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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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81.一難去って

 負傷者を隔離しても、白川鉄鋼の危機はまだまだ続きます。

 囮の若者への田吾作からのアドバイスにより、もっと恐ろしい危機が明らかになります。


 これだけの危機を前に、竜也は何を思うのでしょうか。

 負傷者の隔離を終えてひとまずの安全を確保すると、竜也はこれからの動きを考えることにした。

 そこに、事務長が囮の若者を連れて来る。

「五千万と、それから今後一切関わらない誓約で落ちました」

 事務長が、竜也に耳打ちする。

 囮の若者はひな菊が禁忌破りを主導した真実に気づいており、自分がその片棒を担がされて危険に巻き込まれたと怒り心頭だった。

 この若者にそれを社員たちに広められたら、白川鉄鋼は危機に陥る。

 かといって、切り捨てる事もできない。放り出して逃げて村人たちと合流されたら大変だし、今になって分かったことだが、この若者は田吾作から生き残るヒントをもらっているのだ。

 白川鉄鋼がこの夜を生き延びるために、できれば味方にしておきたかった。

 そこで、竜也は事務長にこの若者の買収を指示した。今夜若者を優先的に守り、生き延びたら秘密と引き換えに大金をやると持ち掛けた。

 結果、交渉はうまくいった。

 若者としても、ここで孤立して放り出されたら生きられる気がしないし、白川鉄鋼から離れた後の生活が心配だった。

 そのため若者はひな菊への怒りを飲み込み、買収に乗ったのだ。

「せいぜいしっかり守ってくださいよ、社長さん」

 ぞんざいな言い方に鼻白みつつも、竜也は早速若者に質問する。

「根津くんこそ、君の命のためにもきちんと答えてくれたまえよ。

 君は田吾作さんと一緒だった時、生きるためのアドバイスをもらったらしいね。それと今の状況を照らして、さらに何かすべき事や気を付けることはあるかね?」

 囮の若者……根津は、素直に答えた。

「今夜のこの村に平坂神社以外の安全地帯は存在しない……さっき流れた防災放送の根拠ッスね。

 それから、噛まれた者は側に置くな、死は伝染する。これはさっきの無線で言われた通りで、対策は間に合ったんですよね。

 後は……死霊の巫女が現れたらすぐ逃げろって」

「死霊の巫女?」

 また新たな言葉が出てきて、竜也と事務長は首を傾げた。

 二人とも村外の出身で村の伝説などおとぎ話としか思っていなかったため、これに関しては全く分からない。

 しかし、知らないままでは生き残れないのだ。

「この中で、死霊の巫女に心当たりがある者は?

 それから……そちらに何か記録が残っていませんか?」

 竜也は、すぐに社員たちと無線機に質問した。

 すると、村出身の年配の社員が答えた。

「そいつは、野菊でねえかなあ?白菊姫が殺された時、初めてこの村に死霊を発生させた昔の平坂神社の巫女さんだ。

 わしが聞いたところによると、禁忌を破って死霊を再び呼び出した奴を殺しに来るとか……」

 竜也は、ギクリとした。

 禁忌を破った犯人と言えば、まさに今ここにいるひな菊と陽介ではないか。

 その不安に追い打ちをかける情報が、無線機からも届く。

「あまり詳しくはないが、こちらにも一応それらしい情報がある。

 前回禁忌を破った軍人の邸宅に、神通力を持つ巫女姿の死霊が現れたらしい。そいつは周囲の死霊を統率し、物や人を短時間で朽ちさせる力を持つ。

 大量の死霊を引き連れて襲ってくるし、どんなに守りを固めても朽ちさせて突破してしまうから、これに狙われたら生き残るのは難しい。

 それこそ、死霊が一切入れない平坂神社に逃げ込むしかないらしい」

 竜也の背中に、冷たい汗が流れた。

 そんな奴がいるなら、この白川鉄鋼が狙われるのは火を見るより明らかだ。

 だって、そいつが狙うのは禁忌破りの犯人……ひな菊と陽介だ。実行犯だけなら陽介を叩き出せば何とかなるが、ひな菊も含まれていたら……。

(まずいぞ、本当に情報通りならここにいては危険だ!

 無事な者全員で平坂神社に行くか?いや、それではこの中に禁忌破りの犯人がいると白状するようなものだ……)

 必死に思案する竜也を嘲笑うように、無線機の声が言う。

「まあ、そちらが禁忌破りに関与していなければ、そこで守りを固めているのが一番だろう。巫女は犯人しか狙わないらしいし、普通の死霊なら建物で簡単に防げる。

 無理に平坂神社に逃げて被害を増やすことはない。

 こちらから伝えられるのは、それくらいだ。

 では、私もこれから忙しいので失礼するよ。そちらの無事と健闘を祈る!」

 それを最後に、外部からの通信は途絶えた。


 竜也は、二の句が継げずに立ち尽くしていた。

 今、竜也の守りたい多くのものが危機に瀕している。身を粉にして働いて築いてきた会社、ついて来てくれる社員たちからの信頼。そして彼らの命。さらには自分と、何よりも大切な一人娘であるひな菊の命。

 しかしこの危機を招いたのは、他でもないひな菊なのだ。

 自分のすぐ近くで、目の前で既に何人もの人が死んでいる。おまけにこのままでは、ひな菊を裁きに人智を超えた化け物が攻めてくる。

 その全てが、ひな菊のせいだと知れたら……。

「社長さん、これ、金庫にお願いします」

 女の事務員が、泣きながら何枚もの紙を差し出してくる。

 表にはみな、遺書と書かれていた。

「さ、さっき……別室で拘束してた救命士さんが一人亡くなって……その、死霊に……!それで他のみんなも覚悟を決めて、せめて意識があるうちに遺言をって……ううぅ!」

 この死の全てが、悲しみと痛みの全てがひな菊のせいと知れたら……。

 そうかと思うと、陽介の父がドヤ顔で胸を張って声をかけてくる。

「へへへ、社長、力が必要なら何でも声かけてくださいよ!

 社長が俺に目をかけてくれるのは知ってます!課長にしてくれるってんだから、俺もしっかりそれに応えて働きますぜ。

 皆で頑張って、生き残りましょうや!!」

 いきなり身に覚えのない約束を聞かされて面食らったが、すぐに想像がついた。

 ひな菊は禁忌破りの実行犯に、こいつの息子である陽介を使っている。おそらくそれと引き換えに、この男を課長にすると言ったのだろう。

(さっきからずいぶんやる気だと思っていたが、そういう事か……!

 ひな菊……おまえは一体、何をどれだけかき回すんだ!!)

 もうめちゃくちゃだ。このままでは、会社も自分も風前の灯だ。

 しかし、それでも竜也にひな菊を捨てるなんて考えはない。竜也は誰よりも愛しい愚かな娘を守るために、必死で道を探るしかなかった。


 それに、まだ負けが決まった訳ではない。

 意外なところから、意外な駒が転がり込んでくることもある。


 赤い月の下、身を寄せ合って必死に歩く一組の母娘が、工場に近づいてきていた。

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