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神殿と精霊の怒り

 冒険者たちの協力によって1週間という短納期で壁と天井だけの『精霊の神殿』は完成した。後は周囲にデイジスとブロモミンテラをまばらに植えておけば勝手に繁茂してくれる。


 神殿建造の最終日、全員の見守る中、迷宮討伐軍に物々しく警備された『呪われた宝物』が運び込まれた。

 何人もの兵士に護られるようにして、ローブの男の後ろを一抱えもありそうな箱を持って二人の兵士が入ってくる。箱にはいくつもの封印らしき紙や紐がかけられていて、その厳重さから収められたものの恐ろしさが滲み出している。ローブの男は、フードを目深にかぶって顔は見えないが、その装いからおそらく呪術に詳しい者なのだろう。


 神殿の窓は外側の1枚だけがはめられていて、内側の台座が設けられた窓は神殿の中央の床面に下ろされている。四隅には縄がかけられていて、縄の先は天井その他に取り付けられた幾つかの滑車を通じて巻き取り機につながっている。冒険者たちが巻き取り機を回して縄を手繰れば、窓枠が引き上げられる仕組みだ。


 台座近くに歩み寄る呪術師と兵士たち。

 ローブの呪術師がすっと手を上げると、『呪われた宝物』の収められた箱は地面に下ろされ、運んできた二人の兵士が数歩下がる。窓枠の台座周辺にはかがり火が円形に設置されていて、中には薪と共に乾燥させた聖樹の葉が入れられている。二人の兵士は、うっすらと光を放つ水をかがり火に沿って台座を囲むように円形に撒いた後、かがり火に点火する。

 おそらく光る水は聖水で聖樹の葉を入れたかがり火とあわせることで簡易の結界を張ったのだろう。呪術師はなにやら呪文を唱えると、一つ一つ封印を解いていく。


 ゴクリ。

 見守る冒険者たちが息をのむ。ついに封印はとかれ、箱の蓋が開いたのだ。

 ずぞぞぞぞと、箱のふちからあふれる黒いモノ。錆のようにも、黒い小さな蟲の集合体のようにも見える、本能的に怖気を覚える不気味な物体。

 冒険者の何人かは、それを見たことがあった。

「呪いだ……。本当に呪いの宝物だったんだ……」

 誰かが漏らした呟きに、神殿の中は静まり返る。


 呪術師は不気味な黒いモノで満たされた箱に、恐れることなく手を入れると中から一抱えもありそうなガラスの杯を取り出した。


 ガラスといっても透き通った美しいものではない。緑や茶色といった暗い色合いのガラスを混ぜ合わせたような、黒に近い緑の杯だ。中から湧き出る黒い呪いのせいで、ことさら黒く濁って見える。

 形はとても不恰好で、子供が作った器のようだ。呪いの力でゆがんでしまったのかもしれない。呪いの元凶がこの器を作成した子供だとも考えられる。不安定な器に不安定に蠢く呪いは、見るものに様々な想像を抱かせ、そして不安な気持ちを掻き立てる。


「おそろしい……。いったいどんな呪いが掛けられているんだ……」

 冒険者や迷宮討伐軍の兵たちが遠巻きに見守る呪術師は、その呪われた杯を台座に載せ、倒れないよう金具で固定する。金具の中央には何やら紋章のようなものが刻まれた呪術道具が付けられている。呪いが溢れ過ぎないようにする封印具だろうか。


