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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
185/299

03.東南通路

予想を上回るたくさんの投票ありがとうございます!

圧倒的多数で1のルートへ!

挿絵(By みてみん)

 図.東南の塔 上階


「クー!」

 螺旋階段を駆け下りたマリエラは、反射的に西の扉を開け外に出た。


 外は月も星もない夜のように真っ暗で、見上げた空には水面どころか月も星も見えはしない。開けた扉から洩れる灯り以外に光はなくて、遠くは全く見えないけれど、そこは防壁の上部のような場所だった。

 馬車がギリギリ通れるほどの通路になっているその場所は、塔とおなじく石造りで、落下防止の石壁はマリエラの腰のあたりまでしかない。


 この通路とつながっているのは、こちら側はマリエラのいる塔の扉だけで、反対側は見えないがこの扉を閉めてしまえば、クーが戦っている何ものかを足止めすることが可能かもしれない。


「ギャ? ギャウゥ~!」

 扉から洩れた光に、マリエラに気付いたクーが声を上げる。

 ずるずると何かを引き摺りながらこちらへと逃げてこようとしているようだ。


「クー、こっち!」

 クーの姿は扉の明かりで輪郭がわずかに知れる程度で、クーに絡みついているものの正体は確認できない。バシバシと尻尾を打ち付け、脚で踏み、時折噛みついては引きはがそうとしているけれど、うねうねと形を変えるそれはクーを呑み込もうと広がりにじり寄って来る。


(魔物? そんなに強くないみたい。だったら……)

 マリエラは、先ほど塔の外壁からちぎったハルノニアスを取り出す。

 水生の魔物を遠ざけるこの植物は、ブロモミンテラのように魔物が嫌う臭いを出すわけではないが、魔物の穢れた魔力を喰らう性質がある。だから、魔物のいない清らかな場所には生息しない植物で、この水草の葉の間に暮らす小エビや魚にとっては快適な住処となるが、採取する人間にとっては水生魔物と出くわす危険を伴うやや貴重な水草だ。


 ハルノニアスを扉の横の松明の中に放り込む。乾燥させているから煙は発生しないけれど、独特の匂いが塔の内部に充満する。

 《換気!》


 生活魔法にあるまじき魔力量を込めて、ハルノニアスの匂いが充満した空気を、西の扉から外に送る。


 ゴウと、吹きすさぶ強い風。

 これが風魔法であったなら風の刃が魔物を切り裂いていたのだろうが、マリエラが使えるのは生活魔法で、しかも換気だ。

 超強力な換気によって、スカートがめくれるくらいの威力はあるが、攻撃力は無いに等しい。しかし風に含まれるハルノニアスの成分は、クーに絡みつく何かを怯ませる程度の威力はあったらしい。


 ぞわり。

 クーに絡みついていたものが身を捩った隙に、クーは魔物を振り切ってマリエラの方へと走って来た。


「入って、クー。早く!」

 扉を全開にしてクーを呼ぶマリエラ。

 クーの姿が明確になるにつれ、後を追う魔物も部屋の明かりに照らされ、その姿が鮮明になる。光の当たったその色は、真黒な夜とかわらぬ暗黒で、スライムのような不定形の塊が、うねうねと裾をはためかせて這うように迫って来ていた。


「ひぃ!」

「ぎゃう!」

 裾が濡れた紙屑のようにべたりと床に張り付いているけれど、形状はスライムのように見えなくもない。体色は全く透けてはおらず、真黒なその塊に核があるのかは分からない。大型の犬くらいあるその塊の裾の方は、移動するたびにうぞうぞと脈打つように蠢いている。よく見ると、小さい虫の集合体のような動き方で、細かくちぎれては続く裾に巻き込まれ、呑み込まれている。


 ラプトルのクーがそれなりに応戦できていたから、さほど強くはないのだろうが、これはスライムのような可愛らしいものではなくて、恐らくとても良くないものだ。


 人一人が通れるほどの扉に、クーが体をねじ込むように飛び込む。速度の落ちたその瞬間にその黒い魔物がクーの尻尾へ飛び掛かる。


「ギャ、ギャウ―!!」

「ちょ、クー、落ち着いて!」

 クーが暴れるものだから、扉を閉めることができずにクーの尻尾に泥のようにこびりついた黒い魔物まで塔の中に入ってきてしまった。

 ハルノニアスの匂いは《換気》で外に出してしまったし、慌てて全部松明にくべてしまったから、再び黒い魔物を怯ませることはできそうにない。


「ギャギャ!」

 イヤイヤと、クーが尻尾がもげるのではないかというほど激しく尻尾を振った反動で、黒い魔物は弾き飛ばされ、べじゃりと扉の上部の壁面にたたきつけられる。

 黒い魔物は特にダメージはないようで、すぐにうぞうぞと蠢いて再びマリエラとクーの方へとにじり寄る。動きが少し緩慢で松明を除けるように動いているのは、灯りが苦手なのか、それとも火を嫌っているのか。


