「うわー、すっごいごちゃごちゃしてる!」

「変に落ち着くし?」


 マリエラが目覚めた南東の塔の3階は、大小さまざまな箱や棚がこれでもかと並べられた、物置部屋という以外、表現の方法がない部屋だった。


「うーん、下への階段が、分かりやすーく埋もれてるー」

「恣意的だし?」


 そして、階下への階段があるだろう場所にデーンとおかれた巨大な箱。マリエラたちの身長を超える大きな箱がこの部屋には幾つかあって、その周りにもワイン箱程度の箱が山積みになっている。脚の踏み場もないほどの物量ゆえに、箱を押して動かそうにも動かす場所がないし、壊したくてもユーリケが鞭を振り上げると鞭が他の荷物に絡まってしまう。


 しかも北や西へ続く廊下も荷物でふさがってしまっている。

 ユーリケが東の塔から来た時、開かなかったと言っていたが、なるほどこれでは開くはずがない。それでも東の塔へ続く扉前の荷物が一番少なくて、数時間あれば扉を解放できそうだ。


「中身は、空の酒瓶とか? 後は本に、あれ、ポーション瓶がある。こっちは……古着?」

 東の塔と違って、ここには庶民の中でも貧しい人々が使うような物資が大量に置かれていた。マリエラが「なんだか見たことがあるな」と思う物が多くある。

 火炎瓶は使い切ってしまったから、新しく火炎瓶を作るのに空の酒瓶はありがたい。これだけあれば、思う存分ファイヤーできそうだ。


「くっ、このデカい箱、何でできてるし? ドニーノなら壊せるのに、ボクたちじゃ無理そうだし。

 開けられそうなのは、さっきいた東の塔への扉だけだし? まぁ、ここが通れれば、エドガンのところに行きやすいけど……。

 夜が明けたらこの塔で足止めになるし、ここは諦めて西側へ行くし? 

 あぁ、でも火炎瓶がないし。

 マリエラ、どうするし?」


 ユーリケには、体を張って魔物を集めてくれているエドガンを案ずる気持ちがあるのだろう。しっかりしているようでも、黒鉄輸送隊では最年少。マリエラよりも一つ年若いユーリケは、軽く爪を噛みながら判断に迷っているようだ。

 ここは、お姉さんらしくバシッと判断しなくては。


挿絵(By みてみん) 






《地脈の囁き》5/27 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。

1.準備は大事だよ! 追加の火炎瓶を作ってから西側へ向かおう。

2.まずは、東の塔への扉を解放しよう。エドガンさんが来やすくなるし、差し入れだってできるかも!

3.ここは、少しでも早く西側へ移動するべきだよ! サラマンダーがいるから平気だよ!


※ マリエラは地脈に囁かれると、彼女らしくない選択肢でも「そんな気がするかも!」と思ってしまいます。

  マリエラらしさより、正解に近そうなルートを選んであげてください。

  他の分岐を選んだ場合の概要を活動報告にUPしましたので、気になる方はご覧ください。

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