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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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蟻の行軍

 地を這う虫に、木の枝を突き刺したことはあるだろうか。


 芋虫のような愚鈍で大きい的であれば、突き刺すのは容易(たやす)かろうが、それが蟻でならどうだろう。

 行軍する蟻の隊列を乱すことは容易だろうが、先の尖った木の枝で一匹ずつ蟻を仕留めるのは思いのほか難しいものだ。

 蟻とは存外によく動き回るものだから、体の中心を狙ったつもりでも、脚の1本しか奪えないこともあるだろう。


 迷宮討伐軍の行軍は、彼らを潰そうと集まって来る刃脚獣からみれば、まさにその蟻のごとしであったかもしれない。

 刃脚獣とのサイズの差を鑑みれば、爪半分ほどの大きい蟻を尖らせた爪で潰すようなものだろう。


 蟻を潰す鋭い爪先は、強者の愉悦を感じたか。


 隊を成して進軍する迷宮討伐軍に群がるように、刃脚獣は霞む景色の向こうから次々と湧き出るように現れては、迷宮討伐軍へとその爪先を振り下ろす。


 ザグザグと湿気て柔らかくなった大地はその爪先を深く受け入れ、耕されて、迷宮討伐軍の進む足元を踏ん張りの利かない不安定なものに変えていく。


 攻撃を受ける者がただの蟻であったとしても、自分たちに攻撃を加える者に反撃しないわけはない。

 特に、この集団は蟻ではなく人の精鋭の群れなのだ。迷宮討伐軍の兵士たちは天より降り降ろされるかのような刃脚獣の爪先に、時に穿たれ四肢をもがれつつも、比較的柔らかい刃脚獣の胴に向かって、魔法や武器による遠距離攻撃を絶えず仕掛けてくるのだ。


 爪の先ほどの小さな虫の攻撃に屈するなどと、受け入れがたい屈辱であると、立場が逆であったならそう思う者もいるだろう。

 楕円の胴に8本の脚が生えただけの、生物かさえ定かでない刃脚獣にそのような思考があるかはわからないが、刃脚獣は行軍する迷宮討伐軍を1匹残らず潰そうと、倒しても倒しても湧き出るように迷宮討伐軍に襲い掛かっていった。


 迷宮討伐軍の遠距離攻撃に、群がる刃脚獣は何体も倒れ、崩れ去る。けれど同時に迷宮討伐軍も、傷つき損なわれていく。両者の勢力が変わらないように見えるのは、傷付いた迷宮討伐軍が直ちに癒されて戦線に復帰し、彼らを攻める刃脚獣もつぎつぎと新手が現れているからだろう。


 人の脚から見れば迅速とも呼べる速度で進む迷宮討伐軍が戦い切り開いていく行軍は、それを蟻の行列のごとく見下ろすものからすれば随分と緩慢な速度で、ゆっくりとこの階層を統べるものの下へと進んでいった。



 ちょこまかと動き回る小さな生き物の群れを上から狙うならば、どこが当てやすいだろうか。迷宮討伐軍の近くまで接敵できた刃脚獣が軍の中心付近を狙うのは自明だろう。


 《シールドバッシュ!》


 上空からの鉄槌を文字通り弾き返せる実力者など、迷宮都市にもそういるものではない。迷宮討伐軍の第6部隊の隊長でもあるAランカーの盾戦士は、いつもはウェイスハルトの守護に就くことが多いのだけれど、今日はマリエラの護衛を命じられている。


「あ、ありがとうございます……」

 戦いの衝撃にへなへなと腰砕けそうになりながら、マリエラはお礼を言う。

 足の長さどころか筋肉も足りていないマリエラに迷宮討伐軍の行軍に合わせる脚力はないから、マリエラだけはラプトルの背に揺られながらの行軍だ。マリエラを乗せているのは、デスリザードの攻撃からマリエラを守り、尻尾を失ったあのラプトルだ。