 杯を設置し終わった呪術師はそばに控えるゴードンの方を向く。重々しく頷くゴードン。

 二人の兵士に頭から聖水を振り掛けられたゴードンは結界をくぐり、台座の横、窓枠の上に乗る。


「上げてくれ」

 ゴードンの指示により巻き取り機が巻かれ、ゴードンと『呪われた宝物』を載せた窓枠が天井へと引き上げられる。

 いくら『呪われた宝物』が設置されていようと、窓枠を固定するのは大工の仕事。これはこの仕事を任された棟梁ゴードンの仕事なのだ。


「おやっさん……」

「おやっさん、頑張れ!」

 思わず声援を送る冒険者たち。天井からぽたりぽたりと落ちてくるのはゴードンに掛けられた聖水のしずくだろう。まさかビビッて漏らしたりはしていまい。


 天井付近にたどり着くと、ゴードンは設けられた足場に移り、窓枠を手早く固定して行く。固定した後は、封印と思しき紙を張る。完成だ。

 魔法陣のような格子の二重窓に光が差し込む。二重の格子を通った光は複雑な魔法陣の影を形成して神殿の内部に差し込んでくる。この窓枠は一つ一つが『呪いの宝物』を封じるもので、二つ重なる影にはなにか特別な効果があるに違いあるまい。

 窓枠に結ばれていた縄を解き、一つを腰に結びつけると、ゴードンはゆっくりと地面に下りた。


「完成じゃ」

 重々しく宣言するゴードン。呪術師は頷くと、迷宮討伐軍の護衛と共に静かに神殿を後にした。

 湧き上がる冒険者たちの歓声。

「おやっさん! アンタ本当にすげぇよ!」

「あぁ、さすがは俺らのおやっさんだ!」

「あんな恐ろしい呪いの宝物をちゃあんと設置すんだからよ!」


 そうだそうだと盛り上がる冒険者たち。『あんなに恐ろしい』と言ってはいるが、どんなに恐ろしいのか実は誰も知らない。けれど知らぬほうが良い事なのだ。知るだけで尿漏れ野郎になる以上の災いが降りかかるに違いない。好奇心が身を滅ぼすことを彼らは本能的に理解している。

 宝物の呪いは夜に活性化すると言う。この場所に夜近づいてはならないのだ。そう、決して。

 そんな話を交わしながら、精霊の神殿建造に携わった冒険者たちは、神殿の完成を祝って飲み明かすのだった。


 神殿が完成した数日後から、採砂場の砂を積載した荷車が何台も神殿に運び込まれた。採砂場の砂は質のよいものだけれど、ポーション瓶に使うにはまだ不純物が残っている。だから、ルダンたち迷宮都市のガラス職人と魔工技師たちが作り上げた選別機でより分けを行った後に、神殿へと運びこまれてくる。

 馬車ごと神殿に運び込んだら、荷車だけ残して荷役の騎獣は連れてかえる。迷宮都市側の大扉には間違って入り込み呪いを受ける者が出ないように、きっちりと鍵を掛ける。けれど魔の森側の小扉には鍵は掛けない。ここは精霊が出入する扉だからだ。


 一晩明けて神殿へ行くと、荷車の砂は《命の雫》が込められて薄く光を放っている。シューゼンワルド辺境伯家の古い書物が伝えたとおり、精霊たちが呪いを解こうと訪れたに違いない。

 稀に砂に変化が無い日もあるのが、気まぐれな精霊の仕事なのだと運搬に関わる者に確信させる。


 精霊は女の子に違いない。そんな事を言う者もいる。肝試しに訪れて、中から「《命のしーずーくっ》」と唱える声を聞いたのだと言う。ならば姿を見たのかと問えば、急に現れた火の玉に襲われて命からがら逃げたのだそうだ。

「きっと、精霊と呪いが戦っているのだ」

 噂が噂を呼んで、精霊の神殿にはお供え物をする者まで現れる始末。恐ろしい『呪いの宝物』の話は建設に携わった冒険者の目撃談もあって迷宮都市の誰もが信じたし、迷宮討伐軍が警邏を強化したことで、夜間に精霊の神殿に近づくものは無くなった。


 《命の雫》が込められた砂はルダンたちガラス職人がポーション瓶に加工する。急に増えた需要によってガラス職人の需要は一気に増えて、薬草の特需に加えて多くの雇用をもたらした。


