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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
80/320

80.隔離(内)

 外から隔離されて憤る社員たちですが、彼らの中にもさらに分けるべき者がいました。自分たちがやられた事を、今度はやる必要が出てきます。

 ゾンビの鉄則、噛まれた者は……。


 そしてもう一つ、この場を崩壊させかねない隔離対象が隠れていました。

「畜生……畜生……!」

 ホールが、絶望に支配されていく。

 助けが来ない、逃げることも困難だ。村の中に恐ろしい人食いの化け物がはびこり、そのうえ会社の中にも発生してしまっている。

 このままでは、自分たちは朝まで生きていられるだろうか。

 周りから見捨てられ、危険地帯のまっただ中に残されて。

 しかも、どうしてそうなってしまったのかと理由を問えば……それは、ただ今夜ここにいたからというだけ。

 何も悪い事をしていないのに、どうしてこんな目に遭うのか。

 あまりの理不尽さに、やり場のない怒りが生まれる。

「くそっ……こんなド田舎に勤めたせいで……」

「結局役人なんてなあ、本当に困ってる奴を助けやしねえんだよ。

 税金は払うだけ無駄だ!こんな国なんざいっそ潰れちまえ!」

 ここにいる理由を作った、助けを出さないと判断したものに口々に不満と恨みをぶちまける。もうどうにもならないから、せめてこの気持ちだけは少しでも晴らしてやろうと。

「キャッ!?」

 いきなり、社員の一人がひな菊の髪を掴んだ。

 その社員は、恨みに染まった目でひな菊をにらみつけて呟く。

「そもそもなあ、こいつがお月見なんか開かなきゃ、俺はさっさと村の外に帰って助かってたんだよ。

 外から来てる奴らが巻き込まれたのは、全部おまえのせいだ!

 俺らが納得できるまで、殴らせろよオラァ!!」

 周りにいた村外出身の者たちも、目を血走らせてひな菊に詰め寄る。

「やめろ、ひな菊さんに手え出すなぐはっ!?」

 陽介が助けに入ろうとするが、大人の力には敵わず組み伏せられる。

「おまえら、俺の息子に何しやがる!!」

 それに陽介の父が怒り、あっという間に一触即発の状態になる。他の社員たちも内心ひな菊に同じような思いを抱いているため、積極的に止めようとはしない。

 こういう時いつも冷静に止めに入る竜也も、最愛の娘が暴力に晒されそうになっているとあっては穏やかではない。

 だが、その不毛な争いを止める声があった。


「それよりも、今君たちには生き残るためにすぐやってもらいたい事がある」

 それは、外とつながる無線機からだった。

 助けが来ないし脱出路も封じられていると知った時点で、社員たちはもはや聞くことはないと無線機に興味を失っていた。

 だが、今の言葉に全員が再び無線機の方を向いた。

 理由はただ一つ……生き残るために、という言葉に反応したのだ。

「生き残れる……対策、あるのか?」

 社員たちが争いを忘れて聞き入る中、無線機の声は告げる。

「何度も言っているように、死霊が活動するのは日の出までと確定している。だからそれまで自分を守り抜けば、助かるんだ。

 しかし今の状況を聞く限り、このままでは助かる可能性は限りなく低い。

 それを少しでも上げるために、できるだけ迅速にやるべきことがある。

 死霊に噛まれた負傷者を、すぐ別室に隔離するんだ!」

 それを聞いて、社員たちは思い出したように負傷者たちに目を向けた。

「噛まれた負傷者?そう言えば、救急隊にも外から帰ってきた奴にもそういうのが数人おるなあ」

 言われてみれば、彼らは自分たちのすぐ側にいる。

 死ねば死霊となり、自分たちに襲い掛かる危険な存在が。

 中でも顔面と手首を食いちぎられた救命士二人は今も出血が止まらず、危険な状態だ。放っておけば、最悪このホールで死霊と化すだろう。

 だが、そうでない者もいる。

 竜也が、無線機を通じて問う。

「噛まれた負傷者……全員ですか?