 自らの意志でマリエラを守ったラプトルは、騎乗技術の足りないマリエラを乗せるのに最適というわけだ。マリエラの騎乗技術よりラプトルの能力が評価された結果の抜擢だというのは、マリエラが聞いたらいじけそうなものだけれど、最高のパフォーマンスを発揮できるように、という配慮から騎獣でありながら特級ポーションで尻尾を再生してもらったので、マリエラのどんくささもたまには役に立つというものだ。

 クーと名付けられたラプトルは、刃脚獣の攻撃に臆する様子もなく、攻撃地点をひょいと避けて変わらぬペースで進軍している。ビビっているのはマリエラだけだ。


「いや、問題ない。お嬢ちゃんこそ怖かったろう。絶対に守るから安心してポーションをつくってくれ」

 かっこいい台詞だ。言葉だけでなくこの盾戦士はマリエラの目の前で、実際に天からすごい勢いで振り下ろされた刃脚を盾で受け止めてはじき返して見せたのだ。

 そこからの「絶対に守る」発言だから、この盾戦士がマリエラと年の近い独身男性であったなら、マリエラもクラクラしてしまったかもしれない。

 事実マリエラは頬を少し赤らめて、伝説の勇者に出会ったような憧れめいた表情で頷いている。黒鉄輸送隊のスマートな盾紳士グランドルもでんせつのゆうしゃではあったのだけれど。こちらは本当の意味で最強の戦士の一人だ。マリエラが積極的に話しかけてしまうのも仕方がないかもしれない。


「それにしても、私みたいなのが錬金術師だって知って、びっくりしませんでしたか?」

「皆、なんとなく、そうじゃないかと思っていたさ。ニーレンバーグ先生がただの薬屋に診療所を設けるなんて、普通はないからな」

「普通は薬屋が呼ばれますもんね」

「あー、俺、アグウィナスのご令嬢を守ってるんだと思ってたー」

「俺は、マリエラちゃんみたいな素朴な感じの娘の方がタイプだぜ」

「お前の好みは聞いてねぇよ」


 マリエラの周囲を固める迷宮討伐軍の面々も話に加わり場を和ませる。マリエラを安心させようという優しい心遣いだ。怪我人はマリエラから離れた場所で治療され、戦闘に慣れていないマリエラに恐ろしい思いをさせないように配慮されているのだが、それでも襲い来る刃脚獣の姿も魔法や遠距離攻撃で迎撃する様子もマリエラの目に入る。さっきだって近くまで攻撃の手、いや脚が近くまで迫っていて、錬金術の能力以外はただの街娘と変わらないマリエラは、慣れない戦場に落ち着かない様子でいたからだ。


 マリエラの護衛の任に就いているのは、『木漏れ日』に治療に来たことがある、マリエラやジークの顔見知りの中から防御力重視で選ばれていたようで、マリエラが錬金術師であることも比較的すんなりと受け入れてくれたようだ。


 迷宮討伐軍の一軍で戦う彼らは、ポーションの希少性も錬金術師の重要性も十二分に理解はしているから、命を賭してでもマリエラを守る意志はある。けれど、戦闘スキルに恵まれたため、幼少のころから戦闘に明け暮れていた彼らは、錬金術というものに触れたことがなく、知識自体ほとんど持ち合わせていない。

 だから、マリエラが何の道具も使わずに、次々とマナポーションを作り出す様子を見ても、それが帝都の老練の錬金術師にも成し得ない高度な技などと、思いもしていない。


 人は立ち振る舞いや言動も含めて、見た目でその人物を判断しがちだ。特に短期的な人間関係においては、真に崇高であったり賢い人物でなく、言動ばかりが偉そうなだけの人物の方を偉い者だと判断する場合が多い。

 マリエラはその最たる例なのだろう。彼女の作製するポーションや駆使する技術は希少ではあるけれど高度さにおいてはありふれた少女並の物だと認識されてしまっていて、「珍しい能力を持っていたために巻き込まれてしまったその辺のお嬢ちゃん」扱いされている。


