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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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水晶窟の夜

「到着~」

「ううぅ、お尻痛い……」


 ひらりとヤグーの背から降りる師匠と、ずり落ちるように降りるマリエラ。

 師匠に連れられ辿り着いたのは、崩れたような岩山に穿たれた、亀裂のような洞窟の入り口だった。


「《ライト》」

 灯りの呪文を唱えて洞窟に入っていく師匠の後を、蟹股になりながら付いて行くと、洞窟の内部はキラキラと光る水晶が壁や床のそこかしこから飛び出た鉱脈だった。四半刻ほど登っていくと奥の方からは光が差し込んでいて、足元を照らす明かりは必要なくなった。


「ここが水晶窟だよ」

 壁面に埋まっているのは純度の高い水晶らしい。採掘したらお金持ちになれるんじゃないかな。そんなことを考えるマリエラの前に、透明度の高い水晶ばかりを磨いて並べたような、マリエラの背ほどもある水晶が乱立する広間が現れた。


 まるで水晶の博物館だ。こんなに立派な水晶が並んでいるのに、広間の天井部分、洞窟の天辺は吹き抜けるように穴が開いていて、夕日が差し込んでいる。日は地平に沈みかけているから天井から入る夕日は水晶を赤く染める程度しかないが、真昼間に真上から日が差し込めばどれだけまぶしい事だろう。

 光をあまり受けていない今でさえ、不思議な力にあふれていて、淡く光って見えるのに。


「200年の間、誰も来なかったみたいだな」

 ぐるりと回りを見回した師匠がつぶやく。


「師匠、ここって有名な場所だったんですか?」

「いいや。あたしの秘密の場所ってやつさ。月の魔力を集められる場所はそう何カ所もないからね。マリエラも秘密にしておくんだよ。

 まぁ、今日は根こそぎ持っていくから、次にまとまった量が取れるのは数十年先だろうけど」


 師匠はとっておきの場所をマリエラに教えてくれたらしいのだが、こんな岩山の果ての場所にマリエラが一人で来られはしないし、数十年先に覚えている自信もない。

 月の魔力を使ってマリエラが作ろうとしているポーションは、飛び切り高価でとても有名なポーションだ。だから、こんな山奥で、しかも数十年に一度しか採取できない場所以外に、安定供給できる方法があるんじゃないかとマリエラは思っている。帝都の方ではルナマギアを栽培する方法が確立されているというし、オーロラの氷果も冷凍の魔道具で栽培できたのだから。

 そんなことを考えながら、マリエラは師匠と二人で夕食をとりつつ、月が空の中心に昇るのを待った。


 移動につかれたマリエラがうとうとと眠っているうちに、月は空の一番高くに昇ったようだ。

 師匠に起こされて目を開けると、洞窟の天井に空いた穴から綺麗な満月が顔を出していた。雲一つかかっていない真ん丸な月からは、ひたひたと滴るような月光が降り注いでいる。そんな月の光を受けて、水晶柱が乱立した洞窟の中は、水晶の放つ光と反射する月の光が静かに静かにあふれるようだ。


 月の光に熱はない。光る水晶に触れてもそれは岩と同じひやりとした冷たさを伝えるだけだ。熱もまぶしさもない、ただただ静かな月の光には、何ものにも属さない力が宿っているのを感じる。

 これが、月の魔力なのだろう。


「マリエラ、始めな」

「はい、師匠」


 マリエラは腰のポーチから片手の平に乗るほどの、透明な球を取り出す。

 師匠に「時間がない割には及第点の真球度だ」と言わしめたその球は、迷宮第54階層の『海に浮ぶ柱』の竜頭から採取したものだ。光線を収束するレンズの一部だったらしい。

 元は抱えるほどの大きさだったと推測されるが、回収できた物の中で一番大きい欠片でこれなのだから、崩壊の激しさがうかがえる。


 小さくなってしまっていても、材質としては一級品だ。特に魔力を収束し蓄積するという性質は、通常の水晶の数千倍にも匹敵するからマリエラたちの目的にとても適している。


 マリエラは水晶玉を両手に持つと、広間の真ん中に歩み出る。

 天井から差し込む月光も、水晶柱から放たれる光も、まるで水晶に吸い込まれるようにマリエラの手に持つ水晶球に収束していく。

 それは水が高きから低きに流れるような現象で、反射や屈折という現象とは全く異なるものなのだけれど、当たり前のように集まって来る月の光に、はたから様子を見る者がいれば、そこが光の収束地点であると思わせるだろう。


