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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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自由な体躯

「かーんせーい!!!はくしゅー!」


「おぉ……?」


 マリエラの練成をまじまじと見ていたジークは、いきなり話を振られて戸惑いながらも、ぱちぱちと手をたたいてくれた。


 疲れた。1本だけとは思えないほど疲れた。

 いつもだったら、代替薬は作り置きの物を使うし、材料も処理しておいてあるから、いつもよりたいへんだった。

 早速効果を確かめよう。


「はいっ。ジーク右腕出して。」


「は、はい。」


 ジークは、よく分かっていない様子で手のひらを上にして右腕を出す。


「逆、逆。」


 マリエラはジークの腕をつかみ、くるりと手を回して、黒狼に噛まれた跡を上に向け、ぽたりぽたりとできたばかりのポーションをかけた。


「うん。成功。」


 黒狼に噛まれて陥没したままの傷跡は、薄く光を放ちながら見る間に盛り上がり、あっという間に傷跡さえなくなった。


「グーパーしてみて?ちゃんと動く?あ、動くね。」


 今朝の段階で、力が入らず、ゆっくりと動くだけだった右腕は、滑らかに動いていた。


「あ……、うご……、動きます……」

「うんうん。じゃー膝立ちになって、後ろ向いて、ズボン上げて左脚の脹脛みせてー」


 感動を言葉にしようとするジークをせかして、本命の左脚の傷を出させる。

 こちらは、黒狼に食いちぎられた後、止血目的で焼いた傷だ。治癒魔法で最低限の治療をしてあるが、薄皮が張っているだけ。迷宮都市への運送途中で雑菌が入って悪化していた。

 炎症は昨日のポーションで治まったが、内部組織はいまだに酷い有様だ。


 こちらにはたっぷりとかける。えぐれた肉が再生されていく。薄皮の下で筋組織が一本一本再生して盛り上がっていくのが見て取れる。


「っ……」


 ジークが左足の指をひくりと動かす。鎮痛成分も配合してあるから、痛みはないはずだ。

 急激に組織が再生される違和感に声が漏れたのだろう。


 あっという間にやけどの跡も消えてなくなる。

 流石は作りたて。効果は抜群だ。


 足を治しても、まだ1/3ほど上級ポーションが残っていた。


「はーい、ジーク、これ飲んで。さ、ぐぐっと。一気一気。」


 足の様子を見ようと振り返ったジークに、ポーションの入った容器を押し付ける。

 今朝の散髪の際に気が付いたけれど、ジークは体中に傷跡があった。鞭で打たれた痕かもしれない。


 ジークは言われるままに、上級ポーションを飲み干すと、ぶるっと身体を震わせた。


 体のあちこちがふわりと光ったから、体中に残ったダメージが一気に癒されたのだろう。


 ジークは、自由に動く右手を見、えぐれていた筈の左足を見ると、ベッドから静かに下りて立ち上がった。

 そのまま左足を踏み出す。一歩、一歩。違和感なく歩く。


 両手を上げて伸びをし、軽く飛び跳ねる。腕を回し、腰をひねる。体の調子を確認するように動かしていく。うつむきがちだった背筋もしゃんと伸びていて、背が高く若返ったように見える。


「動く、動く。脚が、腕が……。肩も回らなかったのに、腰も痛くない。腹も引きつらない……」


(どんだけ怪我にまみれてたんですか、ジークさん……。

 てか、上級ポーション効き過ぎじゃない?迷宮素材すごいわー)


 泣き出しそうな表情で、喜んでいるジークを見ながら、錬金術師になってよかったとマリエラは思う。

 怪我から、病から回復した人が喜ぶ顔を見るのは、何よりのご褒美だ。


 体の調子を確かめ終わったジークは、くるりとマリエラを振り返り、片足を床について座った。

 また土下座か!?と一瞬身構えたが、今度は片足を立てている。

 まるで騎士が誓いを捧げるようなポーズだ。


「マリエラ様、ありがとうございます。こんな……、こんなに自由に動く身体に戻れる日が来るとは……夢にも思いませんでした。本当に、この気持ちを、感謝を、うまく言葉にできなくて、もどかしい……。昨日から、貴女に救っていただいてからずっと……俺、俺は……どんなことでもします。貴女の、マリエラ様のためなら、どんなことでも……」


