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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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84.野菊対策

 竜也と清美たちにとって、最大の敵は野菊です。

 竜也はいつ野菊が来るかと戦々恐々としていましたが、清美のもたらした情報は福音でした。


 清美と聖子が本気で悪魔です。でも、魔物と戦うにはそれに詳しい悪魔が味方であることに越したことはありませんね。

 竜也と清美が、組織同士の会談よろしく握手を交わす。

 どちらも、この村で大きな力を持つ組織……白川鉄鋼と平坂神社のトップだ。ただし、平坂神社の方は個人が持つ力によるところが大きいが。

 そしてどちらも、魔境と化したこの村で沈みかけている。

 片や禁忌を破って村に死霊をあふれさせ、片や結界を張るのを怠って安全地帯を台無しにしてしまった。

 どちらも、許されざる罪。

 黄泉に裁かれるべき、大罪。

 だが、それでも彼らは生きようと足掻く。

 自分の一番大切なものを……娘を、自由と立場を守りたいから。そして、死という裁きに納得できないから。

 強大な黄泉の裁きにも、二者が力を合わせれば立ち向かえると信じて。


 その裁きの最も強力な刃といえば、死霊の巫女……野菊だ。

 禁忌破りや神社の背任などの大罪を犯した者をつけ狙い、さらに人知の及ばぬ神通力を持つ化け物中の化け物。

 その襲撃をどう逃れるかが、緊急かつ最重要の課題だ。

「ともかく、平坂神社で身を守る案は潰えたか。

 そうなると、その野菊からどう逃れるか……。奴が来るまで、もうそれほど時間が残されていないだろう」

 差し迫った脅威に、竜也は焦燥を隠しきれない。

 だが、清美はくすりと微笑んで言う。

「そこまで慌てなくても大丈夫。あれがここに到達するまで、情報を整理して対策を立てるくらいの時間はあるわ。

 それに、対策そのものも既に目処はついている。

 さっきの貸しは、これでチャラにしてちょうだい」

 そう言う清美の表情は、妖艶かつ異能を知るゆえの余裕を漂わせていた。さっき一度清美をやり込めた竜也も、これには圧倒されざるを得なかった。


「さて、その対策なのだけど……割と単純なことよ」

 清美は、まるで害虫の話でもするように淡々と説明する。

「野菊には、物理攻撃が効くわ。普通の死霊が頭を潰されると倒れるように、野菊だって倒れて行動不能になる。

 ただ、死霊の中でもかつての大罪人共は時間が経つとまた起き上がるから……野菊もその可能性は高いわね。

 ま、要は攻撃し続けて朝まで行動を封じれば勝てるってこと」

 それを聞くと、ひな菊と陽介は感心して呟いた。

「へえー、野菊って倒せるんだ!じゃあそんなに怖くないかも」

「へへっ殴れば倒せるなら話は簡単だぜ!

 ここにゃ武器になりそうな鉄パイプとかがたくさんあるし、俺の親父みたいに力の強い大人もいっぱいいるからな」

 だが、竜也はすぐには信じなかった。

「その話、信用できるのか?情報源は何だ?

