それぞれの1週間 ~薬師たち
ポーションを市販するための障害をウェイスハルトは次々と潰していった。
いくらマリエラが非常識な量のポーションを製造できるといっても、迷宮都市全体にポーションを供給するのだ。ほかの人間が代われる作業は割り振らなければ、とてもではないがポーションを民間に販売することなどできない。
薬草にポーション瓶、材料の運搬と製造工程の振り分け、製品の流通と販売方法、そして何よりも錬金術師の身の安全。書類はそれこそ山のように積みあがったが、ウェイスハルトの辣腕ぶりに見る間に消化されていった。
「ポーションの製造は迷宮討伐軍基地の地下に工房を設けます。あそこならば外からの護りも固く、地下大水道を使えば錬金術師も安全に移動できる。完成したポーションは商人ギルドを通じて販売を。肝心の錬金術師ですが、アグウィナス家がポーションの製造方法を確立したと噂を流します。ロバートが当主の座を退いて姿を隠しているから丁度いい。皆我々の都合の良いように解釈してくれるでしょう」
決裁の書類を渡しつつ、レオンハルトに説明するウェイスハルト。『木漏れ日』の警備は既に増員済みである。迷宮都市の不穏分子はこの半年であらかた潰してあるのだが、フレイジージャというたいそう目立つ冒険者の来訪で、身の程をわきまえない輩がちらりほらりと湧いている。もっともマリエラと違ってフレイジージャは大層気配に敏感な上に強烈な魔法使いであるから、フレイジージャや『木漏れ日』の人間を守るためというよりは、キレたフレイジージャに街中で火柱ファイヤーさせないための措置である。
どうやっているのかは分からないが、迷宮討伐軍の諜報部隊より先に不穏分子を見つけては、外套の端やら髪の毛やらを少ーしずつ燃やすものだから、市民に紛れたり患者のフリをして『木漏れ日』の警備に当たる兵達も気が抜けない。
「師匠サマは、ほんっととんでもないお人だよ! 気が抜けないったらありゃしない。お陰でこんなにほっそり綺麗になっちまったよ。人目を引く美女じゃあ諜報活動に支障が出ちまうよ」
とは奥様諜報部員のメルルさんの言だ。ちなみにレオンハルトにもウェイスハルトにさえも、どの辺りがほっそりしたのか全く分からない。人目の引き具合も以前と全く変わらないから活動に支障はなさそうだ。
もちろんデキル上司のシューゼンワルド兄弟はそんな事はおくびにも出さず、
「ご苦労だった。特注の菓子を届けさせよう」
とボーナスを提示して、メルルをねぎらうのだが。
極めて多忙な数日だったが、ウェイスハルトは書類の山をやっつけてポーション製造の目処を立てた。
「『歩く火の山』もこれくらい容易に倒されてくれればよいものを……」
同じ山でもずいぶんと差があるとこぼしながら決裁書類を持ってくるウェイスハルトに、レオンハルトは書類にサインする手を止めて尋ねる。
「アグウィナス家の令嬢には話をしたのか?」
「キ……キャル様とはまだ……」
弟をじっと見つめるレオンハルト。ウェイスハルトとは視線が合わない。
「お前らしくもない。この案でもっとも危険にさらされるのはキャロライン殿だろう。やはり私から話をしよう」
「お待ち下さい、兄上。彼女には政策上の事だと誤解されたくないのです。急ぎの案件が片付き次第、必ず話をしますから、それまで猶予願いたい」
冷静で理知的で自らの感情すらも目的のために完璧に御してきた弟の、人間らしい一面にレオンハルトは思わず微笑む。
「急げよ」
ウェイスハルトに芽生えた気持ちが育つまでゆっくり待ちたいところだが、そんな時間はないだろう。「急げよ」とレオンハルトは弟に言う。思わぬ悪意が忍び寄り、蕾を摘み取ってしまう前にと。春に咲く花は思わぬ雨に散り流されてしまうものなのだから。
