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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
88/320

88.受け入れ

 平坂神社からの避難者が、ついに白川鉄鋼にやって来ます。

 その中には、白川鉄鋼で活躍するあの男の奥さんもいました。夫婦そろって、肉体派かつ武闘派です。だから息子もああなるんですね。

 少し時間が経つと、清美の言った通り避難者が現れ始めた。

「門の前で、生きた人間が入れてくれと叫んでいます!ここにいる者の家族を名乗っている者もいます!」

 守衛からの連絡に、竜也は待ってましたとばかりに指示する。

「すぐに門を開け、中に入れるんだ!」

「し、しかし周りに死霊がいて……。

 さらに、騒ぎを聞いて集まってきてしまったようで……」

 避難者たちのために門を開けば、死霊に侵入される恐れがあるというのだ。

 考えてみれば、当然のことだ。死霊の獲物は生きた人間なのだから、手の届くところに人間がうろうろしていればそこに集まる。

 そのうえ避難者たちは死霊の巣窟となった平坂神社から来たので、そのまま追ってくる死霊を引き連れていてもおかしくない。

 竜也は内心舌打ちしながらも、口では人格者を装って言った。

「だったら、なおさら早く入れてやらんと危険だろう!

 従業員たちの目の前で、家族を見殺しにする気か!?」

「で、でも死霊は……」

「社内から、さっき死霊の処理をさせた者を中心に迎撃隊を募れ。工場の敷地外であっても、死霊を停止させたら報酬を出す」

 表面上は社員の家族救出のためだが、竜也にはもう一つ思惑があった。

 目的を同じくする清美が、狡猾に微笑む。

「そうね、そうやって少しでも死霊を減らしておけば、野菊との戦いが楽になるわ。あいつが来る前に、周囲の死霊も掃討しておきたいところね。

 そのためには、少々の犠牲は覚悟で攻めなきゃ」

 竜也と清美が何より守りたいものは、己の地位と家族だ。

 そのためには、いずれ来る野菊が使える手駒……死霊をできるだけ減らしておきたい。避難者の救出は、その絶好の隠れ蓑だ。

「戦いは、先手を打ってこそだ。

 また、君のお父さんに頑張ってもらわなくては」

 竜也はそう呟いて、ひな菊がすがりついている陽介を一瞥した。


「お願い開けて、早く入れてよ!!」

 白川鉄鋼の門の前で、息を切らした人間たちが監視カメラに向かって叫んでいた。夜闇の中怯えた表情で身を寄せ合う彼らは、もう立っているのもやっとなほど疲れている。

 そのうえ、周りからゆっくりと歩み寄ってくるモノ……。言葉もなく足を引きずり、腐臭をまとって寄ってくるのは間違いなく死霊だ。

 あれに捕まれば、食われるのみ。

「チッ!来るんじゃないわよ!」

 長い物干しざおを持った女が、寄ってくる死霊を突き倒して転ばせる。だが、そうして稼げる時間もわずかだ。

 女は、目の前にそびえる白川鉄鋼の工場を見上げてぼやく。

「せっかくここまで来たのに……こんな所で死んでたまるもんか!

 あたしの命は、あたしだけのものよ!」

 門を閉ざしているという事は、中はかなりの確率で安全なはずだ。そこに入れる可能性があるなら、わずかな時間でも稼ぎ続けるしかない。

 女は持ち前の闘志と持久力で、物干しざおを振って奮闘する。

 しかし、彼女の力では転ばせる事はできても停止させることはできない。何体もの死霊を代わる代わる転ばせては、また起き上がった奴を狙って……その繰り返しだ。

 蓄積する疲労に、つい憎かったはずの男の顔が頭をよぎる。

(どうしようもない男だけど……こんな時、あの馬鹿がいれば……!)

 その時、一緒に逃げてきた仲間たちから歓声が上がった。

「やった、門が開いたぞーっ!!」

 ようやく、固く閉ざされていた工場の門が開いたのだ。それとほぼ同時に、中から駆け出してくる数人の人影。

「おらあぁ!!この俺が相手だ!!」

 その先頭にいた男と目が合って、女ははっと目を丸くした。

「……あなた!」

「何だおまえ、来たのか」

 男の方……陽介の父も、その女に気づいて声をかけた。

 それもそのはず、その女は紛れもなく自分の妻……陽介の母だったのだから。

 だが、次の瞬間には二人はまた仲の悪い夫婦に戻ってお互いから目を逸らした。そして妻は中へ、夫は外へ、無言ですれ違って飛び込んでいった。


 門になだれ込んだ避難者たちを追って、死霊たちが迫る。

 だが、その歩みはすぐに止まることとなる。陽介の父を先頭とした迎撃隊が、死霊たちの前に立ちふさがった。

 その大半は腰が引けていたが、中には恐れを知らぬ者もいた。

「へへっこいつはいい……。

 ボーナスが五十万も転がってやがるぜ!」

 陽介の父は俑公方にぎらついた目で、鼻息荒く死霊たちに飛びかかる。

 そいつが人の形をしていようが、元が人であろうが関係ない。陽介の父にとってそれは、倒せば十万円が手に入る金ヅルでしかない。

「えやぁ!そらっ!」

 迷いなく近いのに駆け寄り、一体を蹴りつけ、一体を足払いで転ばせる。そしてすぐさま転んだ一体の頭にハンマーを振り下ろす。

「うへぃ、これで十万!さらに、二十万!」

 もう一体も起き上がりざまにハンマーで頭を一撃。あっという間に二体がただの死体になって地に伏す。

 それに勇気づけられたのか、後ろに続いていた他の社員たちも武器を振り上げて死霊に立ち向かう。

 しかし、そのうちの一人死霊にとどめを刺しそこねて逆に足を掴まれてしまう。

「うわっだ、誰か!」

 思わぬ反撃に腰を抜かし、へたりこんでしまったその足に死霊の歯が迫る。

 だが、その歯が届く前に死霊の頭が地面に叩きつけられて潰れた。

「おう、しっかりしろや。いくら稼いでも、死んじゃ意味ねえぞ」

 陽介の父が、速攻でその死霊の頭を叩き潰してくれたのだ。助けられた社員は、感謝感激に胸を詰まらせながらその手を取って起き上がる。

 しかし、陽介の父は助けた社員を引き起こすと耳元でささやいた。

「死霊は一匹十万だが、人の命に値段はつけられないよなあ?

 これから、たっぷり期待してるぜ!」

 熱く打ち震えていた社員の心が、一瞬で冷えた。

 陽介の父はこれから、この恩をネタにいつまでもこの同僚にたかる気だ。やはりこの乱暴者は、自分のことしか考えていない。

 それでも救ってもらった恩には抗いがたく……助けられた社員は、自らも金ヅルを探すように闇に視線を走らせながら工場に戻るのだった。

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