「わしは大変なんじゃがの」

 忙しすぎると文句を言うルダンを手伝いながらゴードンとヨハンがニヤニヤ笑う。

「それにしても、ウェイスハルト様の計画通りになりましたね」

「ワシの演技、サイコーじゃったろ?」

「まぁ、小道具もめちゃめちゃ凝っておったからのー」

「親父も漏らしたかいがあったな」

「漏らしとらんわー!!!」


『精霊の神殿』なんて、実は全くの嘘っぱちなのだ。

『呪われた宝物』はどこぞの飲んだくれ賢者が酒瓶を捨てるのが面倒で適当に溶かして作ったおもちゃに過ぎない。そりゃぁ、子供が作ったような歪で下手な器のはずだ。


 精霊の神殿から魔の森に少し入った場所には、地下大水道の出口がある。

 ゴードンらドワーフ三人組には『精霊の神殿』なるものを建てるということ以外、詳細は知らされていない。魔法陣の窓枠も、魔よけの魔法陣を模したものではあるけれど、鉄の細工のように歪みが出やすい物で効果が出るはずが無いのだ。

 細かいところを追求すれば『精霊の神殿』自体が偽りであることが知れてしまうから、ゴードンたちには『精霊の正体』以外は真実が知らされ、協力が要請されていた。


「でもまー、ワシらに仕事が来た時点でのー?」

「そうですね。ばればれですよね」

「本当に手の掛かる嬢ちゃんだわい」


 あぁ、のどが渇いた。『木漏れ日』でお茶が飲みたい。ポーション瓶の作成の疲れを吹っ飛ばしてくれる、スタイリッシュなあのお茶が。三人の思いはおそらく同じなのだろう。

「わし、ちょっと休憩してくる」

「根の詰め過ぎは作業効率を悪化させます」

「ワシの指定席、ウェイスハルト様に取られんように、臭いつけとかんと」


 三人のドワーフたちは、ポーション瓶作りを中断して、いそいそと『木漏れ日』に向かうのだった。



 *****************************



 夜の地下大水道をマリエラとジーク、そして師匠が魔の森に向かう。ついに夜逃げだ。師匠が酒代をツケにしすぎたからだ。

 そういう状況も200年前ならあったのかもしれないが、今の迷宮都市は作れば作るほどポーションが売れるから、どれだけ師匠が酒を飲もうとお代わりし放題の飲み放題だ。帝都の良い酒も黒鉄輸送隊がどんどん運んできているそうだから、マリエラが逃げ出したくても師匠が逃がしてくれないだろう。


 一同は地下大水道を抜け、魔の森を掻き分けて『精霊の神殿』の裏口へとたどり着く。

「うん、今日も人はいないな。念のためにあたしは表の大扉を見てくるから、ジークはここで警護な。マリエラ、とっとと済ませてきな」

「はい」

「はーい」


 今日も今日とて、朝からポーションを作り、店の品物を補充したり師匠の面倒を見た後、夜にはポーション瓶用の砂の処理である。尤も一番疲れる師匠の相手はシェリーたち4人がいくらか引き受けてくれているし、『木漏れ日』はアンバーさんが回してくれている。だから、打倒師匠に燃えるマリエラは日々全力で錬成を行って、キャル様が話してくれた『病弱系ヒロイン』とやらも真っ青な頻度でパタパタパタンパッタリコと魔力切れでぶっ倒れたりしているのだが。

 師匠仕込みの『上手な倒れ方』が身についているマリエラは、準備されているクッションに向かってふんわりぽふんと倒れて、そのまま1刻ほど眠るので、配属された兵士たちにはお昼寝タイムと認識されている。マリエラには病弱だとか薄幸だとかのイメージは難易度が高いのかもしれない。


錬金術師(マリエラ)様は今日もお健やかにお過ごしです」

 などという報告を受けたウェイスハルトは、事実を知れば悲鳴を上げて止めたであろう過酷な錬成特訓が行われていることなど露知らず、師匠が荒唐無稽なレベルでザックリ伝えた『精霊の神殿』計画やその他の案を実現可能な計画に作り直す仕事に追われていた。


