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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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散髪

 キィ、パタン。


 ドアを閉める音で、マリエラは目を覚ました。

 音のしたほうを見ると、見慣れない男が半裸で水差しを持っている。

 半裸というか、腰布しか身につけていないから、面積的にはほとんど全部見えている。


(これがうわさで聞く不審者というヤツ?)


 いや違う、ジークだ。ジークムント。


「おはようございます、マリエラ様」


 おぉ、挨拶してくれた。昨日はほとんどしゃべらなかったのに、泣いて落ち着いたんだろうか。


「おはよう、ジーク。マリエラでいいよ。」


 そういうわけにはいきせん、と言いながら、手にもった水差しからコップに水を注いで、


「水を、汲んできました。よろしければ。」

 と、おずおずと差し出してきた。


 折角なので頂く。ごく僅かだけ命の雫が混じっている。


「井戸水?ジークは生活魔法が使えないの?」


「少しは使えますが、井戸水のほうが、身体に良いと、聞きましたので。」


 地下水には地脈の力である命の雫が溶け込んでいる。ごくごく僅かなので、効果が実感できるほどではないが、常飲すれば「井戸水を飲んだほうが丈夫な子に育つ」等といわれる程度には効果がある。わざわざ汲んできてくれたのか。その格好で。


「ありがとう」


 お礼を言って飲み干す。ジークはドアの近くに立って控えている。ずいぶんと丁寧な口調でしゃべるけれど、その格好はいただけない。


 ジークに部屋の外に出てもらい、急いで昨日買ったチュニックとズボンを着る。シンプルだけれど、動きやすくて着心地がいい。

 ジークを部屋に入れて怪我の状態を診る。熱はすっかり下がっていて、右手はちゃんと動くそうだ。まだ右手の握力は半分くらいしか戻っておらず、腕も引きつったような感覚があるが、すぐに元に戻ります、とジークが手をグーパーしながら言っている。

 胸の焼印の痕も、跡形もなく、とはいかないけれど薄く印が残る程度に落ち着いている。

 重症だった脚の腫れも治まっている。変色したやけどのあともピンク色になっていて薄皮が張った状態になっている。齧り取られた肉は戻っていないから、普通には歩けないが、とりあえずは一安心だ。


「足も、すぐに、走れるくらいに、治します」


 ジークは昨日とうって変わってやる気満々だ。


(ジークってば峠を越えて、躁状態?まー、手足の傷は上級ポーション作って治すけどね。その前に!)


 背負い袋を持ってジークと裏庭に行く。背負い袋はジークが持ってくれた。気がきくね。

 獣舎から踏み台を借りてきて、ジークを座らせて宣言する。


「今から、髪の毛を切ります。髪の毛が目にはいるかもしれないので、目を閉じていてください。」

「はい……お願いします。」


 昨日のジークは手を顔に近づけるだけで怯えていたから、鋏を怖がるかと心配していたけれど、ジークはキュッと目を閉じておとなしくしてくれた。


 そっとジークの髪に触れる。


(どうなってるんだ……)


 固まっている。土とか埃とかが絡んでるんだろうけれど、髪の毛とは思えないくらい重たいし、ブラシが入らない。野生のヤグーの毛とか、こんな感じでダマになっているが、そんな感じだ。仕方がないので、塊をジャキンと切り落とした。


 あちこちの毛玉を切り落とす。ブラシが入るようになってから整えよう、とジャキンジャキンと景気よく切っていたら、


(やばい……切りすぎた……)


 3センチくらいしか髪の毛が残ってなかった。


 マリエラは作れないが、髪の毛が生えるポーション、というものがあると聞いたことがある。

 なんでも特化型の特級ポーションで、髪の薄い貴族の間で秘密裏に取引されているらしいが……


(まぁ、じきに伸びてくるでしょ!)


 切り残した前髪部分だけは長めにおいておき、後は短めに切りそろえておく。

 前髪だけ残ってれば、それっぽく見えるんじゃね?という姑息な考えだったが、意外と格好良い髪形になった。

 あとは髭だが……


(ヒゲの切り方とかわからん!あと剃刀とかナイフもってない!)


