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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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68.帰らぬ者

 白川鉄鋼は社長の指示で守りを固めますが、逆に外に出てしまう者もいます。


 家族と合流したい者、そして……ひな菊が外に出してまだ帰って来ていない者がいましたね。

 状況がよく分かっていないゾンビ発生時に、不用意に人を外に送り出すとどうなるか……ゾンビファンの皆様にはもう想像がつくと思います。

 従業員たちは、迅速にそれぞれの行動に移っていた。

 危険な夜をここに留まって過ごすことを選んだ者たちは、手分けして門や建物の戸締りをして安全を確保する。

 これは家族がいない者や、村の外から来ている者が多い。

 守るものがある訳でもないし、わざわざ外に出て危険を冒すことはないからだ。

 逆に家族が村に住んでいる者の多くは、家族と合流しようと動き出した。まずは電話で家族に連絡し、動きを決めようとする。

 だが、ここで困ったことが起きた。

「あれ?何で携帯にかけても出ないんだ?」

 時間が経つにつれ、家族が電話に出なくなってしまったのだ。家の固定電話なら避難して家にいないからだと分かるが、携帯でも通じないのはおかしい。


 実はこの時、平坂神社に避難した白川鉄鋼関係者の家族は、禁忌破りに手を貸した疑いで他の村人たちから監視されていた。

 田吾作の証言で、どうも犯人は白川鉄鋼側だという話が流れたせいだ。

 そのため家族たちは、白川鉄鋼にいる家族と連絡を取れなくなっていた。そんな事をすれば、ますます疑われて吊し上げられる恐れがあるからだ。

 だから家族たちは、自分の身の安全のために携帯電話の電源を切っていた。


 そんな事とは知らない従業員たちは、慌てふためいて家や平坂神社に向かおうとする。

 外が危険だからこそ、家族を放ってはおけない。連絡が取れないということは、何かあったのかもしれない。

 自分が助けに行かなければ、と。

 しかし、陽介と父はそうしなかった。母は電話に出なかったが、日ごろから夫婦仲が悪かったため父は助けに行こうとしなかったのだ。

「フン、あの怠け者のケチ女なんざ、いなくなった方がせいせいする!

 あいつがいなくなれば、課長の給料と祝い金を好きに使えるぞ」

 父はこう言ったが、本当は父と母に仲良くしてほしい陽介は内心穏やかでなかった。

 それでも、本当に母が死ぬはずがないと思って黙っていた。母だって運動神経はいいし、まさか本当に死霊が出たとも思えない。

 とにかくこの一夜を越えれば家族にバラ色の未来が待っていると信じて、陽介はひな菊の側にいる方を選んだ。


 この状況は、秘書から社長の竜也に伝えられた。

「そうか……まあ、去る者は仕方ない。

 しかし、家族と連絡が取れなくなるのはおかしいな。これはますます、何かあったとして対応した方がよさそうだ。

 留まる社員については、できる限りの安全を確保せねば」

 すると、今まで泣いていたひな菊が何かを思い出したように顔を上げた。

「あっ……そう言えば、空き缶回収に二人外に出したんだ!

 白菊塚に向かわせて……まだ帰って来てない……」

 それは、囮にした若者が田吾作に捕まっていると陽介から聞いて、救出と睡眠薬入りビール缶の回収のために向かわせた二人だ。

 囮の若者は一人で戻って来て、あの二人は未だ音沙汰なしだ。

 ひな菊が事情を話すと、竜也は苦々しい顔をした。

「うーむ、それは気がかりだな。

 白菊塚への距離を考えると、何もなければとっくに戻ってきているはずだ」

 竜也はすぐさま社員名簿を取り出し、戻ってこない従業員の携帯電話に電話をかけた。しかし、応答はない。

 竜也の眉間のしわが、深くなった。

「これはまずいな……救出に向かわせた方がいいか。

 それに、おまえが猟師たちに薬物を盛った証拠がその場に残りっぱなしなのは非常にまずい。

 将来のために、多少危険を冒しても回収して処分せねば」

 白菊を供えさせたことが暴かれなくても、警備の妨害があった時点で契約上アウトだ。例の空き缶は、その決定的な証拠になる。

 竜也は、すぐに力の強い男の従業員を五人向かわせた。

「帰って来ない二人の捜索と、できれば外の様子を見てきてほしい。

 だが無理はするな、危ないと思ったら遠慮なく戻ってこい」

 必ず連れ帰れとは、言わない。空き缶回収も、まずは命じないで様子を探らせる。既に周囲を村人が固めていたら、強行に回収させるのは逆効果だからだ。

 最悪外の様子が分かるだけでもいいと思いつつ、竜也は五人を送り出した。

 五人は聡明な社長の判断だからと、勇んで赤い月の下に踏み出した。


 虫の音ばかりが響く田舎道を、五人は進む。

「あーあ、何かえらい事になっちまったな」

「一体何が起こってるんですかね……?」

 さっきまで気持ち良く仕事終わりの酒を飲んでいたのに、あの緊急放送が流れてからあれよあれよという間にどんどん状況が変わった。

 ひな菊の起こした混乱と酒のせいもあって、従業員たちはいまいち状況がよく分からない。

 放送も若者も外は危険だと言っていたが、何がどう危険なのかは分からない。今周りを見ても、特にいつもと変わったところはない。

 しいて言えば、月が赤いせいで地上も赤みを帯びているくらいか。

「こんな状況じゃなければ、外で珍しい月見酒ってのもいいんだがな」

「案外、戻って来ない二人もそんな事かもよ」

 軽口を叩きながら、白菊塚に向かう。

 自分たちは五人もいるし、万が一に備えて武器となる角材とスタンガンを持たされている。携帯電話も持っているから、いつでも工場に連絡できる。

 だから現実的に考え得るたいていの事には対処できるだろう。

 といっても、考えられる事など限られている。不審者か、暴動か、はたまたひな菊の言ったように村の古株どもの自作自演か……。

 相手はあくまで人であり、そうそう死ぬようなことはないと思っていた。


「あ、、あれは……?」

 先頭の一人が、何かに気づいて立ち止まった。

 街灯の光の下、足を引きずりながら近づいてくる一つの人影。長い髪をだらりと垂らして柔肌を晒した、小柄な女だ。

 無残に破られたその服は、間違いなく白川鉄鋼の作業服だ。

 服と肌は、むせかえるような鉄の臭いを放つ赤黒い汚れにまみれていた。

「あれ、うちの従業員だぞ!」

「大変だ、怪我をしてる!」

 男たちは、血相を変えてその痛々しい姿の仕事仲間に駆け寄った。

 その時、危険に対処するために持たされた武器を有効に活用することを考えた者は、誰一人としていなかった。

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