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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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リンクス

鬱展開注意、グロ注意

「ジィヤアアアアアァァァァァ!!!!!」

「マリエラァァァァァァ!!!!」


 男たちの絶叫が響く。

 一度はジヤに向けられたデス・リザードの視線は、再びマリエラを捉えていた。


 にたり。

 口元だけ血に染まったような白い顔が笑うように裂ける。

 二本の腕が振り上げられる。


 ああ、もうすぐ射程に入ってしまう。


 ジークムントの胸に焼き付けられた隷属の刻印がギリリと痛む。主の危機を知らせているのだ。渾身の力を振り絞り、ジークムントは大地を蹴る。眼前の敵をなぎ倒し、風の刃を打ち放つ。けれど魔術師でもない男の風の刃などデス・リザードには軽く刎ね飛ばされてしまう。


 マリエラ、マリエラ、マリエラ、マリエラ――。

 ジークの思考は加速して、デス・リザードの動きはひどく緩慢に見えるのに、自分の体は思うようには動かない。


 まにあわない。


 心の臓が引き絞られるような、その感覚を絶望と呼ぶのだろうか。

 しかし、マリエラに死の刃が突き刺さる直前、影が、マリエラを庇うように伸び上がった。


「ご……っふっ……」

「リ……ンク……ス?」

 間一髪マリエラを庇ったリンクスの腹からは、デス・リザードの爪が生えていた。


「行け……」

 口から血を流しながらマリエラに逃げろと言うリンクス。

「や……、リンクス、リンクス、血が……」

「ラプトル!」

 動揺に震えるマリエラの外套をラプトルが咥え階段の方へ引き摺っていく。


 《影裂》

 リンクスが発動したスキルによって、腹を突き刺したデス・リザードの影が縦半分に裂ける。まるで影に倣うかのように、デス・リザードの体も裂けていく。


「ぐっ……」

 デス・リザードを倒し終えると、前に一歩踏み出して腹を貫いた爪を引き抜くリンクス。


「リンクス、無事か!」

「無事……、じゃねー……。ポーション……ねぇ?」

「マリエラが持っている。ここは俺が。マリエラのところへ」

「バカ言ってんじゃ、ねぇよ……」


 ゴフッと血を吐き出しながらリンクスは短剣を構える。刺された腹からはとめどなく血が流れ落ち、リンクスの衣服を腹からズボンまで赤く染め上げる。

(はは、やべぇ……)


 重要な臓器に損傷を受けていることを、リンクスは自覚している。だからと言って引き下がるわけにはいかない。こうしている間にも血の匂いを嗅ぎつけたデス・リザードがリンクスの周りに集まって来る。

 これだけの敵を引き連れて、マリエラの元へなどいける筈が無い。それにこれだけの数だ。ジーク一人でしのげるとも思えない。


(しくじったな……)

 リンクスを庇い、あちこちに傷を負いながらも闘い続けるジークを視界の端に捉えながら、リンクスは影使いのスキルを使ってデス・リザードの足止めをする。


(マリエラを盾にしやがるとは……)

 この窮地の原因となったジヤは、リンクスの《命令》のままに《前に出》続けている。一歩、また一歩。

「ひ、ひ、ひ、ひ、ひっ」


 潰された咽が裂けるほどに悲鳴を上げているのだろう。息をし、飲食物を飲み込む機能しか持たないジヤの咽は引き絞るような音を立てている。それは、笑みか悲鳴か。


 一歩、また一歩。

 進む脚は、地面についてはいない。


 沢から現れたデス・リザードは1匹ではないのだ。後続のデス・リザードはとうの昔にジヤを捕らえて、貧相なジヤの体を貫いている。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、っ、っ、っ、っ」

 こぷこぷと口からこぼれる赤い血に、デス・リザードがにたりと笑う。

 ずぶり。

 二本目の爪が下腹部に刺さる。


 ずぶり。

 別の個体の爪が左肺を貫く。


 ずぶり、ずぶり、ずぶり、ぎち、ぎち、みち、びち、びち、びちゃぁ。

 数体のデス・リザードは、引き裂かれた肉片を掲げると、その口をぞぶりと3つに、4つに、あるいは6つに裂き開く。その口は、およそ知りうる真っ当な生き物のそれではないと言うのに、陰惨な狂気に笑っているように見えた。


