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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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70.招かれた災い

 アンデッドの類には、招かれないと家に入れないものも存在します。吸血鬼とか。


 この場合のゾンビ感染も、まさにそのパターンです。

 中で震えて守りを固めていればしばらく助かったものを、自分たちがよくないものを中に入れてしまうという……ゾンビの鉄板パターンですね。

 それからしばらくして、救出隊が白川鉄鋼に帰ってきた。

「大変だったそうだな。

 一人でも助けてくれて本当に感謝する。それが……彼女か?」

 出迎えた竜也は、作業着で縛られている女に目を向けた。二人がかりで運ばれている女は、膜が張ったように白くなった目をカッと見開いて身じろぎしている。

「はい、うちの作業服姿だったのですぐ分かりました」

「そうか。しかしひどい怪我をしている割には、血がしみていないな」

「ああ、俺らが取り押さえた時にはもう血は止まってたんです。見た時はびっくりしましたが、傷は意外と浅いかもしれません。

 足を引きずってはいましたが、歩けていましたし」

 竜也と話ながら、男たちは傷ついた女の体を運び込む。

 照明のある所に入ると、女の異様なまでに白くなった肌が晒された。一切の血の気が失われたような、不気味な白さだ。

 それを見て、救出隊の男たちが息を飲む。

 外は暗かったので、女がこんな顔色になっていることが分かっていなかったのだろう。

「うわ……これって、出血多量でヤバい状態なんじゃ……!」

「ああ、それか薬物で神経と血流がおかしくなっているかのどちらかだろうな。

 どちらにしろ、もうすぐ救急車が来るから搬送してもらおう」

 竜也の言葉に、救出隊の男たちはホッと安堵の表情を見せた。それは彼女の身を心配していたのもあるが、別の理由もあった。

「……病院できちんと診てもらえるなら、それが一番だわなぁ。

 こう訳も分からん状態で暴れられちゃ、たまんねえ」

 左手を脱いだ作業着でぐるぐる巻きにした年配の男がぼやいた。

 その作業着には、じっとりと血がしみ込んでいた。この男は女を取り押さえる時に、左腕をひどく噛まれたのだ。

 その時の女の様子があまりに常軌を逸して不気味だったので、男たちは内心恐怖を抱いていた。

 そして、その得体の知れない者からようやく離れられるというので、体の力を抜いて安堵しているのだ。


 竜也は救出隊と傷ついた女を、若者とは別の部屋に案内した。

 そこには竜也の秘書と白川家の家政婦、そしてひな菊が待っていた。ひな菊は父の顔を見ると、大喜びでとびついてきた。

「お疲れさま、パパぁ~!

 それで、どう?村の奴らのしわざだって証拠は手に入った?」

 竜也ははやるひな菊を抑えながら、慎重に言葉を選んで声をかける。

「こらこら、そんな証拠はないよ。あまり村の人を悪く言うのはやめなさい。

 だが残念なことに、被害は出てしまった。このぐるぐる巻きになっている女の人、ひな菊がおつかいを頼んだ人で間違いないね?」

 すると、ひな菊ははっとして傷ついた女の方を見た。

「そう、この人よ!間違いない!

 あたしが、差し入れの空き缶回収に向かわせたの!

 でも……何これ、血まみれじゃん!?一体何があったのよ!!」

 ひな菊と竜也は、ひな菊の禁忌破りを伏せて会話をしていた。

 ひな菊の禁忌破りがバレたら会社が大変なことになるので、知られたり悟られたりしてはいけない。

 身内の社員に対しても、だ。

 誰がどんな目的でこちらを攻撃しているのか分からないが、ひな菊の禁忌破りがそのきっかけになっているのであれば、社員たちが傷ついた責任はひな菊にもある。

 今この非常時に社員たちの信頼を失う訳にはいかないので、これは社員に対しても徹底的に隠し通す必要があった。

 そんな白川親子を見て、社員たちはますます二人への信頼を厚くする。

「まあ、こっちも痛い目にゃ遭ったが……それでも仲間を放っちゃおけんでなあ。

 そこが、社長さんの男気だで」

「ひな菊ちゃんもよく気づいてくれた。おかげで手遅れにならんで済んだ。

 よっぽど心配しとるんだろうな、あんなに泣きそうになって……」

 傷ついた女を見るひな菊は、血色を失って必死で震えと涙をこらえている。

 しかし、これは傷ついた女を心配してのことではない。何不自由なく育てられたお嬢様が生々しい血と異様な状態の女を前にして、恐怖で泣きそうになっているだけだ。

 それでも見てくれだけは場面に合っているので、社員たちがこの親子の部下思いに疑いを抱くことなどなかった。


 そこに、数人の事務員が手伝いにかけつけてきた。

「救急隊から電話で、あと五分くらいで着くそうです。

 ただ、病院までの距離が距離だし到着までにも時間がかかってしまったので……怪我をした方の様子を見て、必要なら心肺蘇生をお願いしたいと」

 年配の事務員がそう言って、傷ついた女に近づく。

 それを見て、救出隊の男たちは不安そうな顔をした。

「おい、おかしくなっとるから触ると危ないぞ」

「そうだ。それに心肺蘇生ってのは死にそうな重症患者にやるもんだろ?あれだけ暴れて歩ける元気があれば、そんな必要は……」

 その言葉に、神経質そうな事務長が露骨に顔をしかめた。

「その時歩けても、今そうだとは限らないだろう!

 こんなに血が出ているんだぞ。暴れたのだって、脳の酸素が足りないせいかもしれない。

 それを放置して、もし死んだり後遺症が残ったりしてみろ!それこそ社の責任問題だぞ!人一人の賠償がいくらになるのか、分かってるのか!?」

 言われてみれば、その通りだ。

 傷ついた女は取り押さえられてからずっと動けないように作業着で縛られ、鼻と口を袖で覆われている。

 今動けるか、息をしているかすらこのままでは分からない。

「これだけ人がいるのに、拘束されたまま放置されて死んだと知ったら、遺族はどう思うでしょう?

 裁判での心証も賠償や慰謝料の額も、変わってきますよ!

 むしろこれだけ人がいるのだから、多少暴れられてもどうにかなるはず。

 社長、拘束を解く許可を」

 竜也は、しばし考えた。

 頭の中を巡るのは、会社の未来とそれに連なるひな菊の将来。

「よし、拘束を解いて状態を確認しろ!」


 気づくはずもない……死霊の存在を真っ向から否定する頭で。

 彼女の体に起こっている変化に。それが今周りにいる人に与える危険に。そして……彼女がもはや、人間として手遅れになっていることに。


 竜也の指示の下、事務員が傷ついた女に手を伸ばした。

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