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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
86/320

86.実戦

 引き続き工場内の掃討、より厄介な相手です。

 まだ生きている人間と、そして拘束されていない死霊……ただ転がっている死霊のようにはいきません。


 そして、社員たちにも心境の変化が。こういう状況では、嫌な事を率先してやってくれる人に人望や恩が集まるものです。

 たとえその動機が、乱暴で不純だったとしても。

 程なくして、四人の死霊はただの死体に戻った。一人は顔の半分を潰され、あとの三人は頭の後ろに刺し傷を作って。

「やった……本当に倒せるんだ!」

 それを見る社員たちの顔は、複雑ながらもさっきより明るくなっていた。

 だって、こいつらはもう人を噛まない。自分たちを襲わないのだ。

 さっきあれほど救急隊が注射をしても殴っても止まらなかった食人鬼を、止めることができた。それは何物にも替えがたい成果だ。

 だが、事務長の顔は険しかった。

「倒せるんだって……倒したのはおまえらじゃないだろ。

 戦えるのがこいつ一人で、これからどうするんだ!」

 そう、この四人を停止させたのは陽介の父ただ一人だ。他の社員たちは誰一人参加せず、遠巻きに見ているだけだった。

 他の誰もが自分の手を汚したくなくて、陽介の父がどんどんやるのに任せていた。

「……これでは、話にならん。

 対応が後手に回るほど後で大変なことになるのに、おまえたちはそれを分かっているのか?何とか分からせる方法は……」

 事務長が考えていると、そこに救命士の石田が駆けつけてきた。


「……そうですか。しかし、死霊の発生を未然に防ぐには、仕方ないでしょう」

 事情を話すと、石田はすぐに納得してくれた。今生きているとはいえ、いずれ死霊になる者を処分するのはやむを得ないと。

 石田自身、さっきの惨劇で死霊の脅威は痛いほど分かっている。

「分かりました。そういうことでしたら、殺しの責任は全て私がかぶりましょう。

 私が彼らに毒薬と過量の鎮静剤を打ちますので、意識を失ったら頭に釘なり杭なり打ち込んでください。

 それで被害を減らせるなら、この身など安いものです」

 そう言って石田は、まだ生きている者たちに毒を注射して回った。

 それが済むと、事務長が社員にネイルガンと釘を手渡す。

「は?」

 戸惑う社員たちに、事務長は皮肉っぽく言った。

「こいつらは、おまえたちの手でやってもらうぞ。先に面倒がると後でもっと嫌な事態が待っていると、これで分かるだろう?」

 かくして、死霊の処理を見送った社員たちはまだ生きている者たちを手にかけさせられることになった。


 これで、隔離してあった者たちの処分は終わった。

 社員たちは陽介の父を除いて顔面蒼白になり、中にはガタガタ震える者や吐いてしまった者もいる。

 陽介の父はそういう者たちの背中をバンバンと叩き、陽気に言った。

「やったじゃねえか、おい!

 おめでとうよ、おまえらは立派に会社と仲間を守ったんだぜ。これで他の腰抜け共は、俺らに頭が上がらねえ。

 もっと誇れよ、威張れよ、なあ!」

 人を手にかけた痛みや悲しみにはこれっぽっちも寄り添わない、乱暴で自己中心的な言葉。

 それでも、立ち直らせるのに一定の効果はあった。

 社員たちのうち数人が、欲望に濁った笑みを無理矢理浮かべて顔を上げる。

 だって、今さらどんなに悔いても悲しんでも、やったことは取り消せない。ならば、こうして正当化して自分に言い聞かせてしまった方が楽だからだ。

 そんな社員たちに、事務長も険しい面持ちで言う。

「そうだ、こんな所で倒れられては困る。

 おまえたちが心を折って手を止めた分だけ、他の仲間にしわ寄せが……下手をすれば防げたはずの死が降りかかる。

 ここで終わりではない、まだ始まったばかりなのだから」

 そう、倒すべき敵はこれだけではない。

 工場内にさえ、まだ処分すべき、より手強い敵がまだいるのだから。


 数分後、事務長と武器を持った社員たちは血痕の続く廊下を歩いていた。その先には、外からバリケードで塞いだ扉があった。

 そこは、絶えず中からドンドンと叩かれ続けていた。

 ここは、さっき死霊になって帰ってきた女と救急隊の惨劇があった部屋だ。ここには、その女と死んだ救命士が放置されている。

 しかも、さっきと違って自由な身のまま。

「気を引き締めろよ、ここからが実戦だぞ!」

 事務長はそう言って、社員たちにバリケードをどかすよう命じた。


 幸い、バリケードで押さえられていた扉はまだ壊れていなかった。しかしバリケードが外れた途端、扉はガタガタと大きく揺れ出した。

 事務長は数人に扉を押さえさせると、作戦を伝える。

「まずは扉を開け、一人外に出す。二人目と、それから二人同時に出そうになった場合は扉で挟んで止めろ。

 一体ずつ確実に仕留めるんだ、いいな」

 鉄パイプを持った陽介の父をはじめとする数人が、扉の前で構える。

 陽介の父が血気にはやらないか心配だったが、さっきよりは真面目な顔で息を整えていた。実戦で敵を侮ると痛い目に遭うと、乱暴者なりに理解しているようだった。

「さあ開けるぞ、3、2、1、それっ!」

 事務長の掛け声と共に、扉が半開きになる。

 そこから真っ先に顔を出したのは、救命士の死霊だった。白く濁った目を見開き、猛獣のように大口を開けて涎を垂らしている。

「マズい!ヘルメットをかぶってるぞ!」

「転ばせろ、仰向けでも横向きでもいい!」

 陽介の父の指示の下、鉄パイプを持った社員がよたよたとした足を払って転ばせる。床に倒れたところに陽介の父が駆け寄り、首を踏みつけ、横向きになった顔に鉄パイプの曲がった先を向けてゴルフのようなフルスイングを決めた。

 ヘルメットで覆われていない顔面が潰れ、鉄パイプが深く刺さる。

「よし一体!」

「後は任せて!」

 扉に挟まれてもがいている女の方にはネイルガンを持った石田が駆けつけて側頭部に釘をお見舞いする。

 二体の自由な死霊は、あっという間に飢えを忘れて倒れ伏した。

「よし、これで工場内クリアです!」

 短い戦いではあったが、これでひとまず建物内は安全になった。

 社員たちはどっと力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

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