 がぶり。


 ジヤの意識が何処まであったのか、最後に何を思ったのか。其れは誰にもわからない。ジヤだったモノは既に肉片すらなく、デス・リザードの口元を赤く汚し、地面に滴る液体だけが、その名残をとどめていた。


 リンクスの、黒鉄輸送隊のジヤに対する評価はひどく低かった。共に行動してきたのだから何の情報も得ていないとは思わない。だから咽を潰していても返品など出来ないし、積極的に殺さないと言う程度の価値しか見出していなかった。

 そんな男がマリエラの傍にいたのだ。身代わりに使おうと考えたとして不思議はない。


 まさか、マリエラを突き飛ばして盾にするなどと、考えもしなかった。

(油断……だよな。くそ)


 霞む視界でリンクスは影の刃をデス・リザードに振るう。出血が多くて体が思うように動かない。影使いのスキルは魔力の消耗が激しくて長期戦には向かないが、出し惜しみなどしていられない。それに、もう。


 デス・リザードの攻撃がコマ送りに見える。いや、意識が散逸してきているのだ。ちかちかと、切り替わる景色にデス・リザードの爪が迫っていることが見て取れた。

(次は、ねぇな……)

 どこか他人事のように、自らの体を貫こうとする爪を眺めるリンクス。


 その瞬間、大きく視界が揺れ動き、体が宙に浮んだ。


「リンクス、行くぞ!」

 ジークは体当たりするようにリンクスに突っ込み、自らの体ごとデス・リザードの攻撃を躱すと、そのままリンクスを肩に抱えて走り出す。


(あぁ、マリエラが、脱出できたのか……)

 よかったと、おぼろげな意識でリンクスは思う。

(良かった。マリエラが、あの『ふつうの女の子』が助かって……)


 リンクスの脳裏に幼い頃からの思い出が蘇る。まるで時の流れを遡り、早回しで見ているようだ。

 あぁ、あれは、幼い頃だ。おとぎばなしなんてものを楽しみにしていた、そんなころだ。



 ************************************************************



「そんな女いるわけねーじゃん」

 ませた事をいうリンクスに、孤児院の先生は少し困った顔をした。

 一緒に絵本を読んでもらっていた女の子たちは凶暴な顔で文句を言っている。


(ほら、凶暴じゃん。よわっちくって、やさしくて、対価もなしに親切にしてくれる、そんな『ふつうの女の子』なんていやしない)


 迷宮都市で生まれ、孤児院で育ったリンクスの周りには、肉体的に強いか、精神的に強い女の子しかいなかった。そしてどちらもたいそう強か(したたか)だ。

 それは仕方が無いことだ。ここは迷宮都市で、肉体的に強い者は皆冒険者か迷宮討伐軍に入って迷宮に潜り、そして大半が死ぬか大怪我をおってスラムに落ちる。

 冒険者として成り上がっても、明日はスラムか魔物の餌か。


 安定した稼ぎが有るのは、店を持ったり農業をしている町人で、十分暮らせる安定した稼ぎを冒険者あがりが得られるなど、ごく一部の成功者に限られた。安全で安定した生活を得ているのは、代々続く比較的裕福な人達だ。適したスキルを持っていて、雇ってもらえたとしても便利に使われるのがオチで、孤児院育ちの女の子からすると玉の輿を狙う様なものだ。


 リンクスの周りの女の子達は、いや、迷宮都市の女性の多くがそうなのだが、稼ぎの良い男を捕まえて養って貰おうなんて考えない。現実的な彼女達は、幼い頃からいつ居なくなるか分からない収入源に頼らずに、自力で稼ぐ方法を模索する。