 感極まった様子で、ジークが言葉を綴る。ひとつしかない蒼い瞳は潤みきっていて、熱に浮かされたように途切れ途切れに語る言葉に、感謝の気持ちが伝わってくる。


(本当に、綺麗な瞳……)


「目、治せなくてごめんね。特級ポーションが作れるようになるまで、我慢してね」


「そんな……、十分です。俺は、死ぬんだと思っていたのに、こうして、もう、どこも痛くない。

 本当に、俺、何だって、何だってやります……」


 ジークのテンションが変な方向に上がってきた。


「ねぇ、ジーク、お願いがあるの。」

(何でもしますとか、簡単に言っちゃ駄目なんだよ。)


「っ!はい!」


「あそこの、ガラス器具、洗っといて。」


「!!!???」


 後片付けはジークに任せて、夕食時まで昼寝した。



 マリエラが昼寝をしている間に、ジークはガラス器機を洗って乾かし、散らかしていた薬草は机の上に整頓し、ガラクタ箱の中身も埃を綺麗に払って、見やすいように床に並べてくれていた。


 昼寝から起きたマリエラはというと、

「それは、ごみー」

「はい」

「それは、明日もってくから袋にいれて。」

「はい」

「それは、使えるけど、袋に戻して部屋の隅っこにおいといてー。」

「はい」


 ベッドに寝そべりながら、ジークをあごで使っていた。

(あぁ、楽チンだ。師匠ってば、こんな感じだったのね。)


 このまま寝転がった状態でご飯が食べれたら最高なのに。などと考えていると、マリエラ達の部屋のドアがノックされた。


「はーい」


「マルローです。契約書類が揃いましたので、部屋に来ていただけますか?」


 夕食前の一仕事がやってきた。




 ジークと2人でマルロー副隊長の部屋に入ると、ディック隊長が待っていた。ジークをみて、驚いた顔をする。昨日のジークは死に掛けのゴブリンより酷い有様だった。今は痩せすぎだが男前で同一人物とは思えないから、驚く気持ちはよくわかる。マリエラだってビックリだ。しかし、輸送隊隊長がこんなに顔に出していいのか。相変わらず分かりやすい人だ。大丈夫か。


 反対にまったく顔に出さないマルロー副隊長に勧められるまま、マリエラは長椅子に座る。ジークは背後に控えている。


「本件の機密性を考え、隊長のディックと、私マルロー以外は、情報を伝えておりません。

 こちらが、契約書になります。確認を。」


 マルロー副隊長が、複数の書類を渡してきた。一番上の契約書を見ると昨日マリエラが要望した事が、全て書かれている。守秘に関してはもちろんのこと、万一情報が漏れてマリエラが危険にさらされた場合は、黒鉄輸送隊が問題の解決に当たり、状況によっては逃亡までを幇助する、と明記してある。

 マリエラは契約書を見るのは初めてだ。今までは、店に持ち込んで買ってもらうか、広場のバザールで売るか、娼館等の客先に直接もって行くか、何れも商品と代金をその場で交換するやり取りばかりで、契約書など結んだことはなかった。マルロー副隊長に渡された契約書は、商業ギルド発行の魔法効力のある物で、とてもきちんと作られているように思える。


「あの、『個々の取引に関しては、都度、売買契約を締結するものとする。』と有りますが?」


 代金について書かれていないので、マリエラが聞いてみると、


「『相場』という、変動しやすい指標を魔法契約に盛り込むことはできないのですよ。物の価格は都度変動するものですから。こういった基本契約とは別に、別途単価契約書を締結するか、商談ごとに売買契約を締結するものなのです。こちらが、今回の売買契約書になります。」


 流暢にマルロー副隊長が答え、下にあった書類を指差した。そちらが今回の売買契約書らしい。昨日注文されたポーションの種類と個数、マリエラに支払われる単価が書かれている。

 単価は低級ポーション、低級解毒ポーション、魔物除けポーションがそれぞれ銀貨6枚、中級ポーション、中級解毒ポーションは大銀貨6枚とびっくりするような値段が書かれているが、上級ポーションと上級解毒ポーションは記載がなく、合計金額も空欄となっている。


