04.東の塔
→3.泳いでた魔物魚を捕まえられないかな?
「昼間泳いでた魚を捕まえられないかな?」
ラプトルは肉食性だが魚肉でも問題ないはずだ。
流石にあの黒い魔物を食べさせるわけにもいかないし、干し肉は塩分が多すぎるうえ、1日で食べつくしてしまうだろう。
「それだ!」
マリエラの提案にユーリケが喰いつく。
「釣るし?」
干し肉とマリエラが途中で採取した香草を軽く煮ただけのスープに、硬パンを浸しながらユーリケがつぶやく。
「釣るって、あの魔物魚を!?」
驚くマリエラに、
「釣りは早朝が勝負だし?」
とユーリケは自信満々に頷いた。
*****************************
翌朝、ユーリケに起こされたマリエラは、窓の外が再び水で満ちていることに気が付いた。ユーリケと二人、クーに騎乗し塔の天辺を目指す。
ラプトルの脚力は流石というべきか、半刻立たずに東の塔の頂上に辿り着いたマリエラたちは、クーの餌を確保するため、魔物魚釣りを開始した。
「ギャギャーン、ギャッギャッギャーン」
クーが窓から尻尾を外に出す。
ばじゃばじゃ、ふりふり、ご機嫌で尻尾を水中に垂らしている。
クーは魔物を挑発するのが好きらしい。尻尾だけでなく体まで揺らしながら尻尾を餌に魔物魚をおびき寄せる。
「来たっ。クー、今だし!」
「ギャウ!」
ユーリケの合図で尻尾を部屋の中に引き込むクー。同時に窓の正面から横にジャンプする。
バッシャア。
クーの挑発に、塔の窓めがけて真っ直ぐ突っ込んできた魔物魚は、鋭い牙がたくさん生えた口を開けたまま、塔の中へと突っ込んできた。
「ぎゃぁ!」
念のため、階段の方へ避難していたマリエラはいきなり窓から突っ込んできた巨大な魚に悲鳴を上げる。ギョロリとした目と視線が合った気がして、階段を転がり落ちそうになる。
部屋に突っ込んできた魔物魚は、そのまま宙を飛びながら、反対側の窓から飛び出す軌道にいるから、塔に突っ込むのは稀にあることなのかもしれない。
しかし、今回は。
「たあっ」
魔物魚が対面の窓から飛び出すより早く、ユーリケの鞭が魔物魚の首と胴を真っ二つに切裂いた。
「ユーリケ、強いんだね!」
首と離れてなおびちびちと撥ねる魔物魚を遠巻きに見ながら、マリエラがユーリケの方へと近づいていく。
「水中戦ならともかく、これくらいはできないと? 魔の森に出かけるっていうのに、マリエラくらい弱いのは、むしろ珍しいと思うし?」
「うっ……。そんなことは……あるかも」
「まぁ、マリエラはポーション作れるし? 料理もできるし? この魚、料理してほしいし?」
「うん、任せて!」
マリエラはユーリケの口の悪さに慣れてきたのか、それとも悪気がないのを分かっているのか、毒舌も気にせず魔物魚を調理していく。
頭を飛ばしても人間の子供位のサイズがある魔物魚の解体は、マリエラとさして身長の変わらないユーリケが済ませてくれて、取り出した魔物魚の肝に毒がないことを確認するとクーに食べさせている。マリエラの口には全く合わなかったのだが、なかなかの珍味なのだそうだ。マリエラの襟巻と化していたサラマンダーも、いつの間にやらクーと一緒に肝にかじりついている。
切り分けた魚肉は、今日食べる分は表面だけ、明日の分は芯まで凍らせて、残りは乾燥させて干物に処理してから、朝食分を香草でまぶして炙り焼きにする。
ここにもひも蔦はたくさん生えているから、葉を乾燥させて燃料にすれば、藁焼きくらいの火力になって美味しい炙り焼きが作れる。この魔物魚の身は赤身だから、油の多い腹側の身は肉のようで、朝食べるには少し脂っこい。だから尾に近い背の部分にたっぷりの香草をまぶしてあっさりした味に仕上げている。朝から実に贅沢だ。
硬パンは《錬成空間》に放り込んで《命の雫》をたっぷり沁み込ませた後、軽く焼き直してやれば、ふんわりパンに変化する。これは200年前貧乏生活をしていたマリエラが、安くて硬い乾燥したパンを美味しく食べるために編み出したテクニックだ。《命の雫》の効果で廃棄寸前のパンが焼きたてパン位に美味しくなる優れモノだが、200年前マリエラが食べていた安パンは、バターも卵もほとんど使っていないから、焼きたてでも大して美味しいものではなかった。
けれど、今マリエラが手にしているのは、長期保存のために焼きしめられたパンのうえ、保存食としてバターも卵もたっぷり使われているから、ふかふかにしてみると、迷宮都市一番人気のパン屋で買ったような美味しいパンに変化する。
パンに魚の香草焼き、苦みが少なく歯触りの良い薬草を少し挟んだサンドイッチ。調味料が乏しい割には良い出来に仕上がった。さっきまで魔物魚の肝に齧りついていたサラマンダーが、一口頂戴とばかりに大口を開けてマリエラを見上げている。
「……マリエラと合流出来てよかったし?」
どうやらユーリケの胃袋を掴むことができたようだ。
似たような赤身魚のレシピの流用だけれど、《ライブラリ》さまさまだ。