 平たく言えばフレンドリーで、近所のお嬢ちゃんを守ってあげようというノリだ。

 マリエラとしては、そういった扱いのほうがありがたいので、強くて優しい兵士たちとの会話に緊張をほぐしながら、せっせとポーションを作っているわけだ。

 しかし、大変面白くなさそうにしている男が約一名。


 ギリギリギリ。

 別にハンカチを噛み締めているわけではない。多分にジェラシーが溢れ出しているが、ギリギリと音を立てているのはジークの歯ではなくて引き絞られた弓だ。


 ヒュッと空を震わす音を立てて、靄でかすむ空を切り裂きジークの放った矢が刃脚獣の胴体に突き刺さる。

 その精度も飛距離も流石の一言に尽きるのだけれど、いかんせん狙う胴体は岩の塊のようなもので、急所足りうる臓器や場所というものが見当たらない。倒すには一定の体積を削るしかないのだから、少々穴を開けたくらいでは致命傷にはならないし、いくら魔力を乗せたからと言って細い矢が削れる体積は知れたものなのだ。


 近距離攻撃では剣を、遠距離攻撃では弓を使いこなすジークだけれど、盾スキルは持っていないし、必殺の弓さえ敵との相性が悪く赤竜戦程の効果を発揮できない。

 落ち着かない様子でマリエラをチラ見しながらビシビシと弓を射るジークに、師匠が声を掛ける。


「ジークよー、嫉妬しすぎー。他の男にマリエラを守ると言われるなんてーとか思ってる? でもそんなんじゃ、『精霊眼』は真価を発揮できないんだなー」

「フレイ様、俺は……」

「一人で戦ってるんじゃないんだよ? お前にはお前の役割があるんだ」

「分かっては、いるんです」


 赤竜戦に参加した時から、いやワイバーン狩りや地竜狩りで黒鉄輸送隊や迷宮討伐軍と行動を共にする度に感じていたことだ。

 この迷宮都市には強者が多い。ジークと同じAランカーでさえ10人以上もいるのだ。成長し過ぎた迷宮という最大級の危険を有しているが故に帝国の半数近い高位戦力がこの狭い迷宮都市に集っている。同じAランクと言っても、持っている能力が違うから、単純に優劣がつけがたい。弓であればもはやジークに及ぶ者はいないのだけれど、剣を持ってはレオンハルトやハーゲイに劣り、魔法ではウェイスハルトやエルメラに、槍ではディックに、防御では今マリエラを守っている盾戦士に敵わない。


 人によって得手不得手が異なることは当然で、それぞれの特性を把握したうえで作戦を立て、補い合って階層主に挑むのは、迷宮討伐軍では当たり前のことであるのだけれど、幼い頃からワンマン行動や少人数での行動しかしてこなかったジークにとっては、自分が及ばない能力を持つ者がたくさんいるという事実は、自分を役に立たない、弱者であるように思わせていた。

 むろん、適材適所ということも、自分の能力にも十二分に価値があることも、頭では分かっているのだ。けれど、気持ちが追い付いてこない。


「分かってないよ。お前のその悩みはさ、何かの能力で誰かに負けてるからじゃないんだよ。って、これは言っても仕方がないね。ちょっと早いけど丁度いいや。おいで、『精霊眼』の使い方を教えてやろう。あんまり時間もないことだしね」


 そう言って、マリエラの師匠にして炎災の賢者フレイジージャはにやりと笑って、おいでおいでとジークムントを手招きした。


ざっくりまとめ:ギリギリギリ。

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― 新着の感想 ―
師匠の時間が無いは、やはり…。 地脈の主の命が尽きるのが間近って事で、 延命の為に、師匠が地脈と溶けて繋がるのが 迫っているのかな? マリエラが精霊と契約するために潜った時に 師匠が引っ張りあげなけ…
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