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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第三章 芽吹き育つもの
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水煙管

100話記念(人物紹介込みですが)なので、原点回帰の練成回です。

「うん、いい感じに溶けてるね」


 昼下がりの工房でマリエラは広口の大きな瓶を覗き込む。

『木漏れ日』はアンバーさんが店番をしてくれているし、薬の処方はニーレンバーグがやってくれるからマリエラがいなくても問題ない。キャロラインは害虫駆除団子の工房が忙しくて『木漏れ日』に並べる薬の製造まで手が回らないから、最近は傷薬などの製造はマリエラが受け持っている。もっとも人目がなければ錬金術を使って薬を作ってしまうから、空いた時間でこうしてポーションの製造まで行える。

 ジークたちは朝早くからワイバーン狩りに出かけているから、ジークに薬草園の手入れや家事を手伝う時間は無いけれど、ニーレンバーグの娘、シェリーちゃんや暇をもてあましているアンバーさんが手伝ってくれるので不自由は無い。


 瓶の中には液体に細長い草が漬け込んである。マリエラは瓶にスライムの溶解液をわずかばかり加えて腐食性の処理をした後、よいしょと瓶を持ち上げて、工房に備え付けた流しにおいた笊に瓶の中身を空けた。ざあざあと水を草にかけると、葉肉がぐずりとはがれて葉脈だけが残る。


 瓶の中身はスライム溶解液の一種で、苛性、つまり動植物に対する腐食性が強い。雷属性を持つ『瓶の中のスライム(合成生物)』が塩を食べて作り出すものだ。このスライムは苛性の溶解液を吐き出すときに、ぶしゅーぶしゅーと金属を錆びさせるガスを一緒に吐き出すから通常のスライムよりも管理がたいへんで、スライムの溶解液を取り扱う専門店でしかお目にかかれない。専用の特殊な容器で飼育され、吹き出すガスは水に良く溶けるから、飼育容器から伸びるガラス管を通って幾つもの液層を通して溶解液として回収される。水槽中に通されたガラス管の口からぽこぽこと気泡が上がる様子も、複雑なガラス機器が並ぶ様も、最後の出口に付けられたフィルターも、どれこれもマリエラの心をくすぐるもので溶解液を買いに行く度に、スライムのようにへばりついて眺めている。

 大金が入るようになった初めのころは、金に飽かせて購入しそうになったのだが、ジークに止められ諦めた。


「毎日溶解液が必要な訳じゃないだろう? それにもしガラスの容器が割れたらどうするんだ。折角作ってもらった世界樹の窓枠がさびてしまうぞ。フィルターも溶液も毎日きちんと点検しなければいけないし、何より生き物なんだから欲しいだけで買ったらだめだろう?」

「でっ、でもね。買ったら毎日眺めれるんだよ? すごくない?」


 ちっともすごくない。全く購入理由にならないメリットを挙げて抵抗するマリエラに、スライム溶解液専門店の店員が「好きなだけ見て行っていいからねー。見学だけでも構わないから」と言ってくれたお陰で購入せずに済んでいる。その後スラーケンというクラーケンとの合成スライムを手に入れたマリエラはすっかり満足したらしく、用も無いのにスライム溶解液のお店に出かける事は無くなった。スラーケンの粘液は高価な素材であるけれど触っても皮膚が爛れたりしないので、マリエラのようなおっちょこちょいが飼育するには最適な『瓶の中のスライム(合成生物)』と言える。


(久しぶりに見た苛性溶解液のスライム、面白かったなー)

 この処理のために苛性溶解液を買いに行ったときの事を思い出しながら、葉肉を溶かした草を洗っていく。この細長い草は『竜馬の鬣』と呼ばれる草でしんなりとした見た目と異なり中に太い葉脈が走っている。筋と言ってもいいかもしれない。この葉脈に包まれた中の髄がポーションの材料になる。逆に葉肉は害になるからこうして溶かして洗い流す処理が必要になる。


 《乾燥》、《粉砕》

 綺麗に洗った竜馬の鬣を錬金術で乾かして、戸棚から取り出した様々な木の実や乾燥させた葉っぱと合わせて《粉砕》する。薬草の粉を厚みのある陶器に入れると、さきほどメルル薬味草店から届いたばかりのマテルゴ油を注ぎ入れ、均一に混ぜ合わせた後加熱の魔道具で湯煎にかける。

 マテルゴは砂粒のように小さい種子から取った香りの強い油で、食用にでき体にも良いが癖のある味から調味油として使われる。今回は抽出溶媒として使うから、鍋に入れる前に命の雫を溶かし込んでいる。竜馬の鬣の成分が油に溶けると油の粘度が上がって固まっていくから、加熱して油を液体状に保ったまま暫らく置いて抽出する。今までならば錬金術で賄っていたことが魔道具で出来るとは便利な世の中になったものだとマリエラは感心しながら別の作業に移る。次の作業は他の作業と平行して出来ないから、魔道具のお陰で随分と効率よく作業できるようになった。


 《練成空間、粉砕》

 この前ジークたちと採取したルナマギアを練成空間内で粉砕し、そのまま練成空間内の温度や気流制御を行う。別に作成した練成空間には命の雫を溶かした水が冷やしてあって、噴霧用のノズルの温度管理と気体の制御を行いながら、ルナマギアの粉末に吹きかけていく。


 迷宮都市に来たばかりの頃はガーク爺に貰った円筒容器がなければ作れなかったのに、この半年毎日の様に上級ポーションを百本も作っていたお陰で同時に行使できる錬金術の工程が増えてきて、今ではノズル以外は錬金術だけでまかなうことが出来る。円筒容器のサイズは小さく一度に百本分も作ることができなかったから作成時間が短縮できてマリエラは大助かりだ。