同じものを昼食用に包み、残りの魚肉を使えそうな薬草と一緒にクーに積み込む。こちらの塔に生えている薬草も南東の塔とおおむね同じだったけれど、ゲプラの実の亜種が採取できたのはありがたかった。こちらはゲプラの実のようにポーションの素材にはならないけれど、きちんと処理さえすれば食用油として利用できる。今夜はフライが食べられそうだ。
「食料は確保できたし、他の皆を探しに行くし?」
「うん、そうだね。師匠も何とか探さなくっちゃ……」
ユーリケとマリエラは、ラプトルの背に乗ると途中、ハルノニアスや薬草の採取をしながら、外壁通路への扉がある階層へと戻っていった。
*****************************
図.東の塔 上階
塔の上り下りと魔物魚釣りに調理までしたというのに、外壁通路のある部屋には昼前に着くことができた。クーが螺旋階段を半ば飛び降りるように下ったからだ。
途中マリエラは何度もラプトルから落ちそうになって、最後にはひも蔦の紐でユーリケと結び付けられてしまった。
対するユーリケは、自分の手足が伸びたかのようにラプトルを操っていて、落下に近い操縦をクーともども楽しんでいる。
ユーリケはマリエラとさほど変わらない華奢な体で、筋肉だって付いているようには見えないのに、この差は一体なんだろう。調教スキルの効果なのか、伊達に黒鉄輸送隊にいないということか。
何とか、外壁通路階に辿り着いた時には、マリエラはヘロヘロになっていて、ラプトルからずり落ちるように下りるとその場にへたり込んでしまった。
「マリエラは、少し休んでるといいし? あー、外、水が満ちてるから扉開かないし。ボクは、ちょっと下の部屋を見て来るし。クーはマリエラを守ってるし?」
部屋にマリエラとクーを部屋の真ん中に残すとユーリケは、南北の扉が開かないことを確認してから、下の階へと降りていった。
部屋に残されたマリエラは、しばらく休憩をした後、外の様子を見ようと窓の方へと寄る。
昨日は、すぐに日が暮れてしまったから高い塔の天辺から見ただけだったけれど、この階はさほど高いわけではない。東の窓から見える森の木々から見積もると、ここは3階か4階くらいの高さだろう。
西の窓を覗いてみると、水で満たされた景色の向こうに、巨大な建物が霞んで見えた。天井はこの階よりも1,2階分は高く、天井は複雑な形状のドーム状になっている。
マリエラが初めて見る様式のその建物は、白い壁面に翡翠色の天井で、天井や壁面は曲線を多用した美しい形状をしているようだ。水を介して見るものだから、細かいところまではよく見えないが、水草にまみれたこの外壁や塔にくらべて、あの建物の壁の白さは水草もついていないのではなかろうか。
(あからさまに、怪しい……)
魔の森や迷宮に慣れたマリエラから見ても、ここはおかしな世界だ。そこにでーんと佇む巨大な建築物。「ここがゴールですよ」とアピールしているようではないか。
あの建物はドーム状の天井や華美な外観が、神殿か何かのように思えるから、今いるこの場所は、神殿を取り囲む外壁と言ったところだろうか。
「マリエラ、下は行き止まりだったし?」
探索を終えたユーリケが戻って来た。
「ユーリケ、あそこに行こう」
「そのつもりだし。でも、水が引く夜まで動けそうもないし?」
ユーリケの話によると、下の階には南北それぞれに続く扉があるだけで、下の階に下りられる階段はなかったそうだ。
南北の扉の向こうはどちらも廊下になっていて、一定間隔で窓と松明がついている。廊下の窓はこの部屋同様に細長く小さいけれど、松明の炎のおかげで光量に問題はなく十分明るい。絵や調度品が飾ってあるところは貴族のお城のようだけれど、絵画のモチーフは歴代の城主ではなくて、魔物と戦う冒険者や庶民の暮らしを切り取ったものが多かった。おいてある調度品にしてもピンキリで一般家庭の宝物という表現がぴったりな物ばかりらしい。
どちらの廊下も隣の塔まで続いていたけれど、塔の扉は閉ざされていて、隣の塔に入ることはできなかったそうだ。しばらく扉をノックして誰かいないかと呼び掛けてみたけれど、返事はなかったらしい。
「北東の塔の扉を叩いたら、音が変な響き方してたし? たぶん、浸水してると思うし?」
あの黒い魔物はどこに行ったのか。今いる東の塔に危険はないようだけれど今は缶詰状態だ。他の仲間は無事なのだろうか。
夜になって水が引けば、外壁上の通路を通って別の塔へ移動できるのだろうが……。
「夜になったら、また黒い魔物が出てくるかもしれない。下階に棚や箱があったから、何か使える物があるかもしれないし、夜まで準備しとくといいし? で、夜になったら、北と南、どっちへ行くし?」
ユーリケの問いかけにマリエラは……。
《地脈の囁き》5/13 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。
1.南の扉から、もといた南東の塔を目指す。
2.北の扉から、北東の塔を目指す。
3.階下の通路を通って北東の塔を目指す。
※ マリエラは地脈に囁かれると、彼女らしくない選択肢でも「そんな気がするかも!」と思ってしまいます。
マリエラらしさより、正解に近そうなルートを選んであげてください。
外伝の分岐について活動報告にまとめたので、ご覧ください。




