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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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火の山

迷宮調査回。あとがきにあらすじあります。

「ガーク殿、本日はよろしくお願いします! こちらが十日分の調査結果になります!」


 迷宮討伐軍の若い斥候、ギプサムは憧れの人物に対するような様子で調査結果の書かれた資料をガーク爺に手渡す。前回の調査から十日経ち、何とか56階層に立ち入れそうだとの連絡を受け、ガーク爺は再び迷宮討伐軍へと赴いていた。今回も穏やかそうな顔の眼鏡の男が助手として付き添っている。


 手渡された調査結果を見ながら、机の上に並べられた採取サンプルと照らし合わせ、調査結果に何やら書き込んでいくガーク。

 机上のサンプルはガークに教えられた方法でギプサムが採取したものだ。十日前ガークたちはシリンジで吸引したりガスを液体に通したり、様々な鉱物や金属を56階層に放り込んでは回収していたが、どれも特定のガスと反応したり、一定の温度域で変質するものだ。濃度や量を示す目盛りなどはついておらず、変化した状態を《素材鑑定》して状況を把握する。


 ガークほどのレベルには達していないがギプサムにも《素材鑑定》のスキルがあって、身体能力も高いから迷宮討伐軍の斥候部隊に配属されている。

 素材鑑定のスキルを迷宮探索に応用するやり方はガークが開発してきたもので、情報は冒険者ギルドを通じて開示されているが、直接教わるのとは大違いだ。ガークのチェックを身を硬くして待つギプサムにガークはチェック済みの調査結果を手渡す。


「悪かねぇが、もうちょっと精度上げろや」

「あ、有難う御座います! 伝説の斥候にご指導いただけるなんて!」

 キラキラした瞳で喜ぶギプサムに、「こんな老いぼれ見てる暇があったら、素材眺めて鑑定上げろや」とツレなく手を振るガーク。


「いいなぁ、義理祖父(おじいさん)、ボクにも何か教えてくださいよ」

 助手の男が声を掛ける。高すぎず低すぎず、落ち着く声色ではあるが、言っているほどうらやましそうには聞こえない。


「おめーは鑑定もってねぇし、そもそもこんな知識いらねぇだろうがよぇ」

 呆れたように応えるガーク爺に、助手は変わらぬ穏やかさで「ひどいなぁ」と答えた。


「あの、そちらの方は、ガークさんのお弟子さんではないのですか?」

 そもそも迷宮討伐軍に部外者が立ち入る事は出来ないはずで、てっきり鑑定持ちの弟子だと思っていたのだ。

「そいつぁ、勝手にくっついて来ただけだ」

「ヴォイドと申します。ガーク爺さんの孫の夫です。おじいさんに何かあると、妻が悲しみますからね」

 よく言えば人畜無害そう、悪く言えば全く戦力にならなそうな男だが、何の役にも立たないならガークが連れてくるはずも無い。腑に落ちないながらもギプサムは納得して、「では、いきましょうか」と二人に声を掛ける。

 再び防護服に着替えた三人は、迷宮討伐軍の地下を経由して迷宮の最深部へと向かった。



 第54階層の海岸洞窟には『海に浮ぶ柱』の魔石と残骸から作られた大型のポンプが据えられていて、海水を汲み上げては56階層へ送っている。54階層から56階層まで繋がる配管は小型の動物ならば中を通り抜けられるような口径の金属性のものだ。この手の管の内部を一度水で満たしてしまえば、あとはサイフォンの原理で中に空気が入るまで低い方の出口に水を送り続けるものなのだが、階層の気候や環境を保つ迷宮の不思議な作用のせいなのか、56階層の境目で水が止まってしまって、ポンプで押し出さなければ水を下層へ送ることが出来ない。

 配管だけならばもっと何本も通すことが出来るのに、ポンプは1基しかなく、その能力が56階層の冷却速度を律速していた。もっとも迷宮の気候や環境を保つ作用のお陰で54階層の海水はどれだけ汲み出してもなくなる事はなかったのだが。