 明らかに今夜中に死にそうなのはともかく、軽傷の者は手当てをすれば日の出までもつと思われますが。

 そういう者を隔離して放置するのは、犠牲を増やすことと考えますが?」

 だがその意見に対して返ってきたのは、残念そうなため息と否定だった。

「そうだな……普通の傷なら、それが正しいだろう。

 しかし、死霊に傷つけられた者はそうではない。

 死の穢れをもらった、とでも言うのか?そうなった者は傷の手当てをしても、その傷から急速に腐って数時間で死んでしまうのだよ」

「は……!?」

 いきなり突きつけられた事実に、社員たちは驚愕した。

 噛まれても死ななければ大丈夫と思っていたが、そんな甘い話ではない。噛まれた時点で、数時間後には死霊の仲間入りが確定するのだ。

「何てことだ……まずいぞ、今噛まれている者は日の出に間に合わんぞ!」

 額に汗を浮かべてそう言う竜也の目は、負傷した社員たちに向いていた。

 負傷した社員たちは、慌てて首を横に振る。

「ちょ、待ってくださいよ!

 僕なんか本当に、ちょっと傷がついただけですよ!?それが数時間で死ぬなんて、そんな事ある訳……」

「確かめたければ、噛まれて少し時間が経った者の傷口を見てみたまえ。

 明らかに時間不相応に、傷の周囲が壊死しているはずだから」

 負傷者の反論を遮って、無線機から指示が届く。

 それを聞いた途端、ひな菊を放した社員たちが負傷者に飛びかかり、押さえつけて動けないようにした。

 そして、傷を覆っている布を乱暴にはぎ取る。

「あっ!!」

 その下を目にした全員が、目をむいた。

 露わになった傷口は、無線機から言われた通り腐りかけていたからだ。

 傷自体は小さいのに、グズグズと崩れて広がり始め、周りの皮膚まで色が変わり始めている。どう見ても、この短時間で自然に起こる変化ではない。

 救命士の石田も、負傷した救命士たちの傷口を見てみた。

「うわっ……何だこれは!」

 手首の傷も指の傷も、社員の傷と同じように壊死し始めていた。

 顔の皮をはがされた傷に至っては、むき出しになった肉がどす黒く変色し、腐臭を放ち始めていた。傷に近い鼻や口はただれて血汁を流し、もう本人は虫の息だ。

 このおぞましい光景を前に、無事な社員たちは理解せざるを得なかった。

 こいつらを隔離しなければ、自分たちの生存はないと。


 竜也は、重い足をどうにか動かして負傷者たちの前に立った。そして息を整えると、深々と頭を下げて言う。

「本当に、君たちには受け入れがたいことだと思う。

 しかし、私は今無事な社員たちを日の出まで生かさねばならない。

 辛いだろうが、どうか隔離を受け入れてくれ!」

 形としては、お願い。しかし実質は、逆らう事の許されない社長命令であった。

 今噛まれてしまっている者たちは、必ず日の出までに死霊になってしまう。そして、側にいる人間に襲い掛かり死を伝染させる。

 だからこれは、今ここにいる無事な人間全員の願いであった。

 周囲からの無言の圧力と尊敬する社長の懇願に、社員たちは折れざるを得ない。

 しかし、若い救命士が一人取り乱して叫んだ。

「冗談じゃない、何でおれが死ななきゃならないんだ!?

 俺は何も悪いことをしてない、ただ仕事で助けに来ただけだ!村の呪いとか、そんなの知らなかった!

 なのに、ただここにいただけで、死んでたまるかよ!!」

 社員たちの手をものすごい力で振りほどき、廊下に向かって走り出す。

 だが、その若い救命士の行く手に陽介の父が立ち塞がった。すれ違いざまに足を引っかけて転ばせ、馬乗りになって取り押さえる。

「大人しくしろや、人殺しの元が!」

「そんな言い方はよしたまえ!

 だが、これで証明されたな……今この村にいる誰も、外に出してはいけないことが」

 竜也は、落胆したようにぼやいた。

 こういう人間がいるから……死ぬと分かっていても周囲の事を考えず自分の命に固執する輩がいるから、被害を広げないために隔離するしかない。

 まさに自分たちの命が脅かされたことにより、社員たちは隔離されたことへの怒りを抑え、負傷者を別室へ運び始めた。

 さらに、竜也はもう一つ隔離を指示した。

「またさっきのような事が起こらんとも限らん、ひな菊はここから離れて社長室にいろ。

 それから……陽介君だったかな?君もひな菊の側にいてやってくれ」

 真っ青になってガクガク震えていた二人は、それを聞いてほうほうの体で逃げていった。


 こうして白川鉄鋼は事態を把握し、危険の隔離に成功した。

 死霊と化して襲い掛かってくるであろう負傷者と、そして禁忌破りの秘密を漏らし団結を崩壊させかねないひな菊と陽介を。

 だが、これだけやっても皆が日の出まで無事でいられるかは神のみぞ知るところであった。

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