 月の魔力は何色でもなく、何者の物でもない。だから、ポーションとして加工してやれば、飲んだ誰かに魔力を与えることができる。

 月の魔力は、魔力を回復する秘薬、マナポーションの原料なのだ。


 何年も何十年もかけて水晶に降り注ぎ、蓄えられた魔力を移せるのは月の光を浴びている間だけ。月が天辺から動いてしまえば、月の光が弱まってしまえば、途端に水晶から取り出せなくなってしまう。


「《命の雫》」

 マリエラが水晶球を持たない右手を上げて、手のひらを天に向ける。

「《ウィンド》」


 《命の雫》を風に乗せて、広間一杯に送り届ける。霧より小さな粒子に変えて、風と共に水晶にふりかけ、そのまま風で引き戻す。水晶に残る月の魔力を洗い出して集めるように。


 師匠が言った通り、根こそぎ水晶中の魔力を移した水晶球は、中に光る水でも入っているかのような揺らめく月光を放っていた。


「今日はここで休んで、明日はジークを迎えに行こうか」

 この洞窟は安全なのだと、広げた毛皮の上で無防備に寝転がる師匠のそばに、マリエラも毛皮を広げて寝転がる。


「師匠、洞窟ってちょっと寒いですね」

「本当は気温の変化が少なくて、冬になると温いんだけどな。ここは天井が開いてるからな。でも月も星も見えるから、景色としては悪くない」

 酒があれば完璧なのにと笑う師匠にマリエラはすり寄る。

 こんなに近くで一緒に寝るのは、師匠に引き取られた幼い日以来のことだ。


「ねぇ、師匠」

「ん? なんだ」

「こんな風に二人で過ごすの、久しぶりですね」

「そうか? ジークはしょっちゅう狩りに出て留守にしてるから、久しぶりってわけじゃないだろ」

「うーん、そうなんですけど。いつもは、街に人がいるから」

「あぁ、周りに人がいないってのは、久しぶりかもな」


 昔は人の気配など全く分からなかったのに、錬金術が熟練するにしたがって迷宮都市にたくさんの人が暮らしていることが、感覚として分かるようになってきた。ラインを介して自分と地脈に流れる《命の雫》のあり様も、周囲に宿りたゆたう《命の雫》も、本当になんとなくではあるけれど、感じ取れるようになってきた。だから。


「ねぇ、師匠」

「なんだよ?」

「私が1年前に目覚めたのって、起こされたんだなって思うんですよね。それでね、師匠はどうなのかなって」

「どうなんだろうな」

 マリエラが予想していた通り、師匠はそうだとも違うとも言ってはくれない。


「ねぇ、師匠」

「なーにー?」

「ウィグラーツィルって、風属性の竜種ですよね」

「あたり」

「地属性の地竜、火属性の赤竜、水属性のフィロロイルカス、そして風属性のウィグラーツィル。揃っちゃいましたね」

「そーだな」

 この4種類の竜の血も、マナポーションとは別の効果の高いポーションの原料だ。フィロロイルカスもウィグラーツィルも竜種と知られてはいなかったから、師匠がいなければ揃うのに非常に時間を要しただろう。

 師匠は何の説明もしてくれないけれど、マリエラには何となくわかっていた。

 用事は全て済んだのだ。必要な物は、恐らくすべて揃ってしまった。


「全部、揃っちゃったんだ……」

 ぽつりとつぶやくマリエラの背中に、師匠はそっと腕を回して子供を寝かしつけるようにぽんぽんとゆっくり叩く。

「もう少しだけ、時間はあるよ。仮死の魔法陣を作るくらいは」


 いつもと違って、師匠の声は幼子を慈しむようにとても優しい。けれどマリエラは、静かに頭を振ってこたえた。

「みんなを置いて、一人助かるなんてできないよ」


 200年前、マリエラに親切にしてくれる人はいたけれど、その付き合いは浅いもので、魔の森の氾濫(スタンピード)から一人仮死の魔法陣で逃げ出すことに迷いなどはなかった。

 唯一の例外は師匠だったけれど、師匠は3年も前に魔の森の小屋を出ていったきり、どこにいるかもわからなかったから、マリエラはためらいなく仮死の魔法陣を使うことができた。


