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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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賢者

 街中が眠り込んだまま、誰も目覚めぬような不思議な夜明けに、家の中から現れた炎の髪を持つ賢者は、来た時と変わらぬ軽装で、聖樹のそばへ歩み寄る。


「イルミナリア、マリエラたちを頼んだよ」

 軽く幹に触れたフレイジージャは、それだけ言うと庭を抜け裏門へと進んでいった。一体どこへ行こうというのか。けれど彼女が裏門を開ける前に彼女を呼び止める者があった。


「……黙って行っちゃうんですか? 師匠」

「マリエラ……、寝てなかったのか」

 眠りの唄を歌ったのにな、と苦笑交じりに話し師匠にマリエラは、

「師匠の行動なんてお見通しなんです。眠らずの香を焚いたんですよ」

 とむくれたまま返事をした。

 裏口に立って動こうとしないマリエラにフレイジージャは歩み寄ると、「成長したな」と笑いかけた。


「ごまかされませんよ、師匠。勝手にいなくならないでって言ったのに……」

「はは、悪いな。マリエラ。しんみりしたのは苦手なんだよ」

 そんな話をしたのは、迷宮を斃す少し前、水晶窟で師匠と二人夜を過ごした時だった。あの頃から、マリエラには何となく迷宮を斃せたとしても師匠はどこかに行ってしまうのではないのかとそんな予想があったのだ。


「どうしても、行っちゃうんですか?」

「あぁ。あたしにはやらなきゃならないことがあるんだよ」

 マリエラは行かないで欲しいとも、どこに行くのかとも聞かない。聞いたって答えてくれないことは分かり切っているからだろう。ただ、マリエラの頭を幼い頃のように撫でてくれる師匠にぎゅっと抱き着いて別れの時間を惜しんでいた。


「また……、会えますか? 師匠」

「うん。マリエラが生きてる間にもう一度会いに来るよ」


 師匠はこんな約束を、絶対にやぶったりはしない。できない約束はしない、そんな人だから、きっとまた師匠と会える日が来るのだろう。そう思ってもマリエラは、師匠と別れがたくて師匠の服の裾を握りしめたまま、放すことができなかった。それに、マリエラにはどうしても、師匠に聞いておきたいことがあった。

 ずっとずっと聞きたくて、けれど聞くのがどこか怖くて、ずっと口に出せずにいたことだ。けれど今を逃してしまったら、もう一生聞き出すことはできないかもしれない。マリエラは意を決すると顔を上げ、長く胸につかえていた疑問を師匠に向けて問いかけた。


「ねぇ、師匠。どうして、私だったんですか? 錬金術のスキルを持った子なら他にもいたのに。錬金術だけじゃなくって、魔法や剣も使える子だって他にいたのに……」

 マリエラがまだ幼かったあの日、どうして、自分を選んでくれたのか。錬金術のスキルしか持っていない、役に立たない子供だった自分を。

 いくら考えても自分が選ばれた理由がわからなくて、聞きたくて、けれど怖くて聞けなかった。今ようやく聞けたのは、この迷宮都市でであったジークやたくさんの人たちが、『木漏れ日』に、マリエラのそばにいてくれたからだ。皆がくれた小さな自信が、マリエラに勇気を持たせてくれたのだ。


 意を決して問いかけたマリエラに、師匠は優しく微笑むと、昔を懐かしむようにマリエラの頭をなでてこう言った。

「そうだね、マリエラ。お前は錬金術の他は、何にもできやしなかった。それでも、ふてくされたりせずに自分のできることを頑張ってた。まだちっさな子供だっていうのにさ。

 だからだよ。マリエラ。

 錬金術しか持っていない、自分のできることだけをただひたすらにやり続けられるお前だからこそ、錬金術の頂きに、エリクサーに届き得た。

 ほかの誰でも駄目だったんだ。

 マリエラ、お前だけが届き得たんだ。

 だからあたしは、この炎災の賢者・フレイジージャはマリエラ、お前を弟子にした。

 それを決して忘れるな。自信を持て、マリエラ。

 お前は、あたしに選ばれて、そして自らの努力によって、誰に劣ることのない至高の錬金術師になったんだ」


「ししょう……、ししょうぅ、あじがとう、あじがどうございばずー」

 湿っぽいのは嫌だなんて言っていたくせに、どうして師匠は全力でマリエラを泣かせに来るのか。

 折角師匠の裏をかいて、こうして別れに立ち会えたのに、師匠の思わぬ攻撃に完敗を喫したマリエラは、うえぇと声を上げながら師匠にしがみ付いて思わず泣きだしてしまった。

 そんなマリエラをあやすように、ぽんぽんと背中をなでてくれる師匠。師匠にとってマリエラは、幾つになっても幼い子供のままなのかもしれない。

 そんな師匠にあやされながら、マリエラは消えぬ疑問に思いを馳せる。


 200年と少し前、たくさんの子供たちの中からマリエラを見出し弟子にして、マリエラの自覚しないうちに錬金術の英才教育を施した師匠。錬金術師には本来必要のないはずの仮死の魔法陣を習得させ、大量の燃料の入るランタンが備えられた空気穴のない地下室付きの小屋を与えた師匠。