兄の思いを知ってか知らずか、ウェイスハルトは「はい」と静かに頷いた。
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はじめに手配されたのは薬草だった。今まで欲しくとも入手できなかったポーションを販売するのだ。混乱は予想されるし、迷宮都市の全員に行き渡らせる必要がある。だから最初に販売するのは少ない魔力で大量に作れて、かつ材料が入手しやすい魔物除けポーションと低級ポーションの2種類に限定することとした。
魔除けポーションは低級のもので、魔の森の街道を行くには有効だけれど、スライムには効果がないから、マリエラたちが利用する地下大水道では使えない。その点においても有利な選択といえた。
必要な薬草は、キュルリケ、ブロモミンテラ、デイジス。どれも迷宮都市のあちこちに生えていて、栽培も容易なものばかりだ。まばらに残して刈り取れば2,3日で元通りに生えそろう繁殖力の旺盛な薬草ばかりだから、買取価格を倍に上げれば、スラムの住人や小遣いの欲しい子供達がいくらでも集めて来てくれた。
ドサクサにまぎれて関係のない雑草を混ぜて持ってくる慮外者もいるくらいだ。
薬草を集めるよりも、その後の処理と品質管理の方が問題といえた。どれも特徴的な植物ではあるけれど、雑草を混ぜられると素人には判別しにくい。その後の処理にしたって、ブロモミンテラは根っこや花を、キュルリケは茎を除かないと効果が低くなるという。デイジスは葉も蔓も使えるが、繊維の長い蔓の部分は縄にして別の用途に回したい。
錬金術のスキル保有者であれば、《乾燥》と《粉砕》は使えるけれど、薬草によって処理を変え、雑草や異物を取り除くような仕事がこの街の薬師たちに出来るだろうか。
それに、ポーションが出回れば薬は売れなくなるかもしれない。ウェイスハルトが提示した通常の倍ほどの処理価格と量は、薬の売れ行きが落ちる保障としても十分なものだったが、苦心して作り上げた薬が売れなくなることに、反発が起こることも予想されていた。
そのような懸念を抱きつつも商人ギルド薬草部門長を呼び出したウェイスハルトであったが、返ってきたのは「薬師の皆さんに任せておけば、何の問題もありません」というエルメラの太鼓判だった。
薬師たちの反応は、概ねエルメラの予想通りといえた。いつもの勉強会の席で話を聞いた薬師たちは、渡された薬草の処理方法が書かれた書類を見た後、ひそひそと話を始めた。
「薬草の処理方法は、今までの傷薬用や香の処理とまったく一緒じゃねぇか」
「おいらは昔、よその錬金術師に聞いたことがあるんだがよ、よそじゃ、魔物除けみたいな安いポーションのために、わざわざブロモミンテラの花まで除けたりしないらしい。普通の薬は効き目が弱いから分けてるんだと思ったんだがな。こんな細かい作業をすんのは、嬢ちゃんだけだと思ってたぜ」
「おい、お前、気が利かねぇ男だっていわれねぇか? だからモテねぇんだよ」
「あ? 気が利かねぇとかなんの話だよ」
「だからよ、嬢ちゃんの話だよ」
何事かに気づいた薬師たちが目配せをし合う。
「おれはやるぜ」
「おいらもだ」
口々に薬草の処理を引き受けると頷きあう薬師たち。集まっているのは迷宮都市の主要な薬師たちで、リンクスが死んで以降はマリエラは姿を見せていないし、キャロラインも害虫駆除団子の製造を開始して以来多忙で、この日も来てはいなかった。マリエラの友人であるリンクスという青年が迷宮で亡くなって以降マリエラが塞ぎこんでいることは薬師たちも知っていて、何とか元気付けたいと皆が思っていたのだ。
集まった薬師は、薬草の処理を引き受けることに全員異論はないようだ。
「文句があるヤツはいるか? いたら知り合いが店までハナシをしに行くぜ?」