「ぎゃー、こっちきた!」

「ギャー、ギャギャー!」

 大口を開けて品のない叫びをあげる一人と一匹。人と獣のはずなのに、動きも表情もリンクしていている。種族の壁を越えて、気持ちは一つになったのかもしれない。


 魔物を引きはがした隙に、クーだけ塔に入れて扉を閉めるつもりだったのに、この作戦は失敗だ。塔の上は止まりだし、下階はどうなっているのか分からない。クーが来た西側の扉の上には黒い魔物が蠢いているから、扉の壊れかけた北へでるか下階へ進むしかないのだが、クーの機動力を考えると外に出た方がいいだろう。


「クー、こっち!」

 北の扉を開け放ち、扉の横のたいまつを掴むと、真っ暗な外へと駆け出すマリエラ。クーも後をついて外に出て、尻尾でバタンと扉を閉める。


 黒の魔物は塔の中にいるのだが、北の扉は壊れているから、隙間からうぞうぞと這い出して、あっという間にマリエラたちに迫ってくる。

「グギャグギャギャ」

 クーの背にしがみ付いて北へと逃げるマリエラ。塔の上から見た限りでは、北にも西にも同じ塔らしきものが見えた。そこへ逃げ込めば、黒の魔物を今度こそ締め出せるかもしれない。


 ラプトルに乗って走っているのに、黒の魔物はどんどん距離を縮めて来る。暗闇の中では動きが早くなるようだ。

 外壁の上、塔と塔の真ん中あたりに来たところで、クーが急停止をかける。


「わっぷ、どうしたの、クー!?」

 急停止の反動で、クーからずり落ちそうになりながら、手に持った松明で前方を照らしてみると、北の塔に続く通路には、先ほどの個体より倍は大きい黒い魔物がマリエラたちに向かってきていた。


「どうしよう……。後ろからも追ってきてるのに」

「ギャウ……」


 前からも後ろからも黒い魔物が迫り来る。

 前方から来る大きい個体は速度も速いようで、マリエラが判断を決めかねている間に数メートル先まで迫りくるや、風にあおられた布が広がるようにぶわりと体を広げた黒い魔物は、マリエラとクーを呑み込もうと飛び掛かってきた。


「きゃぁ!」

 思わず手にした松明を投げつけるマリエラ。

 少女らしい叫びをあげるマリエラの危機に呼応するように、松明は一瞬強く燃え上がると、一匹の小さなトカゲの姿を取った。


「グルルル!!」

 目を刺すような白い光と高温の炎がサラマンダーからほとばしる。

 あまりの眩しさに目を閉じたマリエラが、もう一度目を開いた時には前も後ろも黒い魔物は跡形もなく、見慣れたサラマンダーが「キャウ」と口から小さな煙を吐いていた。


「サラマンダー、助けに来てくれたんだ!」

「ギャウー!」


 マリエラのピンチにさっそうと現れるステキなトカゲ。どこぞの『精霊眼』持ちは一体どこで道草を食っているのだろうか。こんなピンチに表れたなら、マリエラに許してもらえたのかもしれないのに。


「そんな人、知りません」とばかりにマリエラは両手のひらに乗るサイズのサラマンダーを抱き上げると、お礼を言って肩に乗せた。


「サラマンダーがいてくれると心強いよ」

「ギャウギャウ」

 サラマンダーに話しかけるマリエラと、同意するクー。サラマンダーはマリエラの頬をチロリと舐めると、ぺたりとマリエラの肩にへばりついた。どうやら、ここにいてくれるらしい。


「ほかの魔物が来ないうちに、北の塔に行こう」

 今までいた塔は北の扉が壊れていたから、安全とは言えないだろう。あそこには誰もいなかったのだし、このまま北の塔に向かってみよう。


 サラマンダーを肩に乗せたマリエラは、松明を拾うとクーを連れて北の塔へと向かっていった。



 *****************************

挿絵(By みてみん)