 暫らく練成空間の中で小さな氷の結晶とルナマギアの粉末を接触させていると、氷の結晶が黄色みを帯びて光り始める。ルナマギアの抽出は固体接触。いわゆる固溶というもので、ルナマギアと氷が接触する面積が大きいほど短時間で処理が進行する。ようはルナマギアも氷も小さいほうが良いのだ。ルナマギアのほうは練成空間から出したとたんに発火してしまうほど細かく粉砕しているから、氷の粒ももっと細かくしたいところなのだが、こちらはノズルのサイズによって制限されてしまう。


(もうちょっと練習すればノズルも錬金術で何とかなりそうなんだけど……)

 そんなことを考えながらマリエラはルナマギアの抽出を行った。


 あとはアラウネの花弁、千夜月花の花弁、ルンドの葉柄。どれも処理をして保管してあるから抽出作業も簡単だ。ルナマギアの抽出液と混ぜ合わせた紫色の液体を、果実酒を漬けるような大きなガラス瓶に注ぐと仕上げに乾燥させていない聖樹の葉を一枚入れて封をする。


「竜馬の鬣の方は……、うん、いいかな」

 寝かせておいた油のほうもいいようで、薬草の成分が溶け出して濃い琥珀色に変わり、湯煎にかけて温めているのにねっとりと飴のようになっている。容器から《練成空間》に取り出して、仕上げにキラービーのはちみつを油と同量加えて錬金術スキルで《混練》する。これだけ粘度が高い物を均一に混ぜ合わせることは、攪拌の魔道具では力不足なのだが錬金術スキルを使えばあっという間だ。練成空間内の気圧を下げてはちみつに含まれる水分を飛ばしながら、温度を変えることなく練り混ぜる。


 混ぜ合わせた琥珀色の塊は白濁し固まりかけの飴のようになっている。これを片手に乗るくらいのサイズに八等分すると練成空間内で紐に繋がった球を振り回すように《高速回転》する。仕上がった塊は遠心力で薬草の残渣が多い茶色い部分と、澄んだ琥珀色の部分に分かれた楕円状になっていた。室温まで温度を下げるとどちらの部分も固まっていて、強く押すと変形しそうな弾力性が蝋の様でもある。この塊を一つずつ澄んだ琥珀色の部分を上にして瓶に入れていく。


「肺特化の魔法薬、出来上がりー」

 マリエラは作り終えた液体の瓶と塊の瓶を箱に入れると、部屋の片づけを始めた。



 ************************************************************



「肺特化のポーション、液体じゃないから魔法薬かな。ちょっと変わってるんですよ」

 いつもの如く開店前の早朝に「帝国の錬金術師」マリエラがニーレンバーグの質問に応える。


「水煙草って言うんですか? 燃やした煙を水に通して吸うやつ。あんな感じで固体の魔法薬を燃やした煙を液体の魔法薬に通して吸うんです。煙が液体を通ったときに完成するっていうのかな。すぐ吸わないと駄目なんですけど、直接肺に入れるから良く効くらしいですよ」


 56階層から噴出したガスを吸い、倒れた兵士たちはニーレンバーグら治癒部隊によって一命は取り留めたものの、慢性的な肺の病を患っていた。その治療薬として作成したのがこの肺特化の魔法薬だ。


「固体の方は透き通った部分を削ってくべるんですけど、保管するときはその透き通ったほうを上にして置いておくと、ゆっくりだけど時間と共に透明な薬のところと滓のところが分離するそうですよ。逆だと混ざっちゃうので注意です。あ、あと滓のところを吸っちゃうと、気持ちよくなっていい夢が見れるらしいです」


 普通のポーションならば残渣のところは捨てるのだが、この肺特化の魔法薬は残渣部分もまとめて販売するものらしい。マリエラは知らぬことだが、"いい夢が見られる"この残渣部分は『幻睡香』という俗称でよばれ、結構な値段で取引されている。"いい夢が見られる"煙を吸うなど、実に退廃的なイメージであるが、副作用も中毒性も無いかわいらしいものだ。弊害と言えばよくわからない寝言を言うくらいだろうか。

水煙管を使わずに、幻睡香だけ香として焚き染めると夢は見ないが、短時間で心身に深い眠りをもたらす。

どちらの使い方でも、目覚めたときにはスッキリとした気分になれるから、疲れた大人や眠る間もない忙しい大人に大人気の商品だ。幻睡香欲しさに肺特化の魔法薬を求める者もいるほどだ。


 肺特化の魔法薬のお陰で肺を患った兵士たちは快癒したし、黒い悪魔の幻影に悩まされた離脱者たちにとって、"いい夢が見られる"残渣部分は戦線への復帰の助けになった。レオンハルト、ウェイスハルト兄弟の寝室から面白愉快な寝言が聞こえたかどうかは定かではないが、今尚立ち入る事さえできない56階層を前に迷宮討伐軍の士気を維持する役には立ったと思われる。


錬金術師(マリエラ)は全てお見通しであったか!」

顔には出さないがマリエラの評価を更に積み上げているであろうウェイスハルト。最近マリエラのことがわかってきたニーレンバーグは、真実を伝えるべきか少し思案した挙句、ウェイスハルトに"いい夢が見られる"水煙草をもう一服勧めて『木漏れ日』へ戻っていった。





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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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そんな物が現実世界にあったら 戻って来れなくなる人続出だねぇ…。 最早、現実じゃない世界に ようこそ~だ。
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