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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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氷精の加護

「さあて、『氷精の加護』作りますか!」


『木漏れ日』2階の工房で、マリエラは朝から錬成を始める。『氷精の加護』の錬成は時間がかかるらしく、今日は迷宮討伐軍基地でのポーション作りはお休みだ。いつも師匠に振り回されているミッチェル君たちは、久々の心休まる休日かもしれない。

 もっともお休みなのはミッチェル君たちだけで、ジークとエドガンは今日も迷宮33階層で凍り付いたフィロロイルカスをたたき起こしては永眠させているのだが。


『木漏れ日』2階のマリエラの工房には、大きな桶が二つ置いてあって片方にはフィロロイルカスの幼生体が、もう片方には迷宮33階層でついでに採取してきた百年氷が入っている。他にも皿にオーロラの氷果や氷魔の魔石、地脈の欠片まで載せて並べてあるし、ガラスで作られた漏斗のような器材もあるから、今から料理でもするのかという状態だ。フィロロイルカスの幼生体から漂う磯の香りに、師匠がお酒を飲みたそうにそわそわしている。


 そんな師匠はいつものごとくスルーして、マリエラは材料に向き直る。いつもなら地脈の欠片の処理を先に済ませるのだが、今回の材料は冷凍の魔道具から取り出すと、溶けたり痛んだりするものが多い。だからこちらの処理から先に済ませてしまおうと思う。


 ちなみに今回はガラス製の器材を使う。何でもかんでも全部錬金術スキルで実行させたがる師匠が、珍しく手配したものだ。深さがある漏斗を三段重ねにしたような器材で、縦につなげて使う。外気に触れる側面は中空の二重構造になっていて、中の温度が変わりにくくなっているそうだ。

 師匠が言うには、物によって熱の伝わり方が違って、間に何層も空間を挟むと冷めにくい構造になるんだとか。

 漏斗の絞り口には、材料が落ちないように綿を軽く詰めて、下の段に凍らせたまま粗く砕いたオーロラの氷果を、真ん中の段にはこれまた荒く砕いた氷魔の魔石を入れる。一番上が百年氷だ。こちらは器材に入る程度に粗割しただけで、細かく砕いてはいけないらしい。


 ぽた、ぽたん。


 ゆっくりと解けた百年氷の雫が氷魔の魔石の粉の層へ落ち、浸透して広がってから下のオーロラの氷果の層へ落ちる。解けたばかりの冷たい雫はオーロラの氷果をゆっくり解かしながら果汁と交じって下に置かれた容器に落ちる。


 ぽた、ぽたん。


 実に気の長くなる作業だ。作業といっても、材料をセットしてしまえば後は百年氷を定期的に足すくらいで、のんびり眺めるくらいなのだが。


「師匠、ゆっくり解かすんだったら、錬成空間の中で温度制御すればよかったんじゃ? っていうか、ゆっくり溶かす必要ってあるんですか? 抽出する温度とかスピードならわからなくもないけど」

「先に溶けるか後で解けるかの違いで、氷の解ける速さは変わらないのに、ってか? わかってねーな、マリエラは。この氷は百年以上凍ってたんだぞ。百年の時間が氷の結晶の中に溶け込んでる。だからこうやって、ゆっくり自然に解かしてやるんだよ」


 カランとグラスの中の氷を回しながら師匠は答える。


「え? 時間って氷に溶けるんですか!?」

「いや、物の例えだよ。ロマンがねーな、マリエラは」


 ちびちびとグラスを傾けつつ、百年氷がゆっくり解けては魔石に、オーロラの氷果に染み込んでいく様を眺める師匠。


「って、何飲んでるんですかー! いつの間に!」

「ほれ、よそ見してるとフィロロイルカスの幼生体が解けるぞ」


 まったく油断も隙も無い。

 ちびちびと氷の解けるさまを眺めながらお酒を飲む師匠は放っておいて、マリエラはフィロロイルカスの幼生体の入った桶に向き合う。そうなのだ。この幼生体、温かいところに置いておくと、言葉の通りに解けてどろりとした液体になるのだ。


 フィロロイルカスの幼生体の体のうち、『氷精の加護』の材料になるのは中の薄桃色に色づいた部分だけ。幼生体の体はどうなっているのか中に骨も筋も内臓もなくて、全体が均一でゼリーのようにぷにぷにしている。それでも体の真ん中だけはほんのり色がついていて、触ってみるとそこだけほんの少し硬さが違う。この部分がフィロロイルカスの核になるのかもしれない。

 マリエラは手早くフィロロイルカスの幼生体を捌いては核を別の容器に移していく。


 半分凍っているフィロロイルカスの幼生体はとても冷たくて、捌ききった時にはマリエラの手はしもやけのように赤くなってしまった。


「冷た……」

 はぁーっと手に息を吹きかけてこすり合わせるマリエラ。


「しもやけできやすいの、変わんねーのな。貸してみ」

 懐かしそうにいって、師匠がおいでおいでをする。

 師匠のそばに近づいたマリエラが手を差し出すと、師匠はマリエラの手を両手で包むと血行が悪くなってぷくぷくに膨れたマリエラの指をむにむにともんでくれた。


「師匠の手は相変わらず温かいですねー」

 幼い頃、マリエラがまだ孤児院にいた頃は、冬になるとしもやけが割れて水仕事がとてもつらかった。師匠はマリエラの手がしもやけでパンパンになる度に、こうしてむにむにと揉んでくれた。ぷくぷくに膨れた子供の手を触りたかっただけなのかもしれないけれど、師匠の手はとても温かいから、こうして揉まれると不思議としもやけは良くなった。

 もっとも、しもやけなんて低級ポーションであっという間に治るのだけれど。


(そういうことじゃ、ないんだよなー)