 図.外壁 東南


 黒い魔物はもう現れず、北の塔には難なくついた。

 この塔の中にも松明が灯っているらしく、明かりの漏れる塔の扉に手をかけると問題なく中へと入れた。

 北の塔だと思っていたけれど、入った扉の向かいにも同じような扉が付いていたから、ここは南北の防壁の途中にある塔なのだろう。


 塔の造りは先ほどまでいた塔とほとんど同じで、この部屋には北へ続く扉の他に、塔を上る螺旋階段と、下階に続く階段がある。


「黒い魔物、いないよね?」

 この塔の扉は二つとも壊れていない。両方の扉に閂をかけたマリエラはほっと一息つく。さっきはクーの尻尾にくっ付いて入ってきたけれど、黒い魔物は炎を恐れているようだから、こうして閂をかけておけば、窓や出入り口の脇に松明が燃え盛るこの部屋には入ってこないと思う。

 ぜひ、そうであってほしい。


 けれど下の部屋から黒い魔物が這いずってきたら、螺旋階段の上部から黒い魔物が降ってきたらと想像すると、おちおち休んでもいられない。


「ハルノニアス、採っておいた方がいいよね」

 ハルノニアスはあの黒い魔物に効果があった。この塔も、造りは東南の塔と同じだろうから、塔を上がれば採取できるだろう。


「クー、上に行こう」

「ギャウ」

 マリエラとクーは塔を登ることにした。



 マリエラの脚で一刻ほどかかった距離は、ラプトルのおかげで十分かからずたどり着けた。

 塔の途中にある部屋の明かりが見えた頃、クーは急に「ギャウギャウ」と鳴きながらダッシュを始めた。


「ちょ、ちょっと、クー!?」

 振り落とされないよう必死でクーにしがみ付くマリエラ。肩に乗ったサラマンダーだけが余裕そうにロデオを楽しんでいる。


 そんな一人と二匹の頭上から、「クー! あと、マリエラ?」と、聞き覚えのある声がした。


「ユーリケ! 無事だったんだ!!」

「ギャウー!」

 クーとマリエラに飛びつかれそうになり、「うわっ、どうどう!」と避けつつ一人と一匹をいなすユーリケ。流石の調教師っぷりだ。


「マリエラ、ここはどこだし? あの黒い魔物は?」

 再会を喜ぶマリエラとクーを落ち着かせた後、ユーリケはマリエラに尋ねる。


「分からない……。でも、ここのどこかに師匠はいると思う」

 うつむきながら答えるマリエラ。

 あの沼の祠で、サラマンダーは確かにここを指し示した。その祠からここに来たということは、ここは師匠に関係する場所だと思う。

 だとしたら、あの黒い魔物は何なのだろう。あの、とても良くない感じのするものは。

 あんなものが徘徊している場所なのに、師匠が姿を現さないこともマリエラにはなんだか腑に落ちなかった。


「師匠、なにか困ったことになっているんじゃ……」

 ことばを詰まらすマリエラ。肩に乗ったサラマンダーはマリエラを慰めるように頬にするりと顔を寄せる。その様子にユーリケは、

「分からないってことは分かったし? とりあえずここは安全そうだから、食事をして今日は休むし?」

 と、提案した。


 夕食は、クーの荷物の食料で簡単に済ませた。雨にぬれてもいいように、皮袋の入り口をきつく縛っていたお陰で、硬パンも干し肉も食べられる状態だった。適当な薬草で嵩増しすれば数日は問題ないだろう。

 問題なのはクーの食事で、フォレストウルフのような硬い肉でも平気で食べるラプトルの餌は現地調達する予定だったから、途中で倒した魔物肉で今日は問題ないとして、明日からの餌に困る状態だ。


「ギャウー」

 ユーリケやマリエラと一緒の食事ができて嬉しいのか、ご機嫌で魔物肉を頬張るクー。

 この肉は固くてまずいことで有名なフォレストウルフの肉なのに、旅先の食糧事情を理解しているのか単に味音痴なのかは分からないが、文句も言わずに食べている。


 こんないい子が明日からの餌に困るだなんて……。

「ねぇ、ユーリケ。明日からのクーのご飯だけどね」


 マリエラはクーの餌について、ユーリケに提案した。



《地脈の囁き》:マリエラの行動を投票で決定します。

5/6 13:00時点で感想欄の回答が多いルートに進みます。当面毎土更新予定。


 →1.私たちの干し肉、全部クーにあげようよ!

 →2.さっきの黒い魔物を餌にしよう!

 →3.泳いでた魔物魚を捕まえられないかな?

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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