 鋏を渡して自分で切ってもらったらいいだろうか、と考えていると、


「なになに、髪切ってんの?へーうまいじゃん、俺も切ってよ。」


 とリンクスが起きてきた。ナイスタイミングだ。


「いいよー。その前にさ、ヒゲってどうしたら良いの?」


「あ?んなもん、自分で剃らせりゃいいじゃん。ってナイフねーのか。ほれ、俺の貸してやんよ。」


 さすがリンクス。気がきく。


「ジーク、終わったよ。リンクスがナイフ貸してくれるから、ヒゲそってきて。後、ここに石けんと歯ブラシと着替えと手ぬぐい入ってるから、お風呂入ってくるといいよ。」


 そう言って、ジークに背負い袋を渡すと、「かーちゃんかよ」とリンクスに笑われた。



「お客さん、どんな髪型にしますかー?」


 マリエラがリンクスに聞くと、


「なんか、かっこよく?」


 とよくわからない返事をされた。


「えー?むり?」

「ひでえ」


 そんなやり取りをしながら、リンクスの髪を切る。リンクスは伸びた分だけ揃えてほしいらしく、全体的に3センチほど切って出来上がり。


「はいー。男前いっちょあがりー」

「やりぃ。」


 《ウィンド》


 リンクスが風魔法で切った髪の毛を吹き飛ばす。攻撃魔法のはずなのに、威力を調節して、土も巻き上げずに服についていた髪の毛だけを飛ばしている。実に器用だ。


「リンクス、風魔法使えるんだ。」


「おー。黒鉄輸送隊はみんな結構魔法使えるぜ。昨日は魔力殆ど残ってなかったから、使わなかったけどな」


 攻撃魔法を生活魔法レベルに弱めるのは難しいと聞く。若いリンクスが使いこなすのだから、黒鉄輸送隊は優秀な人間の集まりなのだろう。それなのに、魔力切れ寸前になるとは、やはり、魔の森を抜けるのは大変なようだ。


 話をしながら待っていると、ジークが帰ってきた。


「え……、ジーク?」


 ヒゲを剃って全身をきれいに洗い、新しいシャツとズボンに着替えたジークは、20代後半に見えた。

 灰色に見えた髪は銀髪で、深い蒼い瞳とよくあっている。

 全体的にやせこけているけれど、すっと通った鼻筋といい、ぷくりとした唇といい、かなりの美形だ。髪を切ってあらわになった、右目の傷が痛々しいが、かえって左半分の美しさを引き立てている。

 切りすぎた髪を隠すために残したチョロリと長い前髪が、変に色っぽい。


(おっさんだと思ってた……)


 ジークが丁寧にお礼を言って、リンクスにナイフを返す。なぜかリンクスは面白くなさそうな顔をしていた。


(半裸のおっさんが、裸足の男前に進化したわけですが。)

