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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
79/320

79.孤立無援

 ここで力ずくで脱出できれば、さらなるパニックの広がりが期待できるんですけどね……そこまで話を広げる気はありません。

 なので、村人たちに村の外への逃げ道は……。


 野菊がこれを生み出した昔は、そこまで外に被害が広がらなかったんですけどね。

 時代が変化することで危険性が変わることもあります。

「う、嘘だろ……そんな……!」

 社員たちが、ふらつきながら呟く。

 自分たちは、もう当たり前のように享受していた公共の助けを求めることができない。助けを出す大元に、見捨てると宣言されたのだ。

 今の今まで目の前にあった希望の光を、一息に吹き消されたようだった。

 しかも、今自分たちを襲ってきているものが死霊であると断言されてしまった。これまで存在を信じてもいなかった化け物が、自分たちのすぐ側にいるのだ。

 その状況で、助けてもらえないのだ。

 つまり自分たちは、自力でそのおぞましい化け物に抗うしかない。

 これが社員たちに突きつけられた、逃れようもない現実であった。


 だが、その中でも竜也はまだ希望を捨てていないように見えた。

「そちらの事情は分かりました。死霊の存在についても、私自身そうでなければ説明のつかないものを見たので認めます。

 しかし、大切な社員と家族の命をはいそうですかと諦める訳にはいきません。

 助けを出せないのは分かりました。

 しかしこちらが自力で脱出して村の外まで到達した場合は、保護していただけますか?」

 助けが来ないなら、自力で脱出すればいい。

 相手の方針に逆らわない代案を提示し、竜也はなおも交渉を続けようとする。

「死んで化け物になってしまった者は、心苦しいですが諦めましょう。ですがここにはまだ、百人近い生きた人間がいるのです。

 確実に生きている者だけで脱出するので、途中で拾っていただけませんか?

 私には、社員たちを守る義務と責任があるのです」

 竜也は、社員たちを勇気づけるように言った。

 その言葉に、社員たちの目に少しだけ光が灯る。感謝と感激に潤んだ目で、すがるように竜也を見つめる。

 もっとも、これは竜也にとってあくまで社員たちの信頼をつなぎとめるポーズだ。本当にこれで助けを引き出せるなどとは、思っていない。

 だって向こうにも、同じように守るものがあるのだから。

「そうか、分かった。あなたは本当に部下思いのいい社長だ。

 しかし、それでも今の君たちを受け入れることはできない。

 今、警察が村につながる道路を封鎖していてね……期間は、死霊が活動できなくなる日の出までだ。それまでにそこを通ることは、何人たりとも許されない。

 死霊及びそうなる可能性のある者を、出す訳にはいかないのだよ」

 社員たちの希望を叩き潰すような無情な声が、無線機から届けられる。

「そんな……あなたたちは、人の命を守ろうと思わないんですか!?」

 女の事務員が泣きながら訴えたが、答えは変わらなかった。

「そちらに今何十人が生きているのか知らないが、その周りの地域にだって何万人もの人が暮らしているのだよ。

 我々には、その何万もの命を守る義務と責任がある」

 まさしく、竜也の予想した通りの答えだった。

 今ここにいるのは皆まだ人間だが、傷つけられて死ねば死霊になるのであれば、避難先で死霊が発生することも十分有り得る。

 その時被害に遭うのは、何の罪もないし事情も知らない無関係の人間だ。

「でも、それは可能性の話だぞ!

 今までそんな話は聞いたことがねえし、本当にそうなるかなんて分かりゃしねえ!」

 諦めきれない社員たちが、なおも食い下がる。

 だが、無線機の声は淡々と告げた。

「記録があると言っただろう。事が事だけに公になってはいないが、前回の災厄で隣町が被害に遭っているんだ。

 戦時中に災厄が起こった時、一人の軍人が傷つきながらもジープで村を脱出し、隣町の病院に辿り着いた。そいつは自分が助かりたいがために事情を話さず、そのまま病院で死霊と化して医師や看護師を噛み殺した。

 その病院は日の出を待たず死霊の巣窟となり、火を放って焼き払うしかなかった。

 公には不審火となっているが、そういうことがあったのだ!」

 今まで全く知らなかった事実を告げられ、社員たちは唖然とした。

 しかし、救急隊の一人が青くなって呟く。

「……そ、それ聞いたことあるぞ!

 確かにあそこの市民病院は戦時中に一回全焼してて、そういう化け物を滅ぼすために燃やしたとかいう噂があったけど……コレだったのか!」

 公になってはいなくても、その記録と隠し切れなかった噂は残っている。

 もう、自分たちが助かろうとすることの危険性を誰も否定できなかった。


 それでも、他人の迷惑と自分が助かりたい気持ちは別物である。

 公の助けを切られてさらに命が惜しくなった一部の社員が、目を血走らせてどうにか助かろうと足掻き始める。

「クソッ!だからって大人しく死んでたまるかよ!」

「地図出せ地図!

 村から出る道路が封鎖されてたってな、道じゃねえところまでこの短時間で封鎖できるもんか。

 どっか近くを通る道路、線路でもいい!とにかく人が通る道に出て、そこで拾ってもらってここから離れるんだ!」

 どこか別の脱出路を見つけようと、村周辺の地図を出して目を凝らす。

「おい、やめたまえ……」

 竜也はすぐに止めようとしたが、少し地図を見ると押し黙った。

 止めるまでも、なかったからだ。

 菊原村から他地域につながる道は、一本しかない。周りはぐるりと山に囲まれており、近くを通る道路はその向こうだ。

 鉄道もこの村を通っておらず、線路も近くにはない。むしろ山の中を通っていく線路が、ここを避けて迂回しているようですらある。

 その理由が、無線機の向こうから語られた。

「道路以外から脱出することはお勧めできない。封鎖した道路以外の幹線道路や線路に徒歩で辿り着くには、少なくとも4時間はかかるだろう。

 交通網が、そのように作られているのだから。

 前回あんな事があって、道を作る側が何の対策もしないと思ったかね」

 それを聞いて、竜也はぐっと奥歯を噛みしめる。

(不便な土地だとは思っていたが……そういうことか!)

 ここに工場を立てた時、交通の不便さがネックだとは思っていた。だが、そのせいで土地が安いとは思っても、それがなぜなのかまでは考えなかった。

 実は、これこそが次の災厄で被害を広げないための対策だったのである。

「昔……移動手段が乏しい時代なら、単に距離を取るだけで他への被害を防げるだろう。死霊が出るのは一晩なのだから。

 だが、今時世界は狭いんだ。

 もし死霊やなりかけの人間が幹線道路や鉄道に出たら、何分で無防備な住宅街に、何時間で都市に到達すると思う?

 我々は、全力でそれを防がねばならなかった」

 この村に、外への逃げ道はない。

 この忌まわしい村に今夜いる時点で、既に脱出路は閉ざされていたのだ。

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