 緑豊かだった55階層は十日程の冷却作業によってすっかり様相を変えていた。54階層から送られた水は56階層を冷やして水蒸気に変わり、空気中に含まれる毒素を溶かし込んで55階層に昇ってくる。55階層に吹き上がった水蒸気は冷やされて弱い溶解液のような雨に変わって降り注ぎ、55階層の緑を尽く破壊していた。十日も水を送り続けたお陰で56階層は漸く人が立ち入れるレベルまで冷えたらしく、今では階層階段から立ち昇る水蒸気は僅かしかない。55階層の大気の成分も安定しているからじきに元の緑豊かな階層に変わるのだろうが。


「なんで水はポンプで押し込まないと入らないのに、水蒸気は出てくるんでしょうかね」

 ヴォイドが細く立ち昇る蒸気見てを呟く声に、「水を嫌うヤツが棲んでんだろ」とガークが短く応えた。


 前回同様、階層階段の上から56階層の状況を調べて問題が無い事を確認したのち、三人はまだ誰も踏み入った事のない迷宮の最深部へと潜って行った。



 むわりとした湿度の高い空気に三人のフルフェイスのゴーグルが曇る。56階層の空気は薄まったとはいえ依然として毒を孕んでいて、マスクを手放すことが出来ない。息苦しく感じるのはマスク越しに吸う空気中の酸素が薄いからだけではなく、蒸気が濃いせいもあるのだろう。ワイバーンの肺から作られたマスクのフィルターは毒を浄化し、水蒸気も取り除く高性能さだが、水蒸気の処理に面積を取られて息苦しさを感じるようだ。


 蒸気の通り道を避けて視界を確保する。やはり、と言うべきかそこは溶岩が固まった大地が広がる火山の階層だった。階層階段は途中から溶岩が冷え固まった岩石に埋もれていて緩やかな下りの洞窟になっている。

 洞窟は三人が横に広がって歩いても十分な広さがあり天井も蒸気がはるか頭上を通るほどに高い。所々で道が狭くなったり崩れた岩石によって分岐したりしているが、一つの広い場所へと通じていることが三人にはわかった。


 ガスの成分や温度を定期的に測りながら慎重に進む。

 階層を埋め尽くす岩石は、山や川で見かけるような滑らかな形状をしておらず、黒くでこぼことして小さな穴が幾つも開いている。水が蒸気に変わると体積がおよそ千倍に膨れると言うから、その衝撃で崩れたのだろう。

 床面は飛び散ったような岩石で歩きづらいし、あちこち崩れて大小の岩石が小山になっていて三人の進行を阻む。

 時折、ズーンともドーンともつかない地響きが起こり、積みあがった岩石がばらばらと崩れ落ちる。こういった岩石が積み重なっている場所も注意が必要だ。地響きのタイミングで倒壊するかもしれないし、内部が熱いままの場合もある。三人は水が通ったと思われる冷えた場所を選んで進んでいるが、水で余り冷えていない奥のほうが未だに赤く、丸めて投げた紙くずが触れるや燃え上がるほどの高温だ。


 毒ガス、高温の蒸気に、割れて飛び散る岩石。それだけでも地獄のような有様ではあったが、この階層に立ち入って、未だに魔物には出くわしていない。勿論、彼らは斥候だからそういったものに気付かれないように注意を払っているのだが、そもそも魔物がいないのだ。


(ゴーレム辺りが出てきてくれりゃぁ、良かったんだがな)

 ガーク爺が心の中でごちる。雑魚が多ければその分魔力を振り分けられるから、階層主やその守護者が弱体化する傾向にある。けれど三人は魔物に襲われるどころか、その痕跡すら見つける事は出来なかった。


 今尚シューシューと蒸気を噴出し、時折ボンッとはぜる岩石を避けて奥へ進むほどに、周りの温度は高くなっていく。防護服の耐熱温度も限界に近い。迷宮討伐軍が進軍するにはもう少し階層を冷やすか何らかの手だてが必要だろう。


 この階層が開いたとき、火山ガスが噴出した。締め切られた56階層の内圧が高くなっていたのだろう。高温高圧の火山ガス。本来ならば階層を埋め尽くす溶岩などに消費され、酸素などあるはずがない。けれどここには高山程度の薄さではあるが酸素があって、三人は呼吸をすることが出来る。

