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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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96.訪れた者

 己を犠牲に危険を排除しようとする二郎ですが、そこに訪れる者がありました。

 そして、避難した家の内外で死霊たちが異常な行動を起こし始めます。


 これは何を意味するのか……。

 二郎はしっかりと子供を押さえつけたまま、窓から身を乗り出す。

 ここから飛び降りれば、もう人としての生はおしまい。

(……どうせなら、もっと高いところが良かったのう)

 それほど遠くない地面を見下ろし、二郎は思う。この程度の高さでは、よほど打ち所が悪くないとすぐには死ねまい。

 苦しむうちに死霊が集まって来て、じわじわ食い殺されるのだろう。

 子供の死霊も、おそらく停止はしない。

(嫌なもんじゃ、死にたい時にいい死に場所がないのは。

 いっそ他の死霊が近くにおれば……)

 そう考えて、二郎は気づいた。


 なぜ、家のすぐ近くに死霊がいない?

 さっきまで、家を四方八方から揺らすほど押し寄せてきていたのに。


 いつの間にか、死霊たちは家から離れていた。家の周りをドーナツ状に囲み、何をするでもなくこちらを見ている。

 窓から地面が見えたのは、そのせいだ。

 気が付けば、その場には静寂が立ち込めている。

 聞こえるのは風の音だけ。あの不気味な唸り声が止んでいる。

 他の皆も、以上に気づき始めた。

「何じゃ……死霊の様子がおかしいぞ。一体何が起こっとる……?」

 重役の男も窓の外をのぞき、不安そうに呟いた。起きている変化自体は自分たちに都合がいいが、どうして起こっているのかは見当もつかない。

 これから何が起こるのかも、分からない。

 皆が戸惑う中、二郎はふと気づいた。さっきは貪欲に手に噛みついていた子供の死霊が、噛むのをやめておとなしくなっている。

(何と、死霊が食うのをやめるとは……!)

 二郎は、死霊の本能を抑える何かに恐れを抱いた。

 しかし、次の瞬間その空気を打ち破るように大きな音が響いた。


 いきなり、ガタガタッと何かが崩れる音がした。同時に、数人の男の叫び声が響く。この二階を守る要、階段の方だ。

「何があった!?」

 重役の男が、血相を変えて階段に走る。

 家の外の死霊が離れているとはいえ、階段のバリケードが壊れていい訳がない。そうなれば、二階が無防備になってしまう。

 階段の下には、死霊を防いでいた家具が落ちて倒れていた。

「死霊が向こうから押してくるのに負けんよう体重かけて押し返しとったら、いきなり死霊共が身を引いて……」

 そこを守っていた男たちが、うろたえながら説明する。

 死霊と押し合っていたところで急に死霊側からの力が抜けたため、勢い余って向こうに倒れてしまったということだ。

 だが、幸いけが人はいなかった。

 侵入してくる死霊も、いなかった。

 家具が倒れた向こうに、死霊の姿はない。床は生々しく血と泥で汚れているが、見える範囲に動くものはなかった。

「どういうことじゃ……?」

 訝しみながらも、男たちは内心安堵していた。

 死霊の方から退いてくれたなら、もう自分たちに危険はない。

 もしや罪のない女子供を助けるために、神様が守ってくれたのだろうか。普段それほど信心深くない者も、今はただ神の助けに感謝した。


 しかし、その耳が再び近づいてくる物音を捉えた。

 大勢ではないし、足を引きずってもいない。

 たった一人で、静かにこちらに歩いてくる。

 それでも、そこにいる者たちは震えを抑えられなかった。

 だって、外は死霊に囲まれていて生者の通る隙などありはしないのだ。その外から来るものとなれば……。

 やがてその視界に、骨と皮ばかりの足と赤いはかまが見えた。


「うっぎゃあああ!!!」

 突然、耳をつん裂くような絶叫が響いた。

 同時にバタバタと大きな足音がして、階段を守っていた男たちと重役が部屋に転がり込んでくる。

 その顔は、全員が恐怖に引きつっていた。

「ちょっと、一体何があったの!?」

 母親たちが聞いても、男たちはうまく口が動かない。

「ヤ、ヤバい……早く、逃げないと!」

「逃げるって、どこへよ!死霊なの?」

「ち、違う……あいつはただの死霊なんかじゃ……!!」

 いきなりの非常事態に、避難していた全員が真っ青になる。逃げろと言われたって、逃げ場などどこにもないじゃないか。

 そうして右往左往しているところに、ドアを叩く音が響く。

「恐れないで、ここを開けて。

 黄泉の者を、迎えに来たわ」

 その声は、しっかり聞き取れる言葉をなしていた。きちんとドアを叩くという行動も、知性なき死霊のそれではない。

 しかし、中にいる者たちは凍えるような恐怖を味わった。

 声は、少し聞いたところ低めだが若い女のもの。しかし隙間風のようにかすれ、妙に暗く冷たく、聞く者に本能的な恐怖を抱かせる。

 それに、知性なき死霊より知性のある敵の方が恐ろしい。

 村人たちが必死で口をつぐんで身を潜めていると、ノックと呼びかけは数回続き、それから諦めたようにこう言った。

「開けてもらえないなら、仕方ないから勝手に入らせてもらうわ」

 その途端、ドアの木がいきなり腐って変色し崩れ始める。

「いやあああ何これ!!」

「お、お助けええぇ!!!」

 村人たちはもう、生きた心地がしなかった。


 ほんの数十秒ほどで、ドアは完全に朽ちて外れた。それが落ちるのと同時に、向こうにいる者の姿が露わになる。

 その姿を目にした途端、タエは大きく目を見開いた。

「あ、あなた様は……!」

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