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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
78/320

78.隔離(外)

 外部との唯一の通信手段から告げられたのは、残酷な言葉でした。


 そもそも通信手段が断たれた時点で、これを予想した読者の方はいるのではないでしょうか。

 村の災厄について、記録はしっかり残っているんだから当然対策も……。

「は?一体、どういう事だよ?」

 社員たちも救急隊も、己の耳を疑った。

 今、無線機を通じて届けられた回答。救援を、送ることができないという。こちらには、こんなに救護が必要な人がいるのに……。

「どういう事じゃ、コラアァ!!」

 一瞬で、怒号が爆発する。

「助けに行けんだと!?死にそうな奴を見殺しにするっちゅうのか!」

「ふざけるな!何のための救急だ!何のために税金納めとるんだ!!」

 社員たちは鬼の形相で、無線機に怒鳴りつける。

 当然だ。助けが来ないということは、他ならぬ自分たちが助けてもらえないということだ。怪我人の何人かは、放置されれば死ぬかもしれない。

 それに、公的な緊急サービスはあって当たり前のものなのだ。

 日本人は皆、危機に陥ったら公的機関が助けてくれる安心の中で生きている。そのために税金を納めているのだから、必ずかけつけてくれると信じている。

 それをこんな風に裏切られたら……。

「職務怠慢だぞバカヤロー!!」

「こっちは大変だってのに、おまえらには人の心がないのか!!」

 我を忘れた罵声が、ホールを埋め尽くす。年配の救命士……石田がまだ何か話そうとしているが、周りがうるさくて向こうの声が聞き取れない。

 しかし、ここで竜也が社員たちを制した。

「黙れ!!向こうと話ができん!」

 信頼厚い社長の一声に、社員たちはどうにか我に返った。

 竜也は、自らも怒りを抑えながら声を張り上げる。

「そのように騒いでも、何も解決しない!

 まずはあちらの言い分を聞いて、それから考えるのが筋だろう。救援を送れないその理由を、我々は一言も聞いていないのだぞ。

 やむを得ない理由があるのなら聞いて、そのうえで善後策を考えるべきだ」

 竜也は、無線機の向こうに話すよう促した。

「……社長さん、ありがとうございます」

 石田は竜也に深く頭を下げ、無線機の音量を上げた。


 無線機から、今ここに届く唯一の外の声が流れ出す。

「多くの人が苦しんでいる中、助けに行けなくて非常に申し訳ない。安全への信頼を裏切ってしまったこと、誠に心苦しく思っている」

 最初に流れてきたのは、謝罪だった。

 だが、これはだから何だという感じだ。いくら謝られても、社員たちの置かれた状況が変わる訳ではないのだから。

 竜也が、ドスのきいた声で相手の言葉を切る。

「謝罪はいい。それより早く状況の説明を」

 その険しい言葉に、無線機の向こうにいた相手はしばし黙る。

 いくばくかの不穏な沈黙の後、無線機の声は告げた。

「助けに行けないのは、外部への被害の拡大を防ぐためだ。君たちが外に助けを求める事で、もっと多くの人が巻き込まれる。

 よってこの村は、その……隔離されている」


「隔離?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 隔離そのものの意味は分かる。伝染性の高い疫病や無差別に危険をまき散らすものが発生した時に、その地区ごと閉じ込めることだ。

 だが、それと今の自分たちに何の関係があるというのか。

 発生しているのは怪我ばかりで、病気など流行していない。不審者や村の老人たちの陰謀だとしても、警察なら容易く制圧できるはずだ。

 なのになぜ、自分たちが隔離されねばならないのか。


 困惑する社員たちに、無線機の声は続ける。

「今君たちに降りかかっている災いは、人から人へ伝染する性質のあるものだ。いや、うつす側はもう人と言っていいのか……。

 とにかく、この状況は条例によって隔離対応が定められている。

 君たち、菊原村条例43条を知っているか?」

 流れてきたのは、聞き覚えのあるキーワードだった。

「先ほど、それに基づく緊急の防災放送が流れていました。通称ヨミ条例、村に伝わる白菊姫伝説と関連していると聞いております」

 竜也が答える。

「しかし、内容は脅威となるものが明言されておらず要領を得ません。

 その脅威に当たるものとして黄泉から死霊があふれだすなどという話を聞いたことがありますが、荒唐無稽で話になりません」

「そうか、荒唐無稽……現実的に考えればそうだな」

 無線機から、深いため息が聞こえた。

「だが、少なくとも我々の側の考えではそれは実在しているのだ。記録があり、条例があり、周辺地域にも対応が定められている。

 簡潔に言おう、死霊はいるのだ。

 我々は、それを村の外に出さないために今村を隔離している」


 ホールにいる全員が、言葉を失った。


 白菊塚に中秋の名月に白菊を供えると、死霊が出る。

 村人なら誰でも知っているし、外から来ている者もその時期に村にいれば必ず耳にする話。絶対にそれをしないように現実で対策すらとられている、禁忌。

 といっても、ほとんどの人は本気にしていなかった。

 だって、それによってもたらされる脅威……死霊が現実にいると思えなかったから。

 所詮、おとぎ話のようなものだと思っていた。実体のない伝統を、小さな村が躍起になって守ろうとしているのだと思っていた。

 だが今、外部の公的機関の人間がその存在を認めたのだ。

 しかも、そのために公の力を使って村を隔離しているというのだ。人を救うための、緊急通報への対応すら止めているのだ。

 これはもう、冗談では済まされなかった。


「死霊がいる、だと……?」

 ようやく発した竜也の声に、無線機の向こうの声は続けた。

「そう、死霊……実体があるのでゾンビと呼んでもらっても構わない。人の肉を食うので、むしろその方が分かりやすいだろう。

 しかも映画などのゾンビと同じように、感染する。噛まれて死んだ者も同じように、死んでいながら人の肉を求めて襲い掛かってくる。

 さっきの状況説明から、君たちもそれを見たのではないか?」

 言われて、はっとした。

 噛まれて死んだはずの者が起き上がり、別の者に噛みつく……これはまさに、さっき竜也たちの目の前で起こったことではないか。

「そんなものが村の外に出たら、どうなると思う?

 事情を知らない者は、いや知っていても情に流されて助けようとするだろう。そして次々と噛まれ、被害が広がる。

 出動停止命令が間に合わなかった、そこの救急隊のように。

 何の関係もない人たちが、どんどん同じ目に遭うんだ」

 傷を負った救命士たちは、息を飲んでそれを聞いていた。

 自分たちが有り得ない状況に困惑しつつも助けようとしたものは、既に化け物になっていたのだ。

 噛まれて出血多量で倒れ、同じようになった仲間の一人もまた……。

「石田たちには、本当に悪い事をした……。

 条例発動の知らせが村からあってしばらく、我々は対応を決めかねていたのだ。長いことなかった事態だし、その……死霊という存在を我々も信じられなかったから。村を丸ごと隔離しておいて、嘘だったら後々大事になるというのもあった。

 だから村の防犯カメラの映像などを確認して、明らかに異常な状態で動いている人のようなモノを確認し……隔離命令を出した時には、既に君たちは出動してしまっていた。

 電話やネット等の通信手段を遮断したのも、それからだ」

 社員たちは、背筋が凍りながらも納得した。

 電話が通じなくなったのは、助けが呼べないように通信を遮断されたから。それでもさっきまで使えたのは、対応が遅れてタイムラグがあったから。

 そして今、自分たちを隔離する命令は実行に移されている。

 これからはもう、一切外に助けを求めることができないのだ。

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