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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
98/320

98.悲しき真実

 野菊の力を見せつけられ、村人たちはこれまでの無知を恥じ入ります。

 しかし、そんな程度では済まない無知による惨劇が隠れていました。


 野菊が死霊を操れることを知り、村人たちはなぜ無差別に人を襲わせたのかと疑問を抱きますが……真実は、残酷でした。

 恥じ入って縮こまる村人たちの中に、野菊は入っていく。

「私はね、この子があなたたちを噛まないように迎えに来たのよ」

 野菊が向かう先には、子供の死霊とそれを抱いた二郎がいた。野菊は、落ち着いた声で二郎に言う。

「もう、手を離しても大丈夫よ。

 この子は、誰も襲わない」

 現に、野菊が来る少し前からこの子は大人しくなっている。

 二郎は、心を決めてゆっくりとその子を床に下ろした。そしてそっと手を離すが、その子はじっと野菊を見つめて動かない。

「おおっ……!」

 さっきはあんなに獰猛に血肉を貪っていた死霊が、借りてきた猫のように大人しい。死霊の唯一の行動原理である食欲が、すっかり抑えられている。

 人智を超えた化け物すら制圧する、まさしく神の力。

 存在すら信じられなくなっていた、明らかな神通力。それをこれほど鮮やかに見せられるのは、全員が初めてだった。

「おいで、ここはあなたのいるべき所じゃない」

 野菊がそう声をかけて手を差し出すと、その子は黙ってその手を掴んだ。

 まるで幼い子供が親の言う事を聞くように、何の抵抗もなくきれいに従っている。本来、人の理性をすっかり失った化け物が。

「おお、ありがたや……」

「やはり野菊様は、この村の守りよ……」

 老人たちが、両手を合わせて野菊を拝み始めた。

 二郎も、いつの間にかそうしていた。これほど村を守る力も心もあるお方に自分は何と言う思い違いをしていたのかと、恐れ多くてたまらなかった。

 ふと、野菊がその手に流れる血に目を留めた。

「……ああ、間に合わなかったのね。

 あなたもそのうちこちら側の存在になる。私と共に来てちょうだい」

 野菊のまっすぐな視線が、二郎を射抜く。

 二郎はただ、うなずいて野菊の方に足を踏み出すしかなかった。


 しかし、そこに駆け寄って口を挟む者がいた。

「待って、その子を連れて行かないで!!」

 それは、死霊になってしまった子供の母親だった。その目には、さっき諦めた希望が再び灯っていた。

 母親は、野菊に懸命に頭を下げて訴える。

「野菊様は、死霊を操れるのですよね!?でしたら、私の子を人間に戻すか、人間の理性だけでも戻してください!

 そうしたら、この子はこれからも私たちと暮らせます。

 そのためなら私、何でも差し出しますから……!」

 母親は必死で野菊に奇蹟を求める。

 無理もないことだ。野菊の神通力により、死霊は人を噛まない無害な存在になった。ならば、もっと先を期待してすがってしまう。

 だが、野菊は冷たく首を横に振った。

「無理よ、それはできないわ。

 一度死の穢れをまとった魂は黄泉のもの。私もそれには逆らえない」

 その答えに、他の村人たちからも嘆きの声が漏れた。

 誰もが心の中で期待していたのだ……この方の力があれば、さっき死霊に食われた者たちが人に戻るかもしれないと。

 しかし、そう都合よくはいかない。

 野菊にもできる事とできない事があり、死者の蘇生は叶わない。死の一線を越えた者が元に戻る事は、できないのだ。


 それが分かると、途端に母親は怒りを露わにまくしたてた。

「何よ、それじゃあんたは分かったうえで死霊に襲わせたの!?

 そもそも、死霊が噛まなきゃこの子はこんなにならなかった!他の人たちだって、あんなに死ぬ必要はなかったはずよ!

