99.失態
自分たちの罪を知った村人たちは、野菊に許しを請います。
しかし、野菊はその原因には自分の失態もあると告げます。
前回村を襲い、老人たちが野菊を敵視する原因となった災厄。その裏で、野菊に何が起こっていたのか……。
「野菊様、本当に申し訳ありませんでした!」
村の重役の男が、野菊の前で平伏して頭を畳にこすりつける。気が付けば、周りの皆も同じように野菊に平伏していた。
己の大罪に気づいてしまった以上、そうせずにはいられなかった。
それに、犯してしまったうえで許してほしいこともあった。
「あなた様を知らずとはいえ傷つけるなど、許しがたいことでございます!
しかし、どうか……許しがたいことは重々承知のうえですが……どうか、田吾作さんを大罪人として罰することだけはお許しください!」
許しを請うのは、田吾作のことだ。
清美の命令に従い、野菊を撃ってしまった田吾作。犯すべからざる罪ではあるが、結果をもってのみ裁くのはあまりに酷だ。
田吾作は、村人たちの命を守るにはこれしかないと判断してやったのだ。
そこに、悪意などみじんもない。
「田吾作さんは、騙されておったのです。
それに……田吾作さんは前回の災厄で死霊により母を失い、これからは必ず死霊から皆を守ると誰よりも気負っとりました。
そこを、清美に突かれてしまったので……」
それを聞くと、野菊はとても悲しそうな顔をした。
「そう、前の時に……それは責められないわ。
だってあの時ああなってしまったのは、私が油断したせいもあるから……」
野菊の己を責めるような言葉に、老人たちが目を見開いて聞き耳を立てる。
老人たちは、前回の災厄で多かれ少なかれ大切な人を失っている。野菊を内心敵視していたのも、そのせいだ。
その前回、一体何があったというのか。
自分たちの大切な人は、なぜ死ななければならなかったのか。
張りつめた空気の中、野菊は悔しそうに口を開いた。
「あの時もね、私は罪ある者だけを罰するつもりだったのよ。
……でも、できなかった。
まず神社を封鎖してる奴らを排除して避難場所を作ろうと思って、ここに来た時に……撃たれたのよ、軍人の銃で」
その時も、野菊は村人の安全を考えていた。
白菊塚から出てきた野菊は、村人たちのほとんどが集落に留まっていることに気づき驚いた。自分は被害を抑えるために安全地帯を用意させたのに、これは何だ。
それから、肉体を持たぬ死霊に様子を探らせて原因を見つけた。
今回塚に白菊を供えた……大罪人の仲間の軍人が、神社の周囲を封鎖していたのだ。武装し、一般人を中に入れまいとしている。
野菊は憤った。
これでは、村人たちが安全に夜を過ごせない。
いくら自分が死霊を統率できるといっても、それだけで巻き添えの被害をなくすことはできない。
この罪深い軍人どもは、このうえさらに罪なき人を道連れにする気なのか。
それを防ぐために、まず安全地帯を解放せねばと思った。
そうして死霊を引き連れて向かった先には、銃を持った軍人がいた。
野菊は銃を見ても、落ち着いて死霊を突っ込ませた。
野菊から見て、銃はそれほど脅威ではなかった。
自分たちは、頭以外を撃たれても止まらない死霊。止めようと思ったら、正確に頭を撃ち抜くか大量の弾をばらまかなければならない。
射程が長いといえ、単発で精度もそれほど良くない火縄銃やマスケット銃ごとき……。
それもこの暗闇の中で……。
結果から言えば、野菊はなめていたのだ。
人の技術の発展を。時代の流れを。
太平洋戦争を戦うために作られた銃は、これまで野菊が知っていた銃とは比べ物にならなかった。
簡単に狙いをつけられるスコープ、連射、そして辺りを照らす照明弾。
それらを用いた一斉射撃が、野菊を襲った。
そしてそのうちの一発が、野菊の頭を撃ち抜いた。
次に意識が戻った時、野菊は愕然とした。
自分が率いてきた死霊たちが、周りにいない。生きた人間も死霊も動くものは何もなく、神社の周りは静寂に包まれていた。
野菊は駆けた。その死霊の行方を追って。
そして集落に辿り着いた時、目の前に広がっていたのは地獄絵図。
まだ新しい、国民服や防空ずきん姿の死霊が、生きた人間を貪っていた。あちこちで同じことが起こって、鮮血がぶちまけられていた。
自分が率いてきた死霊たちが、統制を失って集落になだれ込んだ結果だ。
野菊はすぐに神通力を用いて死霊を止めたが、既に相当の被害が出てしまっていた。野菊の周りに集まってきた死霊は、半数以上がその時代の服を着ていた。
なりたての仲間に囲まれて、野菊は慟哭した。
「あ、あああぁ……!!」
これは、自分の油断が招いた結果。
自分が意識を失ったせいで、守るべき村人にこんなに被害が出てしまった。しかも今近くにいない死霊たちは、これからも被害を増やしてしまう。
こんな失態は、初めてだった。
いくら後悔しても、しきれるものではない。
死んでしまった者たちはもう、元に戻せないのだ。
野菊はどうすることもできず、せめてもの弔い合戦として新たな仲間を連れて元凶たる大罪人を殺しに行くしかなかった。
「私の死霊を操る力はね……死霊が近くにいないと効かないのよ。
でも、私が意識を失っている間は死霊は本能のまま人を襲うから……そのまま私から離れてしまったら、統制を取り戻すには時間がかかるわ。
その条件は分かっているつもりだったけど、あんな事になるなんて……。
だから……前回たくさん人が死んだのは、私のせいで合ってるの」
野菊は、声を詰まらせながら告げた。
明かされた真実に、老人たちは泣いた。自分たちに降りかかった惨劇への疑念と野菊への恨みが、はらはらと涙とともにほどけていった。