「あの、上級のところが空欄なんですが。」


「それなのだがな……」


 マリエラが質問すると、今まで黙っていたディック隊長が、ようやく口を開いた。


「上級ランクのポーションは10年以上、取引されていないのだ。」


 市場に出回らないので『相場』がわからないそうだ。


「迷宮都市のポーションは、辺境伯や各家が保管しているものを除けば、アグウィナス家からしか流通がなくてな。辺境伯との取り決めに従い、軍に一定量の供給があるのだが、ここ十数年は低級、中級しか出回っておらんらしいのだ。」


 迷宮都市のポーション事情をさらっと説明してくれた。アグウィナス家という家名は聞いたことがある。200年前、エンダルジア王国の筆頭錬金術師だった家系だ。スタンピードを生き残り、家まで存続していたらしい。王国が滅びたというのに、200年たった今でもポーション販売の実権を握っているとはすごい一族だ。


「上級ランクについては、売値に基づいて金額を決定したいのだが。相場がわからん以上、買い叩かれる可能性もある。これ以下では売れんという最低金額を決めてもらってもいいし、我々が信用できんのであれば、取引に同席してもらってもかまわんが、どうだろうか。」


 腕組みして、威風堂々というポーズで椅子にどっかりと座っているディック隊長ではあるが、顔を見ると太い眉毛がへにょりと下がっている。見た目と中身にギャップのある人だ。悪いことをする人には見えないから、信用できないとは思わないが、買い叩かれることはありえそうだ。まぁ、その時はマルロー副隊長が出てくるのだろうが。


「可能であれば、教えてほしいんですが。」


「む、なんだ?」


「ポーションは何処へ売るんでしょうか?」


「迷宮討伐軍だ。もうじき定例の遠征があるからな。魔物除けと低級ランクの一部は我々も買い取らせてもらうがな。」


 取引先を教えてくれるとは思わなかった。こんなにあっさり教えてくれていいんだろうか。ちらと、マルロー副隊長を見ると、いつものすまし顔だが目が笑っていて、なんだか少し楽しそうだ。


「アグウィナス家ではなくて?」


「アグウィナス家に売れば、討伐軍に渡るかわからんだろう。ただでさえ、ポーションの質も量も下がっているのに、最近は『新薬』などという粗悪品を流していると聞く。討伐軍の被害は増える一方だというのに。」


 今度は露骨に嫌そうな顔をする。アグウィナス家にいい感情を持っていないようだ。というか、軍に知り合いでもいるのだろうか。


「分かりました。値段は安くなってもかまいません。私も使ってもらったほうが嬉しいので。」


 ポーションは怪我を治すものだ。利ざやを稼ぐ道具に使われるのは嫌だから、利用者に直接渡るほうがいい。低級、中級ポーションの値段で、利益は十分以上に出ているのだから、討伐軍の被害が少しでも減ってくれれば、マリエラも嬉しい。


「そうか!ありがたい!連中もきっと喜ぶ」


 ディック隊長はとても嬉しそうに握手を求めてきた。握る力が強くて、ちょっと痛かったけれど、分厚くて大きな手のひらはとても温かかった。

 マルロー副隊長が、商売にまるで向いていないディック隊長とどうして一緒にいるのか、なんとなくわかった気がした。


 よし、打ち上げだ!と立ち上がろうとしたディック隊長の襟首を、マルロー副隊長が引っつかむと、もう一度椅子に座らせた。早業だ。喉が絞まって、ディック隊長がむせている。


「契約がまだです。それと、打ち上げなどしたら、秘密にならないでしょう。分かっているのですか。」


 さらさらとペンを動かし、売買契約書を完成させながらマルロー副隊長がたしなめる。


「マリエラさん、代わりといっては何ですが、滞在中の飲食等はこちらで負担させて頂きます。宿泊も1週間延長して有りますし、マスターに話はしてありますので、何でも注文してくださいね。あぁ、あと事前に入用なものを提供するという件ですが、何を準備しましょうか?」


 これが接待というヤツだろうか。ジークも一緒でいいんだろうか?


「今回は、特にないです。あの、ジークの分もですか?」


 小市民臭く聞いてしまった。「もちろんです。」とにこやかに返事をしてくれた。なんて太っ腹なんだろう!


「あ、ディック隊長は自腹でお願いしますね。経費で落ちませんから。」


 笑顔でマルロー副隊長に言われて、ディック隊長はがっくりとうなだれていた。




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