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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
82/320

82.来訪者

 白川鉄鋼に、招きたいけど本来は来ない方が良かった客がやってきます。


 死霊の巫女を防ぐために神社へ避難したい竜也ですが、神社はどうなっていましたか?

 これまで並行で動いていた線が、交わります。

 白川鉄鋼の状況は、控えめに言っても相当悪かった。

 無事な人間は多いものの、その大多数は騒ぎが起こるまで月見の宴を楽しんでいたため多少なりとも酒が入っている。

 素面で冷静な判断ができる人間が少ない。指揮ができるのは、竜也と事務長、それに唯一無事な救命士の石田くらいだ。

 今のところ、死霊に敷地の塀や扉を突破されてはいない。

 しかし、工場内に既に数体の死霊が発生している。閉じ込めて外にバリケードを作ったり拘束して動きを封じたりしているが、精神衛生に非常に悪い。

 さらに守衛から、外に向けた監視カメラに時折怪しい人影が映ると報告があった。

 死霊が、本格的に村の中をうろつき始めたのだ。

 竜也は、社員たちの命運をかけた選択を迫られていた。

 このまま工場に立て籠もって死霊の巫女を迎え撃つか、死霊の巫女が来る前に犠牲を覚悟で平坂神社へ逃げるか、である。

「逃げれるうちに逃げた方がいいんじゃないッスか?

 大量の死霊に囲まれたら身動きが取れないし、一晩とはいえずっと緊張し続けるのはキツいですよ。

 平坂神社に入れば、少なくともそれからは休んでても生存確定です」

 真実に気づいている根津は、神社への避難を推してくる。

 事務長も、それに賛成だ。

「そうですな、死霊の巫女がここに来ない保証はないですし。

 誰が禁忌破りなどしたか知らんが、ここに一人でもそれに関わった奴がいたら終わりです。ここには村出身の従業員がまだ五十人近くいますし。

 誰がやったか特定するにしても、この状況で自分だと白状する奴はおらんでしょう」

 事務長が知らないというのは、嘘だ。

 事務長はさっき根津と交渉するにあたって、竜也から真実を告げられている。だが元々村の農家と対立し伝統を快く思っていなかったこともあり、さらに白川鉄鋼で築き上げた自分の地位を失うのが嫌で竜也の側についた。

 これで、真実を知り神社への避難を推す声が竜也含め三人分。

 救命士の石田は少し迷っているが、十分押し切れる。

 竜也は満を持して避難に方針を定めようとした……その時だった。突如、側に置いた電話が鳴り響いたのは。


「何事だ?」

 できれば早く避難したい焦りを抑え、竜也が出る。

 かかってきたのは内線(外線はもう通じない)で、裏口の守衛からだった。守衛は、落ち着かない様子で竜也に告げる。

「あの、ここに避難したいと言って外部の人間が来ております」

「何?村民は平坂神社へ避難しているはずでは……」

 首を傾げる竜也に、守衛は告げた。

「それが……平坂神社の巫女さんと娘さんです!」

「何だと!?」

 竜也たち全員が、耳を疑った。


 平坂神社と言えば、さっきの防災放送でも指定されていた避難場所にして、今夜のこの村で唯一の安全地帯ではないか。

 そして平坂家の者は、そこを守っているはずだ。

 結界を張って、村人たちを守っているはずなのだ。

 それがここに避難とは、一体どういうことか。


「え……避難って?迎えに来たとかじゃ、ないんですか……」

 根津が、狐につままれたような顔で呟く。田吾作からは、とにかく助かりたかったら平坂神社に避難するよう言われていたのに。

 竜也と事務長も、愕然として青ざめる。

「どういうことだ、平坂神社は安全では……?」

「分からん。だが、とにかく中に入れろ!

 ここで死なせる訳にいかんし、死霊について誰よりも詳しいはずだ」

 竜也は、戸惑いながらも受け入れる指示を出した。

 混乱を防ぐため裏口へ自ら迎えに出向くと、そこには傷だらけで疲れ切った母娘がいた。その顔は、尋常ならぬ不安に覆われている。

 ただならぬ事態に嫌な予感を覚えながらも、竜也は二人を社長室に通した。


 社長室では、ひな菊と陽介が震えていた。

(何よ……何なのよ、これ全部……あたしのせいだっていうの!?)

 ひな菊は、真っ青な顔で自問する。

 白菊塚に白菊を供えたら、本当に死霊が出た。そしてその死霊は、もう何人も人を食い殺して今も被害を広げ続けている。

 必死で目をつぶるひな菊の瞼の裏に、さっきの惨劇が蘇る。

 真っ白な蝋人形のような肌をして、腹を破られ内臓を晒しながら歯をカチカチ鳴らしていた若い女性従業員。

 ひな菊の計画では、ただ空き缶を拾ってちょっと豪華な贈り物を受け取るだけのはずだった。

 それが死んで化け物になって帰って来て、何人もに噛みついた。

 彼女を助けようとした他の従業員、そして何も知らずに助けに来た救急隊……あの絶叫と血まみれの部屋は、もう二度と忘れられない。

 さらに、ホールにいた……おつかいに出したもう一人に噛まれたと思しき怪我人。

 その全てが、白菊塚からあふれた死霊に起因しているのだ。

(い、いやっ……そんなつもりじゃなかった!

 だって、あんなのどう考えても嘘だって……有り得ないって思ったのにぃ!!)

 ひな菊は必死でかぶりを振り、言い訳する。

 確かに白菊伝説は知っていたし、禁忌も聞いていた。でもそれがおとぎ話だと思っていたんだから、嘘だと思って証明しようとしたんだから、仕方ないじゃないか。

 どれだけ人が死んだって、罪に問うのはあんまりじゃないか。

 だが、ひな菊がいくら否定しても現実は容赦なく迫ってくる。

 今死んでいない怪我人も、数時間のうちに命を落として化け物になってしまう。そして、禁忌を破った者を裁きに死霊の巫女が来る。

「やだやだやだっ!!死にたくないバレたくないぃ!!」

 半狂乱になるひな菊の耳に、扉をノックする音が響く。

 ギクリとして振り向くと、入ってきたのは見覚えのある少女だった。

「聖子……?」

 ひな菊の目に、光があふれる。そうだ、神社の娘で死霊の声が聞ける聖子がいるじゃないか。聖子が助けてくれるなら、きっと……。

 そのすがるような視線に憎らし気な歯ぎしりを返して、聖子は言った。

「平坂神社は落ちたわ。もう、この村に安全地帯なんてない!」

 ひな菊の視界は、再び真っ暗になった。

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