「ダイダラマイマイの汁つけてかよ? 懲りないヤツだな」
「って、あれ、お前んとこの仕業だったんか?」
「おう、恥ずかしながらな」
「おぉ、お前がスタイリッシュ・ティー・パーティーの陰の立役者だったのかよ!」
「ははは、俺のおかげともいえるな。褒めていいぜ」
「褒めねぇよ、どあほ」
そんな軽口が交わされる。薬師たちの思いは一つにまとまったようだ。
「それにしても、嬢ちゃんがなぁ……」
「だからお前、一言余計なんだよ。フラれるときに言われねぇか? 俺らは何も知らねんだよ」
「え? でも、おいら知って……」
「だから、黙れって。余計なことぬかしたら、お前んとこの薬瓶にでっかい虫を詰め込むぞ!」
「そうだぞ。余計なことをしゃべる野郎は、ラベルを泥入れた軟膏缶に貼り替えてやるからな!」
「ダイダラマイマイのぶつぶつ付けたチンピラを店にけしかけてやるからな!」
過去の悪行暴露大会になりかける会議室を静かにさせたのは、エルメラだった。
「何のお話かはワカリマセンが、根も葉もない噂をする方とは、オハナシさせていただきますから、ご了承くださいね」
「ハイ。スンマセン」
にーっこり笑うエルメラ薬草部門長。その指先に一瞬電光が走ったように見えて、薬師たちはいっせいに背筋を伸ばした。
いずれにせよ、薬師たちは事情を聞かず依頼を受ける決断をした。街中から集められた3種類の薬草を通常の倍の値段で買い取って、正しく処理して商人ギルド薬草部門へ納品する。集められた乾燥、粉砕された薬草は、薬草部門で検品された後、迷宮討伐軍基地に新しく作られた倉庫へと運ばれる。
薬師たちの錬金術スキルは低いままで、スキルによって薬草を見分けたりうまく処理することなどできはしない。けれど、自分たちの目で見、匂いを嗅ぎ分け、指で触って薬草を正しく処理してきたのだ。スキルが足りない部分は専用の魔道具を作って補ってきた。彼らには薬草に関する正しい知識が備わっている。
こんな程度の初級の薬草など、混ぜものをされれば一目でわかるし、薬草のどの部分が効果があって、何処が邪魔になるのかも、全員がきちんと理解していた。
ウェイスハルトの心配が徒労に終わるほど、迷宮都市の薬師たちは知識も技術も磨いていたのだ。
すべてこの半年で身に付けてきたものだ。『帝都からやって来た』錬金術師の少女が教えてくれたことだった。
「痛いの痛いのとんでけーって魔力を込めるといいですよ」
そんなことを言いながら、ねりねりねりねりずーっと薬を練り混ぜるマリエラという女の子。薬を練っているだけなのに、なんだかとっても楽しそうで、見ているこっちも楽しくなる。彼女の薬を使った者も楽しい気持ちになるに違いない、そんな少女だ。
ひどい嫌がらせをしたというのに、薬の作り方を教えてくれて、自分達の仲間になってくれた。薬の作り方を教えてくれたのは、薬師たちを助ける目的もあったのだろうが、彼女一人で迷宮都市全体の薬を賄いきれないこともあったろう。
いずれにせよ、迷宮都市の冒険者や市民達を怪我や病から救ってくれたのだ。
そして、今度もきっと。
確証はない。思い違いかもしれない。けれど、薬師たちはみな「そうじゃないか」と思ってしまう。彼女の力になりたいと、少しでも楽をさせてやりたいと、マリエラと共に勉強会で学びあった薬師たちはそう思っていた。
薬師たちの中には、もしも思った通りだったとしたら、ここで協力しておけば迷宮が倒された後、錬金術師にしてもらえるかもという打算的な考えの者も居るだろう。
善意であっても打算であっても、迷宮都市の方針に従い協力する事に違いはない。薬師達の利害は一致していたから、雷帝の出番はないままに薬草の供給体制は整っていった。
ざっくりあらすじ:薬師たち「どっかの錬金術師のために協力しちゃおっかな」




