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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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91.怒りの矛先

 平坂家籠城組には、打って出る強さはありません。ただひたすらこもるだけです。


 こんな、脅威があるのにできる事がない時、鬱屈した感情が暴発しやすくなります。ゾンビものにおいて、勝てるはずの籠城が人の感情で危うくなるのは定番ですね。

 やり場のない怒りはコロコロと矛先を変え、その果てに……。

「まだ、日付も変わらんか」

 この避難場所をまとめている村の重役の男は、額の汗を拭って重苦しいため息をついた。

 今のところ、死霊の手はここに届いていない。このまま守り続ければ、生き残れる。守るべき時間は、六時間ちょっと。

 死霊に囲まれて階下から攻撃され続けているが、このままの状態を維持できれば守り切るのは難しくない。

 一階につながる階段は、急ごしらえだが封鎖した。

 二階から家具をいくつも落として、その上から数少ない若者たちが交代で押さえている。

 死霊たちは疲れを知らないとはいえ、一体一体の力はさほど強くなく、そのうえ階段は狭いので一度に大量には通れない。

 そのため家具の重さと頑丈さに少人数の体重をかけるだけで、簡単に対抗できる。

 こうして、二階は一応の安全を保っていた。

 死霊が外壁を上ってくるのではないかとの懸念もあったが、幸いこの死霊たちにそこまでの力はなかった。

 これなら、半日守り切るくらいはできそうなものだった。


 しかし、部屋の空気は重く淀んでいる。

 なぜなら、やる事がなくて気を紛らわす術がないからだ。

 人間目の前にやる事があれば、絶望的な状況でも目の前だけ見て多少冷静を保っていられる。

 だが、今ここにそんなものはない。

 できるのは、待つことだけだ。

 何もせずどこにも行けずただ囲まれているという状況に、皆が苛立ちやり場のない怒りを募らせていた。

 放置すれば、この安全地帯を内から破りかねないほどに。


「あーあ、一体誰のせいでこうなっちゃったんだろーね?」

 ついに、一人の若い母親が口火を切ってしまった。

 若い母親は膝枕でしゃくり上げている幼い子供を見せつけるように撫でながら、周りにいる老人たちをにらみつける。

「この子さあ……周りのちっちゃい子もそうだろうけど、もうとっくに寝てる時間なのよ。

 実際に、緊急放送が流れた時にはもう寝てたんだよね。

 でも条例で避難って言われたし、それに近所のおじいちゃんおばあちゃんが押し掛けてきて逃げろって言うんだもん……行かない訳にいかないよねー?

 で、眠い子を起こしてここに来た結果がこのザマよ」

 若い母親はそこで言葉を切り、叩きつけるようにまくしたてた。

「結界はない死霊は普通に入って来る!!家までは遠くて帰れない!!旦那とははぐれてどこに行ったかも分かんない!!

 何にもいいことない!!

 家にいれば、今頃戸締りだけ確認して柔らかい布団でみんな一緒に休めてたのに!」

 今言っても何の意味もない、ただの愚痴。

 それでも、疲れて神経がすり減った彼女は言わずにいられなかったのだろう。

 それに今のこの状況では、彼女の言葉は正しい。何も間違ったことを言っていないからと、勢いで不満をぶちまける。

 だが、言われる方の老人たちだって疲れて神経がすり減っているのだ。

 こんな言い方をされて、反論せずにはいられない。

「何だと、わしらが悪いっちゅうのか!?

 なら何も知らんまま死霊に窓を破られて家族そろって食われた方が良かったか?避難せんっちゅうのはそういう事だ!!」

「静かに寝てれば大丈夫でしょ!?

 それは今の状況より悪いの!?」

 あっという間に売り言葉に買い言葉で、罵り合いが始まる。お互いどうしていいか分からなくて、どこかに怒りをぶつけたくてたまらないのだ。

 閉ざされた部屋の中で、お互いをなじる怒号が飛び交う。

 その大声に反応したのか、外から聞こえる呻き声が一層大きくなった。声めがけて押し寄せる大量の死霊の力に、平坂家の建物がわずかに揺れた。

「キャッ!?」

「うわっ!」

 ぐわっと大きくなった呻き声とともに襲ってきた揺れが、罵り合いを止める。差し迫った脅威が避難者の理性を少しだけ引き戻した。

 そこを突いて、重役の男が割り込んだ。

「どっちもやめい!どっちも悪いことなんかありゃあせん!