 もし間違っていたら……」

「間違ってなんかないよ。私たち、この目で見て確かめたもん」

 竜也の疑問を、聖子が得意げに打ち消す。

「ふふふ、時間を稼いだって言ったでしょ。私たちはもう、野菊をその状態にしたうえで逃げてきたんだから!」

「ほう、それはありがたいな。

 だが、どうやって?」

 竜也の質問はもっともだ。

 聞いた話によれば、野菊は大量の死霊を率いて現れるそうだ。その野菊に攻撃を届かせること自体が、普通に考えれば困難だ。

 だが、清美と聖子は狡賢い笑みを浮かべて答える。

「うふふ、簡単な話。射程が長い武器を使えばいいの」

 清美の唇が妖しく動き、正解を紡いだ。

「銃で撃たせたのよ……田吾作に!」


 その一言は、それ自体が一発の銃弾のように竜也たちの頭を撃ち抜いた。三人とも一瞬頭が真っ白になり、二の句が継げない。


 田吾作に、野菊を撃たせた。


 突っ込むところは、山ほどある。

 まず、野菊を撃ったという田吾作は伝統を守る立場のはずで、野菊を崇める側のはずだ。それをどうやって、撃たせたのか。

 また、情報によれば野菊は禁忌破りをした人間を狙ってくるはずだ。それがなぜ、実行犯がいるここより先に平坂神社へ向かったのか。

 そして……清美と聖子は野菊の血族だが、今は死霊とは言え祖先の一員をこいつらは平気で傷つけられるのか。

 平坂親子の行動は、完全に保身のための蛮行であった。

 最後に、平坂親子は田吾作の力を借りておいて、その田吾作はどうしたのか。少なくとも、一緒に逃げては来なかった。


 あまりの衝撃にどこから聞いていいか分からない竜也の前で、平坂親子はしゃべり始める。

「だって、野菊が悪いのよ。禁忌破りの犯人より先に私たちを詰問しに神社に来るんだから……」

「そうそう、大量の死霊を連れてね。

 あっでもそのおかげで、野菊が黄泉の意志に支配されて容赦なく人を殺しに来たってバカ共に信じさせられたよね!

 田吾作も他の村人たちも、きれいにだまされてくれたし」

「ま、野菊を撃っても死霊が止まらなかったのは残念だったけど。逆に統制を失って神社になだれ込んで来たみたいだし。

 でも死霊が倒れなかったのを見た時点で私たちは逃げ出せた。

 田吾作や避難して来た村人たちは……まあ、運が良けりゃ生きてるんじゃない?」

 ぺらぺらとしゃべる二人の顔は、どこまでも利己的な笑みを浮かべていた。

 その行動は悪魔の所業、そしてその笑みも悪魔そのものだった。


 一しきり神社でのことを話し終えると、清美は自らを鎮めるかのように大きく一息つき、真剣な表情になって言った。

「……で、これからの話に戻るわね。

 野菊が頭を破壊すれば倒せるってのは、私たちが確認した。それどころか、素人が投げた石が当たるだけでもよろけてたわ。

 つまり、野菊はそんなに頑丈じゃない。でも攻撃能力は高い。

 だったら……攻撃される前にこちらから攻撃して行動を封じるのが最善手よね」

 清美は淡々と野菊を分析し、対抗策を述べる。そこに、黄泉の使いや祖先への敬意などこれっぽっちもない。

 良くも悪くも、現実的だ。

 そんな平坂親子に底知れぬ気持ち悪さを覚えつつ、竜也は質問する。

「なるほど……それができれば、何も問題はない。

 だが問題は、どうやって野菊に攻撃を届かせるかだ。こちらには銃がない。手に持って殴る武器では、死霊に囲まれていたら届かんぞ」

 竜也も、現実主義者である。現状を理解し、会社とひな菊を守るためならどんな事でもしてやると覚悟を決めている。

 だが、やる覚悟があることとできる事は別問題だ。

 その切実な問いに、清美はすました顔で答える。

「死霊の囲いは、今頃はがれているはずよ。

 野菊を倒したら、死霊の統制は失われる。でもって目の前にエサがあったから……それを追って、大部分は野菊から離れて村中に散ってると思う。

 で、野菊の死霊を統率する力だけど……記録によると、距離が近くないとダメみたい。だから一度散った死霊を、短時間で集めることはできないわ」

 さすがに、神社の現当主だけあって知識は豊富だ。

 その不本意ながらも覚えさせられた情報から、清美は回答を導きだす。

「だから私たちのやるべき事は、まず工場の周りの死霊を倒して、野菊が来ても統率されないようにしておくこと。

 そして、野菊が現れたら速攻で打って出て倒す!

 もしかしたら、野菊が再び死霊を集めてから来るかもしれないけど……その場合はここに来るまでに時間がかかるから、守るべき時間は短くなるわ」

 清美の出した対抗策は、現実的にどうにかなりそうなものだった。

 竜也は、清美の化け物のような性根に少しだけ感謝した。

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