 師匠のおかげで温かくなった手を見ながらマリエラは思う。横では百年氷がぽたぽたとひどくゆっくり解けていて、なんとなく、師匠がスキルでちゃっちゃと百年氷を処理させなかった理由が分かった気がした。


 フィロロイルカスの幼生体の核を《錬成空間》のなかでゆっくりと温めると、まるで温めたゼリーがとろけるように、とろりと蕩けて液体になった。これに《命の雫》を込めた水を半分くらい加えると、常温でも液体のままになる。


 後は地脈の欠片を処理した基材と百年氷で抽出した液体を混ぜるだけなのだけれど、百年氷が解けきるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「ジークたち、寒いだろうな。今日は時間のかかる煮込み料理にしよう」

 じっくり煮込んだお肉が口の中でほろほろととろけるスープは、きっと冷えた体に染み込むだろう。

 マリエラは1階の厨房で煮込み料理を仕込んだり、地下の氷の魔道具から百年氷やオーロラの氷果を取り出しては工房で補充をしたり、『木漏れ日』にすこし顔を出したりしながら、昼までの時間をゆっくりと過ごした。



(『氷精の加護』って、特級の割には作りやすいかも)

 ぽたぽたと解けて滴る水滴を眺めながらマリエラは思う。

 オーロラの氷果はポリモーフ(変身)薬を作るのにも必要な材料で、前回は32階層で採取したが、今回は『木漏れ日』の地下に設置した冷凍の魔道具で栽培したものが使える。ポリモーフ薬より使用量が多いけれど、調子に乗って大量に作ってあるから問題はない。

 百年氷は文字通り100年間凍ったままの氷のことで、発生してから200年経過したこの迷宮の氷なら条件を満たしている。フィロロイルカスの幼生体のついでに採取してきたものだ。

 氷魔の魔石とは、32,33階層に現れるフロストールという意思をもった冷気の塊のような魔物の魔石が使えるから、こちらは冒険者ギルドに依頼して簡単に集めることができた。


 地脈の欠片を使うため特級ランクになっているが、他の材料の入手難易度はポーションのランクのわりに低い。聖水も中級ランクにしては作りやすいポーションだったから、回復でなく付与魔術的な効果を示すポーションはランクのわりに作りやすいものなのかもしれない。


 ジークは、このポーションを使って次の迷宮討伐軍の討伐に参加するのだという。

 ジークたちが向かう迷宮都市第56階層は火山の階層で、炎を吐く赤いドラゴンが住んでいるのだと。


(このポーションが、ジークを守ってくれますように)

 マリエラはぽたりぽたりと滴る水滴に祈りを込める。


 ぽた、ぽたん。


 日はまだ高く、百年氷はまだまだ解けない。フィロロイルカスから『水竜の血』を《薬晶化》するために迷宮に向かう時間もまだ先だ。


 ぽた、ぽたん。


 師匠は百年氷が解けるさまを見るのに飽きたのか、『木漏れ日』の店内で学校から戻ってきた子供たちに何やら要らないことを教えているようだ。

 マリエラは工房の隅から大きめの魔物の皮といくつかの魔石や鉱物を取り出す。

 魔物の皮は羊皮紙のように文字が書けるように加工されたもので、魔石や鉱物は砕いてインクに混ぜて使う。


 祈りも願いも届かなければ意味がない。

 マリエラがどんなに心で思っていても、ジークの助けには少し足りない。


 だから、せめてこの魔法陣を。

 願を想いを魔力に込めて、現世に顕現させるために。


 特製のインクを入れた皿に、マリエラの血を垂らす。血を足すことで魔法陣自体にも魔力を込めることができるけれど、発動させるのも血の持ち主に限定されてしまう。

 けれどそれは、この魔法陣に関してはさして問題とはならないだろう。

 この魔法陣の起動に要する魔力は膨大で、マリエラほどのばかげた魔力量がなければ起動すらさせられないものだから。


 赤竜討伐の作戦は、マリエラにも伝えられていた。空を飛ぶ赤竜のブレスをかいくぐり、ジークの弓で赤竜の翼を射貫くのだという。

 迷宮第56階層は溶岩があちこちに噴き出す灼熱の階層。

 前回の討伐以降、赤竜は常に出入り口を見張り続けていて、赤竜を目視できる範囲に立ち入るなりブレスを吐きかけてくるのだという。うまく初撃を避けて、赤竜の射程圏内に入りこめたとしても、そこは溶岩だまりがあちこちにある、足場の悪い場所らしい。移動するのは困難で、隠れる場所はほとんどない。

 いくら『氷精の加護』があったとしてもそんな環境で、赤竜のブレスをよけつつ弓を射れるのだろうか。Aランク冒険者の身体能力はとても高くて、走る速さもマリエラなどとは比べ物にならないが、それでも空を行く竜の速度にかなうものではない。


 だから、せめてこの魔法陣を。

 200年と少し前、仮死の魔法陣を完成させたマリエラに、師匠が残した置き土産。あの時は「こんな魔法陣、いつ使うのよ! 絶対気絶させるために転写したんだ! むきー」と怒ったものだけれど、きっとこれは、この日の為に転写してくれたのだと思う。


(師匠に聞いたって、はぐらかすんだろうけど)


 ぽた、ぽたん。


(ジークが無事に帰ってきますように)

 その思いを祈りを、確かな形にするために。


 百年氷が溶けて滴る音を聞きながら、マリエラはゆっくりと正確にその魔法陣を描いていった。





ざっくりあらすじ:ジークは特典アイテムを手に入れた!


なんと! マリエラが!!!

11/7より『オーバーロード』再放送枠にてTVCM放送開始! YouTubeにも上げて頂きました。

コチラ→https://youtu.be/ip30XatO6_8 よろしければご覧ください。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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