 悪いのは、しっかり結界を張らんかった平坂家だろう。あいつらさえしっかりしとりゃ、皆安眠できて誰も死なんかった。

 責めるなら、まずあいつらじゃ!」

 重役の男は、ここにいない対象に人々の怒りを向けさせる。外部に敵を作ってそれを皆で憎んでいれば、内輪もめはひとまず避けられるから。

 それに、事実平坂家は最悪の戦犯なのだ。

 伝統を軽視する白川鉄鋼に何の注意もせず、むしろ自らも伝統を捨てようとして職務を怠り、あまつさえそれがバレると村人を守りもせず逃げてしまった。

 どう見ても、言い逃れの余地などない。

 特に力を持ちながらそれをやった清美と聖子は、村人にどれだけ責められても足りぬほどの重罪だ。

「……婿の達郎は死んだが、あれも自業自得だ。

 あんな奴らのために、悪くないおまえたちが憎み合うことはない。

 この夜が終わったら、あいつらを煮るなり焼くなり好きにすりゃ良かろ」

 重役の言葉に、言い争っていた者たちはまだ憤怒の表情ながらも矛を収める。恨む先を与えられて少し落ち着いたのと、ここで言い争うのが無意味だと分かったのだろう。

「そうよね、本当あのアバズレは……」

「生き残ったら、必ず落とし前つけさせたるぞ!」

 愚痴は、すぐさま平坂家に向く。

 あんなひどい奴らに負けるものか、必ず責任を取らせてやると闘志が燃えあがる。そのためには、何としても生き残らなければ。

 暴発しそうになっていた怒りは、どうにか正しい方向に向いた。

 重役の男は、ホッとして胸を撫で下ろした。


 しかし、それにさらに水を差す意見があった。

「待って、でもそうしたら……私たちはこれから、誰に守ってもらうの?」

 そう言ったのは、気弱そうな若い母親だった。

「だって……その二人に全ての罪を追わせて罰を与えたら、もうその二人は私たちを守ってくれないんじゃない?

 黄泉と通じる力があるのは、あの二人だけなのに……。

 力のある人が守ってくれなきゃ、私たちは安心して生きれないのよ」

 気弱そうな母親は、そう言って泣き疲れた自分の子供を抱きしめた。

 その言葉に、部屋の中に沈黙が下りる。

 言われてみればその通りだ。これまでは、平坂家がきちんと役目を果たしていたから度重なる災害にも村が滅びずにいられた。

 しかし、一回怠けたからといってその守りを外してしまったら……。

 村は、災厄に対して本当に無防備になってしまうだろう。

 今、平坂家にはこの二人しかいない。外から同じような力を持つ者を呼び寄せるにしても、どうしていいか分からない。

 聖子を許して跡を継がせるにしても、清美しか知らないことを教えてもらわねばならない。それに自分に甘かった清美が断罪されれば、聖子は村を恨むだろう。

 つまり、守ってもらうためには、こちらの思うまま断罪してはまずいということ。

 だとしたら、この怒りと無念はどこへ向ければいいのか。

「……だいたいねえ、こんな村に嫁いできたのが間違いだったのよ」

 どうにもならぬやるせなさに、ついに村そのものへの恨み節が出始めた。

「他にもっと安全に生きていける場所はいくらでもあったのに、家業の菊農家を継ぐなんてくっだらないことにこだわって……。

 そもそも、こんな危険があるなら誰も住まなきゃいいのよ」

 村そのものを否定する発言に、昔から村にいた老人たちが反発する。

「何だと!?先祖代々守ってきたこの村を何だと思っとる!」

「村に罪はねえ、なのに何で立ち退かにゃならんのだ!?

 わしらだってご先祖だって、好きでこんな災いを被っとるんじゃねえ。このいい村に呪いがなかったら、どんなに良かったか……」

 それを聞くと、若い母親たちはうんざりした顔で、吐き捨てるように言った。

「そう、じゃあ……一番悪いのは、この村に呪いを残した野菊ね」

 今を生きる者たちの恨みは、ついにかつて村を守ろうとした野菊に矛先を向けた。

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