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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
93/320

93.老夫婦の思い

 畑山タエ、二郎夫婦のターン。

 お互いを思い合う夫婦ですが、それゆえにジレンマもあります。


 そして、二人の始まりを思い出した二郎は、この避難所が命に関わる重大な作業を行っていないことに気づきます。

 白川鉄鋼では、情報が入り次第やっていました。

 部屋中の、憎しみがこもり常識を疑うような視線がタエに突き刺さる。

 それでもタエは、絞り出すように声を発した。

「無関係の人は、確かに死んだ……けど、それは野菊様の本意じゃありゃあせん!

 野菊様は、そんな風に憎んでいい人と違う!!」

 今、村人たちは目の前の事実と自分のことを考えて野菊が悪いと言う。しかし、真実とはそれだけで測れるものではないと思う。

 あの時野菊が見せた悲しみが、少しでも他の人に届いてくれればと、タエはその一心で己の考えを語った。

 しかし、それに向けられたのは全世代の白眼視。

「はぁ?また何言ってんのこのババァは……」

「二度同じことが起こっとるのに、何で犯人をかばうんじゃ!?」

 誰も、タエの言う事に耳を傾けようとしない。それどころか、善悪も分からぬ愚か者を見るような目で見ている。

 村の重役の男が、同じような目をして耳元で囁いた。

「あのなぁ、ようやく皆が一つにまとまったのに、水を差さんでくれるか。

 憎まれ役は、必要なんじゃ。ここにいなくて、いくら憎んでも今後のことを考えんでいい奴が。

 あんたも、行き場のない怒りをここで暴れさせて自滅するのは嫌だろ?」

 今この場を壊さないために、仕方ないというのだ。

 むしろ、迷惑をかけるなと言わんばかりだ。

 周りの人たちの言い分は分かる。今のやりきれない気持ちを向ける先は必要だし、大切なものを奪った死霊の主にそれを向けるのは自然だ。

 だからといって、野菊を悪と断じるのはどうだろうかとは思うが。

 しかし、タエがそう思う根拠となっている野菊のあの顔と言葉は、タエ以外誰も知らないのだ。

 タエを最も思う二郎でさえ、今タエの気持ちに寄り添おうとしない。

「なあタエ、ここにいるのは皆死霊の被害者なんじゃ。

 おまえが優しいのは分かるが、わしらを殺す化け物に優しくしても仕方ないじゃろ。

 それに、あんまり敵さんに慈悲を垂れるとおまえが敵と思われてしまうぞ。わしは、おまえを守りたいんじゃ」

 二郎はそう言って、タエを覆い隠すように抱きしめた。


 二郎の体温と優しい鼓動を感じながら、タエはもう何も言えなかった。

 そうじゃないのに。自分がしてほしいこと言ってほしいことは、それじゃないのに。でも、伝わってくる優しさは本物で。

 二郎のタエを守りたい気持ちに、嘘偽りはない。

 その真っ直ぐな気持ちを、突っぱねることなどできなかった。

 うつ向いて黙り込んだタエに、周囲から同情の言葉が投げかけられる。

「まあ、タエさんの信じたい気持ちも分かるがよお……」

「んだな。野菊様の本意じゃねえってのは、そうかもしれん。

 野菊様はただ白菊姫を罰するつもりでやって、後に呪いで縛られてこんな事になるって知らんかったのかもしれん。

 黄泉の神様は性悪だで、どこまで人にものを伝えるか分からん」

 つまり、知らなくてやったなら野菊に悪意はないというのだろう。

 しかし、それすら断罪する言葉が若い母親たちから出る。

「……でも、結局それで今も村に関係ない死人が出続けてるんでしょ?

 それのどこが悪くないのよ!?」

「知らなくてやったてねえ、被害が出てんだから責任はあるに決まってるじゃない。無知は罪って言葉、知らないの?

 要するに、何も知らずに花を供えたり水を止めたりした奴と何も変わらないのよ!」

 その言い分も、ある意味正しい。

 故意でなくても被害が出たらそれは裁かれるべきだし、むしろ加減を知らないことで故意よりもっとひどい事態になる場合もある。

 それで死を突きつけられた者にとっては、たまったものではない。

 だから野菊には、間違いなく無差別殺人の罪があると。

 その言い分にも、タエは抗えなかった。


 あの夜が明けた時、家族を失って呆然とする二郎の姿を忘れられないから。

 今こうして自分を抱きしめてくれている二郎が、本来それを向けるはずだった相手を失った悲しみが、分かるから。


 タエは、ぐっと唇を噛みしめて自らの思いを押しとどめた。


 無念の表情で黙り込んだタエを前に、二郎の心も痛んだ。

 本当はこんな顔をさせたくない、タエの味方になってその気持ちを守ってやりたい。しかし、それをやるとかえってタエが周りに叩かれてしまう。

(……何か、他に皆の気を紛らわすことがないかのう。

 ま、閉じ込められて息を潜めとる時はこんなもんか……)

 前の時はどうだったかと考えて、二郎は唐突に赤面した。


 あの夜、蔵の中で二郎の心を占めていたもの。

 蔵に入れられる前、二郎とタエは電灯の下でお互いの裸を見ることになった。二人とも最低限股間は隠していたが、当時の二郎にとって同年代の女子の肌はあまりに鮮烈だった。

 それから服を着て蔵に入っても、あの肌がすぐ側にあるのだと胸が高鳴った。

 命の危機を感じたのもあって、すぐ手に入れたくてたまらなかった。

 その衝動と戦うことで、だいぶ恐怖が紛れた気がする。

 蔵の中で一生守ると告白同然のことを言い、すれからすぐ付き合い始めたのも、家族を失った寂しさだけが原因ではなかった。


 二郎は、顔から火が出そうになりながらタエを抱きしめていた。

(こ、こんな時に何ちゅうことを考えとるんだわしは……!

 いや、あの時もあんな時だったが……いやしかしだな、わしとタエが肌を見せ合ったのは安全を確かめるためであって……)


 そう、二人が肌を見せ合ったのは……噛み傷がないか確かめるため。

 複数人で閉じこもった時、内から発生した死霊により共倒れにならないために。


 そこまで考えて、二郎ははっとした。

(今ここにいる者は、皆安全なのか?)

 考えてみれば、ここに避難してから今まで一度もその話が出ていない。皆すぐ側にいて周りを囲んでいる死霊に気を取られていたから。

 それに気づくと、二郎の顔から血の気が引いていった。

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