 それ自体は悪いことではないのだが、虫を捕まえては戦わせたり、ボロ布を丸めたボールを日が暮れて見えなくなるまで延々追いかけ回している少年達には、些か(したた)かすぎるのだ。


 先生の読んでくれるおとぎ話に出てくるような、頼りなくて優しくて、なんの見返りもなく一緒に居てくれる、『ふつうの女の子』の方が、幼いリンクスにはよっぽどおとぎ話に思えた。


 その思いは大きくなるほどに現実味を増していった。

 黒槍使いとして名高いディックに憧れて、押しかけるように黒鉄輸送隊に入隊した後はなおさらだった。いくつかの定宿で一時の安らぎを得る男所帯だ。出会う女性と言えば、愛情を売り物にする商売女ばかり。優しげな笑顔さえも売り物なんだと理解はしても、17歳の青年は純粋な気持ちを捨てきれないでいた。


 だから、マリエラに初めて出合った時は驚いたのだ。

 まずダサい。なんで腰にミノなんて巻いてんの? 折角若い女だっていうのに台無しだと思った。

 それに言動。物慣れない田舎娘に違いないし、金銭に余裕もなさそうなのに、媚びるような厭らしさは微塵も感じられない。

 迷宮都市で購入した服に着替えてみたら、意外とかわいい。ドン臭そうな肉付きの脚だとか、わかってなさそうなきょとんとした表情だとか。


 そのくせ頭が悪いわけではなくて、ガーク爺に気に入られるほど薬草の知識が豊富だし、森で自分を撒くほどの不思議な業も使える。

 伸びた髪を切ってくれて、食べきれない料理を分けてくれる。その様子に対価を求めようという意図は見えない。自分に向けられる笑顔も、楽しい会話も、さりげない優しさも気配りも、マリエラにとっては当たり前のことなんだと気づいた時には胸が高鳴った。

 クッキーを貰った時は、純粋に心配してくれる気持ちに気付いて物凄く嬉しかった。土産に買った細工物のペンダントは帝都の露店商で偶然見つけたもので、そう高いものではないけれど、いつも身に着けてくれている。


 迷宮都市でポーションを作れる地脈契約(コントラクタ)の錬金術師だということを除けば、マリエラは『ふつうの女の子』そのものだとリンクスは思った。


 マリエラといると楽しかった。マリエラは暢気なくせして、笑ったり、怒ったり、ふくれたり、体積的に膨れたりと忙しくて目が離せない。腕だの足だのほっぺだの、余計なところばかりに肉を付けるマリエラがかわいくて仕方が無い。

『木漏れ日』で皆とふつうの時間を過ごすマリエラはとても幸せそうで、『ふつうの女の子』らしいと思う。夜の地下室でポーションについて説明するマリエラはとても楽しそうで錬金術が好きなのだとわかる。

 迷宮都市のただ一人の錬金術師なんて、マリエラにはきっと重荷で、『ふつうの女の子』には似合わない。その重荷にマリエラが笑えなくなる日がくるんじゃないかと、日々ポーションを運びながらリンクスは考えていた。


(迷宮が滅びればいいんだ)

 リンクスは最近そう考えるようになっていた。マリエラが錬金術師だと知れ渡る前に迷宮を滅ぼして、地脈を人の手に取り戻す。そうすれば錬金術師が何人も増えて、マリエラは『ふつうの錬金術師』になれるだろう。『木漏れ日』で今まで通り笑って暮らせるはずだと。


(笑ってて、欲しいんだ……)


 なのに、どうして。

 霞む視線の先で、マリエラは泣いているのだろう。


「リンクスぅ……! しっかり! しっかりしてぇ! どうして、どうしてポーションが……!」

 ぼろぼろと涙を零しながら、悲痛な叫びを上げるマリエラ。


「マ……リエ……」

 泣くなと言ってやりたいのに、笑顔が見たいと伝えたいのに。


 どうして、声が……。







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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
改定&更新中!『俺の箱』もよろしくお願いします(なろう内、別ページに飛びます)
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えー!!!リンクス死んじゃうのー?気に入ってたのになぁー。次話どーなるんだろー?
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