 あんたは死霊を操れるのに、何で止めなかったの!!」

 それも、ここにいる村人たちの共通の思いだ。

 死霊を操れるなら、なぜあんなに無差別に村人たちを襲わせたのか。なす術なく食い殺された人々は、死ぬ必要があったのか。

 それを聞くと、野菊は悲しそうに答えた。

「……止められる訳、ないでしょう。

 私の頭を鉄砲で撃ったのは、あなた方の仲間でしょうに」


「あっ……!」

 その瞬間、村人たちは凍り付いた。

 そうだ、死霊が襲い掛かってきたあの時、野菊は銃で頭を撃ち抜かれて倒れていたじゃないか。

 撃ったのは、猟師の田吾作。

 撃たせたのは、この平坂神社の当主たる清美。

 野菊が現れて清美を差し出すよう求めた時、清美は野菊が村人を殺そうとしていると訴えて田吾作に撃つよう命じた。

 そして田吾作が野菊を撃って倒した直後……死霊たちの様子がおかしくなり、神社になだれ込んできて無差別に人を襲い始めた。

 この流れから、見えてくる真実。


 野菊は当初、死霊が村人を襲わないよう制御してくれていた。

 だが、頭を撃ち抜かれて倒れたせいで統制が取れなくなった。

 結果、解き放たれた死霊は目の前の獲物に襲い掛かった。


 思えば、神社に押し寄せてきた死霊は始め神社に入って来なかった。死霊を防ぐ結界がなかったにも関わらず。

 これは、野菊が統率していたからに違いない。

 だが村人たちが死霊が目の前に大量にいるというだけで恐怖し、清美の虚言に耳を貸してしまった。

 そして野菊を敵視し、石を投げつけ、必ず倒さねばと鉛玉まで……。


 死霊の統制を外したのは、自分たち人間。

 野菊はちゃんと村を守ろうとしてくれていた。


「……できる訳ないわ。いくら力があったって、私に意識がなければ。

 あなたたちは、眠ったまま料理とかできるかしら?」

 そう言う野菊の目は、やり場のない悲しみに満ちていた。


「あ、あああぁーっ!!!」

 母親が、絶叫とともに崩れ落ちる。他の村人たちからも、悲鳴や嗚咽が漏れだして合唱のように響いた。

 目の前の子供を死霊にしたのは、かけがえのない家族や村の仲間たちを死なせたのは、自分たちだった。

 死霊の何たるかを知らず、清美を信じて野菊を攻撃したのは自分たちだ。

 いや、初めからここで休んでいた者たちは実際に手を下してはいない。だが、前線であったことを聞いて、その判断が正しいと今の今まで思っていた。

 その誤りがどれほどの犠牲を生んだのか、助かる命をどれだけ奪ったのか。

 もし村人たちが野菊を信じ清美に疑いを持っていれば、その人たちは死なずに済んだのに。

 今思い返せば、清美の言動は怪しいところだらけだ。

 清美が大罪人として吊し上げて追放した咲夜たちを、野菊は追わなかった。守っていればいいはずなのに、田吾作に近づいて来る死霊を撃たせて……。

 それに、野菊は清美が間違っていると言葉で警告してくれたのに……。

 そこまで怪しい状況でもなお、村人たちは清美を選んでしまった。そして、野菊に耳を貸さず自ら惨劇の引き金を引いた。

 その後も自分たちを襲った惨劇を野菊のせいだと決めつけ、野菊が遠い昔に村を守ろうとしたことすらもけなし……。


 愕然とした。

 自分たちは一体、何をやっていたのかと。


 そんな村人たちに、野菊は諦めたように言う。

「……仕方ないわ、知らなかったならその場の感情と目に映るものに従うしかないもの。当代の巫女が間違った方に誘導したならなおさら。

 いつの時代も、無知は取り返しのつかない悲劇を生むわ。知らずに水を止めたり、白菊を供えてきたり。

 ……あなたたちは、少なくともそこまで悪くない」

 自分たちを責めない野菊の優しさが、今の村人たちにとっては何より痛かった。

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