 でも今は。

「大事なものがたくさんできて良かったな」

「うん……」


 師匠の高い体温と、とんとんと背中をあやしてくれる手に、マリエラはとても眠くなってきた。


「……ねぇ、ししょー」

「んー?」

「今度は、急にいなくなったり、しないで……」


 少し困った顔をした師匠の返事を、眠りに落ちたマリエラは聞くことはできなかった。




 翌朝早くに水晶窟をでたマリエラと師匠がジークに合流したのは、昼を回った頃だった。

 何十匹ものウィグラーツィルをつみかさねた横に、ジークとヤグーはへたりこんでいて、ポーションを使ったおかげか目立った傷はないけれど、ひどく疲れているようだった。


「へぇ、上出来」

 珍しく師匠に褒められたジークだったが、

「精霊眼を使いこなせず、最後は剣で倒してしまいました」

 としょぼくれていた。

 どうやらジークは、治療や休憩をはさみながらも幾つもの群れと戦っていたようだ。


「あー、別にいいんじゃないか? 倒せたんなら。ほれ、気付けに一本飲んどきな」

 師匠はジークに中級のポーションをわたすと、マリエラにウィグラーツィルの血液を《薬晶化》するように言った。


「おぉ!? こんなにちっちゃいのに、結構竜の血が濃いかも」

「竜種の強さは、単に体の大きさや攻撃力だけじゃないからな。こいつらはやたらと長寿なんだよ。まぁ、長く生きてるって言っても、知能は渡り鳥と変わらなくて、延々と風を追って飛ぶだけなんだがね」

「へー」


 よくわからないなと、生返事をしながらマリエラは、矢や剣で倒されたウィグラーツィルの山に手をかざして《薬晶化》を試みる。

 フィロロイルカスはあれほど大きかったのに、ちょっぴりしか竜の血の薬晶が取れなくて、瓶を一杯にするために何度も迷宮に通ったのに、小山ほどのウィグラーツィルからは瓶一本分の薬晶が得られた。血液を全て薬晶に変えられたウィグラーツィルの亡骸は、みるまに枯葉のような、脱皮した殻のような乾いた物に変わっていく。

 マリエラが驚いてみていると、急に岩間を縫うように強い風が吹き込んで、ウィグラーツィルの亡骸は落ち葉のように空へと千切れ飛んでいった。

 くるくると風に遊ばれ回りながら空へと上がっていったそれは、小さな鳥の姿に変わって、チーチーと鳴き声を上げながら群れを成して西の空へと羽ばたいていった。


「……、生き返った!」

「そ。あいつらは風が具現化したようなもんだから、ちょっとやそっとじゃ死なないんだ。竜の血をもらったから、しばらくは小さいまんまだろうがね」

「へぇー」


 感心するマリエラに、師匠は「これで、用事はおしまいだ」と告げる。

 昨日の夜の会話が思い出されて、マリエラは少しだけ寂しい気持ちになってしまう。

「うん。師匠、ジーク、帰ろう」

「あぁ、急げば今日中に迷宮都市に帰れるな」

「うえぇ、もっと揺れるの怖い……」


 ウィグラーツィルと戦って疲れているはずなのに、ジークは早く帰りたいらしい。師匠の乗るヤグーに乗り込むマリエラに、ジークがとても残念そうな顔をしていたけれど、たぶんジークのヤグーにはこれから何度も乗る機会があるとマリエラは思っている。


(起こされたのは、たぶん私だけじゃないと思う)

 昨日の夜の師匠との会話を思い出しながら、マリエラは考える。

 何の根拠もないけれど、師匠のヤグーに揺られる時間はそう長くはないことを、マリエラはおぼろげに理解していた。





ざっくりまとめ:シリアスさんがアップを始めたようです

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― 新着の感想 ―
師匠と契約したのが今の地脈の主で マリエラと契約したのが精樹の精霊。 今の地脈の主さんが滅びる時、 師匠の錬金術師としての能力か、無くなる。 その前に、師匠の力が全てマリエラに託される。 なんて筋…
ページ数から考えると 迷宮は60階層超えそう…。 そして完全攻略しても 地脈は元には戻らない。 差し替えが必要なんだと思う。 其は果たして……師匠なのか?それともマ…。
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