 当代のアグウィナス家の当主、ロブロイにレインボーフラワーを売りつけて、エンダルジアの王子と美姫の縁談を決定づけたのも、師匠の計らいだったはずだ。エンダルジア王国の栄光と存続を信じて疑わない国民でなく、他国の姫君だったからこそ夢枕に現れた精霊エンダルジアの言を信じ、魔の森の氾濫(スタンピード)の災厄を逃れることができたのだ。その身に宿ったエンダルジアの血を引く双子らと共に。


 そしてこの時代に、マリエラがリンクスを失った悲しみに立ち上がれなくなったその時に、目覚め再びマリエラの元へ現れた。マリエラたちを、迷宮の最奥へ、エンダルジアの元へ導くために。


 まるで全てを知っていたようだ。

 師匠には高度の鑑定のスキルがある。世界の記憶(アカシックレコード)にアクセスできるのだから、師匠のすべてを見透かしたような言動自体には、マリエラは疑問をいだいていなかった。「師匠だし」の一言で思考停止する程度には、この超人との付き合いは長い。


 けれど、それならば。先を見通す力があるのならば、師匠は何を望むのか。


 マリエラにとって大切なのは、師匠が自分に偽りなく愛情を注いでくれた事実で、そこに微塵も疑いはない。マリエラにとってフレイジージャは、師であり親である大切な人だ。そんな人の望みが、真の目的が、200年後の今の世界を救うことだけでないことをマリエラは薄々気が付いていた。

 師匠にとっては、精霊エンダルジアを救うことも、迷宮都市の人々を救うことも、そのために200年もの昔にマリエラを弟子にしたことさえ、大切な何かを成すための手段に過ぎないのでは。マリエラはそんな風に考えていた。


「し……、師匠。あの、これ……」

 何とか泣き止んだマリエラは、裏口のそばに立てかけていた長い筒を師匠に渡す。


「これは?」

「仮死の魔法陣……。いるかなと思って、1枚だけ作っておいたんです」


 マリエラが差し出す魔法陣の入った筒を受け取る師匠。

「助かるよ、マリエラ。これを《刻印炎授》で再現するのはちーとばかし大変なんだ」

 そう言って笑う師匠を見ながら、マリエラは「やっぱり」と、自分の想像が恐らく当たっているのだろうと実感した。


「じゃあ、達者でな」

 師匠はもう一度マリエラを抱きしめた後、まるで酒場にでも出かけるような気軽さで、軽く手を振りマリエラの元を去っていった。


「師匠! 師匠こそお元気で! 本当に、本当にありがとうございましたー!!」

 マリエラが師匠を見送るために裏門に駆け寄ると、師匠の姿は路地のどこにも見えなくて、師匠にぎゅっと抱きしめられた温もりだけがマリエラの体に残っていた。


(結局、聞けなかったな……)

 一番聞きたかったことは聞くことができたけれど、師匠に関することだけは、マリエラは聞くことはできなかった。きっと尋ねても困ったように笑うだけで教えてくれはしないのだろうけれど。


「師匠。師匠は、いつから……、いつまで生きなければいけないんですか?」


 それがマリエラの二つ目の疑問だ。

 炎災の賢者の名前は、古いおとぎ話にもあるのだとマリエラは聞いたことがある。初めは同じ二つ名の別人だと思っていたけれど、もしも師匠であるならば。

 一体師匠はいつ生まれ、何度仮死の魔法陣を使って時を超えてきたのだろうか。一体何の目的で。そして師匠の目的は、いつ達成されるのだろう。


「《命の雫》は地脈と命を廻っている。だから本当に必要な時には、全て整うものなのだ」

 迷宮を斃した祝いの席で、師匠はそんなことを言っていた。

 それが本当だとすれば、いつか全てが整った時、師匠の目的は叶うのだろう。


(そんな日が一日も早く来ますように)

 マリエラは、この地の深くに流れる地脈に心からそう願った。




ざっくりまとめ:師匠の謎は謎のまま……。

  と見せかけて、師匠の謎は本編終了後、外伝にて書く予定です。本編もうちょっとだけ続きます。

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