精霊の神殿と宝物
「おやっさん! 手伝いに来たぜ!」
迷宮都市の西側、200年前は防衛都市と呼ばれた街があった場所で、ゴードンを始めとする大工たちが突貫工事を行っていた。場所は迷宮都市の外壁の外で魔の森との距離も近い。今までならばそんな場所での仕事など発注する者も受注する者もいなかっただろう。
建造しているのは特殊な神殿だ。
神殿を突貫工事で建てていいのか、という点はさておいて、採砂場への道の整備で伐採した木材を利用して、十数台の馬車が入る巨大な神殿が急ピッチで建造されていた。
現場の指揮を執るのはドワーフのゴードンで、息子のヨハンとガラス職人のルダンがサポートに入っている。もちろん迷宮都市じゅうの大工が掻き集められているけれど、堅牢な石造りの家を修繕しながら長期にわたって住み続けるのが迷宮都市の住宅事情だから、大工の数は多くはない。費用は惜しまないが、1週間であらかた完成させよというシューゼンワルド辺境伯家の無理な注文に応えるには人手がまったく足りなかった。
ゴードンが困っていると聞きつけてやってきたのは、かつてゴードンに助けてもらった冒険者たちだった。冒険者といっても実入りの良い者ばかりではない。ちょっとした怪我で日々の糊口さえままならなくなる者も多い。
かつて冒険者をしていたゴードンは、怪我で引退を余儀なくされた。食うに困ったゴードンに大工の仕事を仕込んでくれた親方がいたお陰で、ゴードンは大工として身を立てることが出来ている。
恩人に返せない恩義を後進に。そんな想いからなのだろう。ゴードンは怪我をした冒険者たちに声をかけては大工の仕事を斡旋したり、『木漏れ日』で購入した傷薬を渡して面倒を見てきたのだ。
その数はいかほどだったろう。何十人もの冒険者たちが声を掛け合いゴードンの元に駆けつけたのだ。1週間という工期を満足できるほどの人員がそろったことは有難い。
駆けつけてくれた者たちは、皆冒険者なのだ。怪我が治って再び危険な冒険者家業に戻った者がこれだけ五体満足でいてくれたことが嬉しい。
あの頃と変わらず、「おやっさん」と呼んでくれることに、目頭が熱くなる。
「お! おやっさん、泣いてんのかよ。年寄りは涙もろくていけねーな!」
「泣いとらんわい! こりゃ汗だ。くだらんこと言っとらんと、さっさと作業にかかりやがれ!」
からかう冒険者たちを一喝すると、尻ポケットに突っ込んでいた手ぬぐいで目の辺りをごしごしとこするゴードン。
「うわっ、何だこの手ぬぐい、目ぇいてぇ! 染みる!」
「ん、親父、それ、『木漏れ日』の布巾だぞ。間違えて持ってきたんだな」
「なにぃ!?」
何処となく玉ねぎくさい手ぬぐいで目をこすったせいで、本当に涙がこぼれ始めたゴードンを指差して、ぎゃははと大笑いする冒険者たち。
建設現場付近の安全は迷宮討伐軍から派遣された兵士が警備しているし、魔物除けポーションも提供されているから、魔の森のほとりだというのに、こんなに大声で笑いながら作業が出来る。ずっと高い壁の中にいたせいか、開放的な気分になって作業もずいぶんはかどるというものだ。
運ばれた木々は大工スキルによって乾かされ、柱や板に加工されて行く。床は木の根や大きな石を取り除いて締め固められた土間のまま。馬車ごと出入する設計だから床を敷く必要は無いのだ。
「なぁ、おやっさん。この建物ってなんの建物なんだ?」
ようやく涙の止まったゴードンに、図面を見ていた一人の冒険者が尋ねる。外壁の外、魔の森に面したこんな場所に建てるだけでもおかしいのに、この建物には出入口が二つと、天井に窓が一つしかない。しかも迷宮都市側の扉は馬車が出入できるほど大きいのに、もう一つの扉は魔の森側に付いていて、普通の家の扉よりもはるかに小さいのだ。
女性や子供であればかがんで出入できるだろうが、がたいの良い冒険者であれば体を横にしてかがんでも肩がつっかえてしまいそうだ。
天窓のつくりも変わっていて、大の大人三人が両手を延ばして囲んだほどの巨大な円形の二重窓になっている。空を行く魔物が侵入しないように、鉄格子の窓枠にガラスがはめ込まれた窓ではあるが、その鉄格子の模様が魔法陣を構成している。それも上段と下段で異なるもので、下側の窓格子にはなにかを設置できるような台座が取り付けられている。2重の窓の間に何かを設置する構造だ。
「これはな、精霊の神殿なんだとよ」
「精霊の神殿?」
噂話の好きそうな冒険者がゴードンの話に食いつく。