 呼吸をする魔物がいる証拠だ。


 高温に耐え、高圧をものともせず、毒ガスに侵されない。

 そんな魔物は――。


 ズシーン。

 また地響きだ。

 これ以上の高温には耐えられそうに無いと引き返そうとしたとき、ヴォイドがすっと手を挙げて、岩陰から奥の様子を窺った。


 それに続く二人。通路の向こうは未だに熱いままの溶岩地帯が広がっていて、地面は何処も赤く光を放っている。所々から目を焼く強い光が漏れているのは溶岩溜まりなのだろう。


 《鷹の目》

 迷宮討伐軍の斥候、ギプサムが遠視スキルの一種を発動する。本来ならば障害物で見えない先を見通すスキルだ。ガークとヴォイドも遠視の魔道具で先をうかがう。鷹の目ほどの効果はないが、これらも肉眼では確認できないいくつか曲がった先の光景を運んでくれる。

 三人の潜む岩陰の先に広がっていたのは、外に出たのかと思うほどの広大な空間と、そして。


 ズシーン。再び響く地響き。

 あぁ、この地響きはあれが原因だったのか。自らの目で確認し理解できたのはそれだけだった。


 地響きを響かせながら八本か、もっと多くあるかもしれない脚で、酷くゆっくりと歩いている。

 それはわかる。歩いている事はわかるが、アレは。


「火山、か?」

 脚を生やした火山がゆっくり広大な階層を進んでいた。


「ギャオオオオオッォォ」

 空気を響かせて、その山頂から何かが飛び立つ。


「やっぱりいやがったか。ドラゴンが」

 人が立ち入れるほどに温度も圧力も下がった階層を、快適だと感じているのか不快に思っているのか。はるか遠い岩陰からその顔は判別できない。ただ、溶岩を思わせる赤黒い鱗を持つ竜は翼を広げて56階層の空を悠々と旋回していた。



 ************************************************************



「やはりいたか」

 ガークらの報告を受けレオンハルトは眉をひそめる。ドラゴンの存在は会議室に集うみなが予想はしていたことだった。高温も、高圧も、毒ガスさえも物ともしない頑強な生命体。その難易度も言わずもがな。最強に分類される魔物である。


「しかし、動く火山だと?」

 動く火山には頭部らしきものが無い。半刻もあれば一周回れるほどの小山ではあるが、やや楕円に近い円形の山で、山頂には火口が有り椀を伏せたような形をしている。山の底は大地から離れ八本以上の太く短い脚で支えられている。その脚で酷くゆっくりと歩いているのだ。


 脚の形状や歩みの遅さを見れば、亀が近いのかもしれない。けれど、目も鼻も口もない。それどころか頭も無い山だからおよそ生物には見えないのだが、山頂よりもうもうと煙を吐き出しながら歩いている。目指す先はそこここに湧き出ている溶岩溜まりで、溶岩溜まりにたどり着くとそのまま入っていく。脚を数本付けてしばらくすると溶岩は吸い上げられて、ただの窪みに変わっているというから、恐らく溶岩を餌として動き回っているのだろう。


 食事、と言うよりは補給と言ったほうが正確かもしれないが、溶岩を取り入れた後の火山は少しだけ動きが活発化してゲップをするようにボフンとガスを噴出したり、岩石の噴出を伴う小さな噴火が見られると言う。

 火山の守護者と思われるドラゴンは、火山を寝床としているのか、噴火口から現れて暫らく辺りを旋回すると再び火口へと舞い戻るそうだ。


「ともかく、もう少し情報が集まらなければ作戦の立てようも無い。ウェイスハルト」

「はい。幸い下げた気温は戻ってはいない様子。空気の組成もです。気温の高低や空気は56階層の住人にとって重要ではないのでしょう。まずは冷却と空気の入れ替えを進めてわれわれが活動しやすい状態にするべきでしょう。並行して斥候部隊には火山とドラゴンの調査を進めさせましょう。攻略の助けになるポーションについてはニーレンバーグが情報収集を」


 例えそこに絶望しかなくとも。やれることがあるうちは。

 レオンハルトはゆっくりと席から立ち上がった。





あらすじ:56階層は火山階だった。なんか火山が歩いてた。あとドラゴンもいた。

丁寧に書けば書くほど攻略できない気がして、ハルト兄弟も作者も困惑気味。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
生物の肺をフィルターにした防毒面。ビジュアルはナウシカのマスクを想像して読みました。
『蒸気見てを呟く』は『蒸気を見て呟く』でしょうか?
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