 マリエラ的には、どうでもよかった。


「朝ごはん、食べよっか。」


 三人で朝食に向かった。



 食堂には10歳くらいの娘さんが働いていた。初めて見る顔だ。


「エミリー、朝飯ー」

「あー、リンクスだー。おそようございますー」


 エミリーちゃんというらしい。店主の一人娘で、朝食は彼女の担当らしい。


「っつーても、マスターが作った料理を温めるだけなんだけどなー」

「リンクスしつれー。焦がさないように温めるのも大変なんだから!はい、お待ちどお!」


 エミリーちゃんが3人分の朝食が乗ったワゴンを押してもってくる。

 朝食は手のひら2個分くらいある大きなパンとスープ、大きなソーセージにスクランブルエッグとサラダだった。

 朝から結構なボリュームだ。


「かー、うまそう!」


 リンクスは皿を出されるなり、がつがつと食べ始める。

 隣に座った(座らせた)ジークもマリエラが「どうぞ」と皿を渡すなり、昨日ほどではないが、掻きこんでいる。

 マリエラはパンを三等分にすると、1切れずつリンクスとジークの皿に入れた。


「「ふぁりがとう」ございます」


「飲み込んでからしゃべって。」


 結局ソーセージも1/3ずつ二人にわけて、仲良く遅めの朝食が終わった。




「マリエラ、薬草買いに行くんだろ?今からいかね?」


 黒鉄輸送隊の皆はまだ寝ているから、先に買い物に行くことになった。先にジークの靴を買いたい。


「うーん、靴かー。どこがあったっけ?」


「あたし、この前、エルバの靴屋で買って貰った!」


 エミリーちゃんのおすすめは、エルバ靴店というらしい。買ってもらったという靴でくるくると回ってくれた。かわいらしい。

 まずはエルバ靴店に向かった。



 エルバ靴店は、一般市民から中級冒険者をターゲットにした比較的安価な既成靴を売る店で、店内には所狭しと、様々な靴が積んであった。


「いらっしゃい。どんな靴をお探しで?」


「彼の靴です。オーク革のブーツがいいんですが。」


 オーク肉は食肉として一般的で、革の流通量も多い。柔らかくて加工しやすいため、見習いの職人の製品も多く、掘り出し物も多い。ただし、戦闘に耐えうる強度はなく、また、『オーク』のイメージの悪さから、平民の日常履きがせいぜいで良い革という認識はされていない。

 靴は革細工のスキルで作られるとはいえ、一つ一つ手作りで安いものではないから、すぐに足が大きくなる子供靴にはオーク革が多用されるが、金銭に余裕がある大人はもう少し良い革の製品を選ぶことが多い。


 店員、恐らく彼がエルバだろう-は、裸足のジークと、マリエラのボロボロの靴をちらりと見ると、何も言わずに店の奥から何足かブーツを持ってきた。


「オーク革だと、この辺だな。」


「靴底の素材は?」


「この二つはオーク皮、こっちは木で、あの3足はクリーパー。クリーパーっても、子株だからすぐにヘタっちまうけどな。」


 クリーパーは、湿地帯に棲息する蔓植物の魔物で、棘の毒で獲物を麻痺させたあと、巻きついて血を吸う。獲物を素早く捕獲する蔓は、長さが数メートルもあり、太さは大人の腕まわり程もある。鋭利な刃物で蔓を切ると、中からドロリとした高粘度の液体が溢れ出す。これを原料に作られるのが、クリーパーゴムで、高級タイヤや鎧の内張り、靴底などに幅広く利用されている。

 クリーパーは足場の悪い湿地帯に棲息する上、蔓の動きは素早いし、毒まで持っている為、討伐は難しく、クリーパーゴムは高級素材である。


 クリーパーの安価な代替品として出回っているのが、クリーパーの子株で、森の日当たりの悪い場所には、だいたい生えている。子株にも弱い毒があるが毒針がなく、蔓の動きも極めて緩慢。うっかり蔓を齧った小動物が痺れている間に巻き付いて、わずかばかりの血を吸う。

 蔓は親指位の太さがあるが、ぶよぶよと柔らかく、ウサギなどでも引きちぎれるほど脆い。こちらは手袋さえしていれば子供でも採取できるから、安価で流通量も多いのだか、性能は全て親株より大幅に劣り、使い捨ての品に使われやすい。


「あれ、このクリーパーゴム、何か混ざってる?」


「そいつは、俺の試作品でね。スライムを混ぜてるんだ。クリーパーの子株から、もちっとマシなゴムができねーか試したヤツだ。滑りにくいし疲れにくい結構いいデキなんだが、耐久性がどうにもね。よそなら修復ポーションでだましだまし使えるんだが、迷宮都市じゃあオーク革の寿命とどっこいさ。」


 エルバが作ったというゴム底の靴は、どれも良い出来で値段も大銀貨1枚と手頃だったので、ジークの足に合うものを選んでもらう。


「まいど。コイツはサービスだ。ちゃんと手入れすりゃ、4~5年は長持ちするだろうぜ。」


 おまけに手入れ用のワックスまで貰った。親切な靴屋だ。今度は自分の靴を買いに来たい。

 マリエラが支払いを済ませて外に出ると、ジークは靴を大事そうに抱きかかえていた。


「ジーク?履かないの?」


 足を引きずっている今の状態で履くと、靴が傷むからちゃんと歩けるようになってから履くそうだ。

 素足で足を引きずって歩くと、足が痛いと思うのだが。


「んー、まぁ、気持ちはわかるっつーか?」


 リンクスがジークに同意するので、そのまま薬草店へ向かうことにした。



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