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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
83/320

83.罪人合流

 竜也の下に逃げてきたのは、平坂神社の巫女親子でした。

 両者このままでは断罪を免れない大罪を抱え、活路を開くために手を取り合おうとします。


 しかし、それぞれ大きな力を持ち食えない人物であるがゆえに、一筋縄ではいきません。子も親も、持てる者同士が対峙します。

 平坂親子が入った後、竜也は社長室にガチャリと鍵をかける。

 それを確認すると、平坂親子は力が抜けたようにソファーに腰を下ろした。竜也が座るよう勧めていないにも関わらず、だ。

「……よほど緊張していたようだね。

 あなた方ともあろう者が」

「ええ、ようやく人心地がついたわ……ありがとう」

 竜也の皮肉に反論することもなく、清美は感謝の言葉を口にした。

 実際、清美も聖子も疲労困憊していた。清美は何とか背筋を伸ばしているが、聖子は緊張の糸が切れたようにソファーに身を投げ出している。

「ちょっと、そこはあたしの場所!どきなさいよ!」

 ひな菊が怒って詰め寄ると、聖子は汚物を見るような目をひな菊に向けて言い放った。

「よくもそんな事が言えるわね。村に死霊を放った疫病神が!

 それに、もう友達じゃないなら遠慮する必要もないでしょ!?」

 聖子の顔にも言葉にも、ひな菊への怒りが噴出していた。

 しかし、ひな菊も顔を真っ赤にして言い返す。

「何よ、あんたこそ神社を守れなかったくせに!肝心な時にたった一つの安全地帯を守れない巫女なんて、いる意味あんの!?

 あたしはあんたに価値がないって分かったから、手を切ったのよ。

 名前だけの無価値女が、あたしの席を取る資格なんてないわよ!!」

 売り言葉に買い言葉、ひな菊と聖子はあっという間に牙をむき出しににらみ合う。

 そもそも、この二人は白菊伝説を知っていた知らなかったで大揉めし、これまでの友情は全て憎悪に裏返っている。

 そのうえで、お互いのこの失態だ。

 ひな菊は禁忌を破り、聖子は安全地帯を守れなかった。

 おかげで聖子は結界張りを怠っていたことが村人にバレて逃亡を余儀なくされ、ひな菊は自分の命を守る安全地帯を失った。

 こいつさえ、こんな事をしでかさなければ……お互いに、そんな風に恨みを向け合う。

「おいおい、こいつは俺が分からせてやんなきゃいけねえようだなあ?」

 それに便乗し、陽介が聖子に拳を向ける。

 あわや、不毛な暴力が吹き荒れようとしたところで……

「やめろ!!」「やめなさい!!」

 止めたのは、それぞれの親である清美と竜也であった。


 ひな菊と聖子は、鏡に映したように同じようにビクッと肩をすくませ、恐る恐る親の方を向いた。

 視線の先では、竜也と清美がこれまた同じように眉間に青筋を立てて子供たちをにらみつけていた。

「ひな菊……今は命がかかってるんだ。

 下らない喧嘩は、夜が明けて生き残ってからにしろ!」

「聖子、今の私たちの立場を分かってるの?

 これから私たちを守ってくれそうなのはねえ、ここしかないのよ。唯一の命綱を、自分で放り出すつもりなの!?」

 竜也と清美は、子供たちよりずっと冷静で現実的だった。

 二人は痛いほど分かって胆に命じている……もしここでお互いが手を取り合えなければ、自分が破滅するしかないことを。

 今夜、そしてできればこの先も……。

 そのため、二人はいつにない強い言葉で子供たちに矛を収めさせた。


 その場が少し落ち着くと、まずは状況確認だ。

 清美を真正面から見据えて、まずは竜也が問う。

「で、平坂神社が落ちたとはどういうことだ?

 村人たちの話を聞く限り、そこは死霊が一切入れないはずだが。結界とかいうのを、おまえたちが張っていたんじゃないのか」

 清美が、そっけなく答える。

「夫の達郎が、儀式用の酒を飲んで水にすり替えてたのよ。

 おかげで結界が張れてなくて、神社は死霊に侵入され踏み荒らされた。避難して来た村人たちは襲われて散り散りになったわ。

 私たちも、あのバカを置いて逃げてきたの」

「そうよ、パーパが悪いんだぁ!」

 全面的に達郎が悪いというその話に、聖子も加勢する。

 しかし、竜也は素直に受け入れなかった。さっきよりさらに一段低い声で、圧殺するような視線と共に問う。

「……本当に、達郎だけが悪いのか?」

「ええ」

 清美は何食わぬ顔で答える。しかしその隣で聖子が顔をこわばらせ肩をすくめたのを、竜也は見逃さなかった。

 竜也は、ふーっと大きなため息をついて告げた。

「清美さん、隠し事はお互いのためにならない。

 必要なのは、事実と現実に基づいた行動だ。

 そうでない行動は、どこかで事実に基づく最善策とのズレを生み、それが致命傷となるリスクを伴う。

 共に生き残りたいなら、全て正直に吐いてもらおうか」

 それを聞いた瞬間、清美が聖子を忌々し気ににらみつけて舌打ちする。

 竜也はそんな清美に、そう思った理由を説明した。

「気づいたのは娘さんの挙動だけじゃない。

 そもそも、なぜ君たちは誰よりも早く二人きりでここに来たのか?村人と同時に逃げ出したなら、村人に守られていたり、他の村人が先にここに来てもいいはずだ。

 そうならなかったのは、君たちが結界がないとあらかじめ知っていたからだ。違うか?」

 痛いところを突かれて、清美は観念したように肩を落とした。

「……そうよ。お見通しって訳ね。

 さすがに、一代でこれだけの工場を作り上げただけのことはあるわ。私に貸しも作れなかった、夫とは違う。

 あなたとなら、生き残れそうな気がする。

 嘘をついてごめんなさい。それと、この先は正直に話す」

 清美は、素直に膝に手をついて竜也に頭を下げた。

 この変わり身の早さに、聖子も驚いている。

 清美とて、神社の当主としてのプライドがない訳ではない。しかし今この時に限っては、命を守ることが何より重要だと己に言い聞かせていた。

 しかしその代わり、顔を上げた清美は竜也をしかと見据えて言う。

「でも、そのつもりならあなたも正直に話してね。ここの現状、手駒の構成、そして……娘さんと陽介がどんなやり方で禁忌を破ったのか、その全てを」

「……無論だ」

 少し間があって、竜也はそう答えた。

 清美はそれでも目から力を抜かず、釘を刺すように告げた。

「あなたたちが言わなくてもね、私たちは死霊の声を聞いて真実を暴けるのよ。あなたが見つからないと思ってる、いえ意識してすらいない証拠だって、見つけられる。

 もっとも、誰かさんが死霊を現世に呼び出して統率を野菊に奪われてしまったせいで、今は何も聞こえないけれど。

 夜が明けたら、罪は丸裸になると思いなさい」

「……心しておこう」

 竜也は、若干青ざめながらうなずいた。

 こうして、大罪を抱える二者は手を取り合うこととなった。

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