『精霊の神殿』の小さな裏扉をくぐって中に入る。この扉は主にマリエラ用で、ジークが入るには少々狭くできている。裏扉をくぐってすぐのところに複数の照明の魔道具に魔力を供給する装置が設置してある。『精霊』が暗くて転んだことを聞きつけたゴードンたち3人が、慌てて付け足した『精霊用』だ。愛情に満ちた贈り物といえる。ちなみに宝物の『呪い』はただのエフェクトで、実際は何の害もないものだ。

 明るくなった『神殿』の中には白い砂をたっぷりと積んだ十数台の馬車が所狭しと並んでいる。


 一台一台馬車を回って《命の雫》を固定化していくマリエラ。

(荷車の隙間を縫って移動するの、面倒くさいな。まとめて全部できたらいいのに)

 この神殿の内側全部を巨大な《錬成空間》で覆ってしまえば砂を一気に把握できる。自分の手足が伸びてたくさんあるように、目が後ろにもついているように。把握出来たらあとはいつもと同じ要領で一度に全部《命の雫》を込めるのだ。


「《錬成空間、命の雫、固定》――」

 ポロリと口からこぼれるように、思いついたままのイメージをスキルに乗せる。

「できた……」

 これだけの量の砂を一気に。今までなら、絶対にできなかったことだ。


(私、成長してる……?)

 師匠に対抗すべく、日々必死でポーションをつくっていた成果だろうか。

(師匠はお酒を飲んで遊んでたんじゃなくて、私に全力でポーションをつくらせるために……?)

 マリエラは師のありがたさを感じた気がした。

 もっと師匠を敬って、やさしくしないといけない。今日なんて、マリエラが掃除をする先々に現れては、絶妙に邪魔な位置で立ち止まるものだから、そのまま箒で掃きだしてしまったのだ。

「師匠、じゃま、じゃま、じゃま」

 そう言いながら箒をぶつけるマリエラに、師匠はキャッキャと笑っていたから喜んでいたのかもしれないけれど。酔っぱらいの言動はマリエラにはよくわからない。


 マリエラが『精霊の神殿』を出るとジークだけが待っていた。

「随分早かったな」

「うん。上達したみたいで一気にできた。師匠を迎えに行こう」

 ジークと二人、神殿の外周を迂回して、表の大門へ向かうマリエラ。

 そこで彼女が見たものは。


「うーん、結構いい酒備えてあんじゃん。火の玉に追われたら、良い酒備えて許しを請えって噂流して大正解! あ、つまみもある! 気が利くー!」


 どうやらマリエラが感じたありがたさは気のせいだったらしい。

「師匠! 何してるんですか! 嘘の神殿でもお供え物に手を付けるとか! 信じらんない」

「マ、マリエラ!? 早くないか?」

「シショーノオカゲデスゥー。さ、ジーク帰ろう。でもって、罰当たりな人が入ってこないように鍵かけちゃおう!」

「マリエラ、まって~」


『精霊の神殿』に供えた酒が減っていたという話は、しばらく冒険者たちの間で噂になったが、酒が減っていたのは最初のうちだけで、すぐに酒は減らなくなった。

「精霊の怒りが解けたのだ」

 そういって酒を供えた冒険者は安堵したのだが、『精霊の神殿』で《命の雫》を振りまいている『精霊』代理は今日も箒で火の玉発生器を追い回していることだろう。




ゴードン「せいれいさんのおかげでポーション瓶用の砂ができたぞ(棒)」


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― 新着の感想 ―
火の玉発生器(笑) 火柱発生器の正体を現してなくて良かった。、
精霊のお供え物は強い酒とお菓子 酒は師匠用だよ お菓子はマリエラと友人用! 古来より左党は甘い物好きだよ? 日本人だと酒と餡子! 西洋人は酒とチョコレート!
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