「わしも詳しい話は聞かされとらんのだがな、ポーションが販売されるっつー話はお前らも聞いとるだろ?」
「あぁ、何でもアグウィナス家が製造方法を考案したとかって話だろ?」
「おう、それだ。ポーションてのは、容器も特別製らしくてな。《命の雫》っつーポーションの元みてぇな地脈の力を込めた砂でないと作れねぇらしい」
ポーションの販売は冒険者の間でもここ一番の関心ごとだ。ゴードンの元に駆けつけたから商人ギルド主催の説明会にはいけていないが、酒場で仲間からおおよその話は聞いている。もっとも、尾びれ背びれに胸びれまで付いて勝手に泳ぎだした魚のような噂話なのだけれど。
話を聞こうと集まってくる冒険者たちに、ガラス職人のルダンが続きの話を語って聞かせる。
「帝都じゃポーション瓶を買い取る場所はぎょうさんあるで常識じゃがの。迷宮都市にあるのはお前らみてぇのが飲み散らかした酒瓶ばっかりじゃ。これじゃ、折角ポーションがこさえられても入れるもんがありゃしねぇ」
「普通の瓶に入れたらダメなのかよ?」
「普通の瓶じゃ、じきに唯の薬水になっちまうんじゃ」
「なんだよ、ポーションて腐るのかよ。めんどくせぇな」
「腐るのとはまた違うらしいがの。名剣は相応しい鞘が必要じゃろう。そんな感じじゃ」
剣を用いたルダンの例え話は、うまくまとめているようで、全く意味がわからないのだが、もともと冒険者というやつは詳しい仕組みに興味は無い。ポーションは専用の容器でないと腐ってしまう、そんなあやふやな理解で十分なのだ。
「で? その容器とこの神殿にどんな関係があるんだよ」
答えをせかす冒険者に、今度はヨハンが話を引き継ぐ。
「まぁ、落ち着いてください。ポーション瓶のガラスは《命の雫》を込めたガラスでないとダメなんですよ。つまりガラスも本来は錬金術師が作るんです」
「ってぇと、アグウィナス家サマはガラスの製法もこしらえたってわけか?」
「違います」
「何だよ、使えねぇな」
がやがやとヨハンの話に野次を飛ばす冒険者。実に気が短い。
「だーかーら! その砂を精霊に作ってもらうための神殿なんですよ!」
気の短い冒険者のために一気に結論を言うヨハン。
「なんだってー!」
「どうやって!?」
「精霊が作れんのかよ? 言葉も通じねぇのに?」
がやがやとうるさい冒険者たち。こんな突拍子も無い話だ。仕方の無い反応だろう。
「それがの、シューゼンワルド辺境伯様の家から200年以上前の古い書物と宝物がみつかっての。この神殿はその書物に基づいて建てられているんじゃ!」
「なんだってー!」
「お宝って!? はっ! あの天窓だろ!? そうだろ!? あそこの台座に取り付けるんだろ!?」
さすがは冒険者。『宝物』という言葉に対する食いつきぶりが半端ない。
「宝物と言いましても、良い物ではないんです。特殊な呪いがかかった呪物でして」
「は!? 呪い!?」
「そうです。なんでも、夜に呪いが活性化する呪物らしくて、ああやって設置しておくと夜中に精霊たちが集まってきて、解呪しようと《命の雫》を使うのだとか。ですから窓の下にポーション瓶に使う砂をおいておくと、解呪のために精霊が汲み上げた《命の雫》が振りかかってポーション瓶用の砂になるのだそうです」
真剣な顔をして『呪われた宝物』に付いて説明するヨハン。冒険者たちは皆真剣な顔で話しに聞き入っている。
「で? 何の呪いなんだ?」
「それは……。私の口からはとても言えません。あんな恐ろしい……」
恐ろしげに目をそむけるヨハン。
「気になるじゃねーか、ルダンの爺さん、教えてくれよ!」
「嫌じゃわい。口にするだけで呪われそうじゃもん」
ぷいとルダンも横を向く。
「おやっさん! 教えてくれ! 出ないとオレ、今日寝れねーよ!」
「やめとけ、若造が。聞いちまったら寝しょんべんちびっちまうぞ」
「親父ちょっとちびりましたもんね」
「だ、だだだだれがっ! ワシはちびっちゃいねーわ!」
「そうじゃー、ゴードンのはタダの尿漏れじゃー」
「ちがうわ! キレはわりぃが、まだ漏れる歳じゃねーわぁ!」
顔を真っ赤にして怒りだすゴードンに、散り散りになって作業に戻る冒険者たち。いったいどんな呪いが掛けられているというのか。そしてゴードンは本当にちびったのか。それともマサカの尿漏れか。
何れにしても明日のわが身を思うと薄ら寒い恐ろしさを感じる冒険者たちだった。
ざっくりあらすじ:ゴードン「せいれいのしんでんをたてるぞ(棒)」




