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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
76/320

76.寸断

 惨劇の場から逃げたひな菊は、どうしていたでしょうか。

 ゾンビもので、「ここまで来れば大丈夫」はフラグでしかありません。平坂神社が壊滅した以上、もうこの村に安全な場所などないのです。


 そして、予想だにしなかった新たなトラブルが……。

 ひな菊は、ホールで大勢の人に迎えられてようやく人心地ついた。足の力が抜けてへたり込みそうになるひな菊を、陽介が支えて椅子に座らせる。

「ひな菊さん、大丈夫ですか!?

 一体何があったんですか!?」

 陽介が気遣うように尋ねてくるが、ひな菊は答える気になれなかった。

 自分がさっきまでいた部屋で見たもの、起こったこと……あんな恐ろしい事を皆に伝えたら、パニックを起こすのは確実だ。

 少なくとも、父が来るまで自分が下手なことを言わない方がいい。

 父に無断で禁忌破りをして大変な事になったおかげで、ひな菊は学んでいた。

「い、今はちょっと……休ませて……」

 息を整えながら、陽介の詮索をかわす。

 ここにはたくさんの人がいるし、ここはまだみんな平和にしている。だからここまで来れば、安心して休めるはずだ。

 ひな菊は体の力を抜き、呆けたように辺りを見回した。


 しかし、その顔はすぐにまた恐怖に染まる。

「あ、あんたたち……それ、どうしたの?」

 ひな菊は、部屋の隅に座り込んでいる一団に声をかける。

 そこには、先ほどひな菊を恐怖のどん底に陥れた、血の色があった。数人の社員が手や足を血染めの布でくるみ、青ざめた顔で俯いている。

「ああ、これは……ちょっと外でトラブルがありましてね……」

 一人が痛みに歪んだ顔を上げ、説明する。

「車で集落に帰る途中、うちの作業服を着たヤツを見たんですよ。

 全身血だらけでひどい怪我をしてるようだったんで、車に乗せて連れて帰ろうとドアを開けたら、いきなり噛みついてきたんです!

 同乗してた皆でなだめようとしたんですが、噛まれるばかりで……。

 どうしようもなかったんで、蹴り出して置いて来ちまいました」

 ひな菊は、ぞわりとした。

 同じような話を、聞いた事がある。さっきいた部屋で惨劇を起こした、あのおつかいに行かせた女と同じではないか。

 悪夢の欠片は、既にこのホールにも入り込んでいたのだ。


「とにかく、救急車を呼ばんと」

「ああ、指を食いちぎられとる奴もおるで」

 恐怖に凍り付いたひな菊の前で、社員たちが心配そうに言う。

 ひな菊は既にここに救急車がいることを知っていたが、ここで言う気にはなれなかった。だって、その救急車の人はさっきの部屋で手一杯だ。

 それに、さっきの部屋で新たに出てしまった怪我人のためにも、別件で新たに救急車を呼んでほしかった。

 何より、今は一人でも多く外部の人に来てほしかった。

 だが、電話をかけようとした社員たちが不穏な顔をし始める。

「何だ?119番がつながらんぞ」

「馬鹿な、緊急通報はいつどこでもつながらんと困るだろ!」

 程なくして、一人がすっとんきょうな声を上げた。

「ち、畜生……電波が圏外になってやがる!!」

 これでは、つながらないはずだ。携帯電話は線ではなく電波でつながっているため、当然それが届かない所では使えない。

 しかし、ひな菊はどうも腑に落ちなかった。

 この村は元から千ほどの人口があるため、電波がつながるようになっていたはずだ。この工場も元は電波の悪い場所だったが、父が工場を立てる時にそういう環境もきっちり整備したと聞いている。

 事実、さっきまでは問題なく携帯電話を使えていた。

 それが、一体どうしたというのか。

「あっ、俺のもだめだ!」

「私も、さっきはつながったのに……」

 他の社員たちも次々と自分の携帯電話を確認しては、同じようなことを言い始める。あっという間にホールはちょっとした騒ぎになった。

(や、やだ!何が起こってるの、これ!?)

 安全だと思っていたホールでのこの騒ぎに、ひな菊の小さな体が再びこわばって震え出した。


 と、そこで妙に冷めた声が響く。

「あ~やだやだ、今の若い子たちはケータイがないと何もできないのかしら?これだから困るのよねぇ~。

 電話なら、ここにあるじゃない」

 年配の女の事務員が、受付カウンターの上に置いてあった電話の受話器を取る。そして、見せつけるように優雅にダイヤルボタンを押し始めた。

 それを見て、社員たちの動揺がいくぶん和らいだ。

 そうだ、携帯電話が使えなくても固定電話があるじゃないか。電波障害を起こしやすい携帯電話と違い、有線の固定電話のつながりは安定だ。

 あんな嫌味な言い方をされたのは少しムカッとするが、今はとにかくつながる電話で通報することが大事だ。

 社員たちは固唾を飲んで、そのおばさんの挙動を見つめる。

 しかし、そのおばさんもすぐに慌て始めた。

「あらやだ、何で通じないのかしら?」

「おいおい、固定電話もまともに使えんのかよ」

 すぐに別の社員が替わり、同じように110番を押す。しかし、反応はさっきのおばさんと同じだった。

「何じゃ、かからんぞ!」

「おい、他の電話だ!」

 すぐに数人の社員たちが、他の電話がある近くの部屋に走る。しかし数分後戻ってきた彼らは、一様に首を横に振った。

「ダメだ、どこでかけてもつながらない!」

 社員たち全員の顔から、さーっと血の気が引いていった。


 ひな菊は、またしても起こった不可解な事態にどうしていいか分からなかった。

「パ、パパを呼んで来なきゃ……」

 何とかそう口にしたものの、あんな恐ろしい部屋に戻れる訳がない。

 だが、そこにバタバタと慌ただしくかけつけてくる足音があった。その中には、ひな菊と社員たちが待ちわびた社長がいた。

 実は年末から自分の携帯電話の調子が悪く、ひどい目に遭いました。電波があるはずの場所でもつながらないという……。

 新年早々、保険で交換する(有料)はめになりました。しかしwi-fiは使えたので、マンションのwi-fi様が神様に感じられたという。

 あと、家計削減のために固定電話を削除していたのがダメージ大きかったです。

 皆様も通信手段の吟味は慎重になさってください。

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