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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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67.竜也の思惑

 白川竜也が、村に対して強く出られなかった理由が明らかになります。


 上役を出し抜こうとして秘密裏に行動していると、その上役に自分を守ってもらえなくなるのは当然のことです。

 ひな菊は竜也を裏切るつもりではなかったのですが……それでも、竜也が本当に大切にしているものとは。

 重たい音を響かせて、社長室のドアが閉まる。

 竜也は無言のままソファに腰を下ろし、ひな菊に向き合って座るよう促した。ひな菊は甘えるように隣に滑り込もうとしたが、父の視線の圧力に弾かれた。

 ひな菊がしぶしぶ腰を下ろすと、竜也は口を開いた。

「さて、ひな菊……本当のところはどうなんだ?」

 何が、と野暮な聞き返しは意味がない。

 竜也が聞きたいのはただ一つ、白菊塚に白菊を供えさせたことだ。

 ひな菊は一瞬、本当のことを言おうか迷った。しかし父に正面からにらみつけられ、観念して口を割る。

「あたしが、陽介とさっきの若い子を使ってやった……」

「そうか」

 竜也の声には、明らかに落胆が混じっていた。

 それっきり竜也は黙ってしまい、二人の間には重苦しい空気が立ち込める。それに耐えかねて、ひな菊はまくしたてるように早口で言い縋る。

「あ、あのねっ……あ、あたしだって工場の将来を考えてやったの!

 だってだってさ、村の人たちがもっと言うこと聞くようになった方が、パパも助かるでしょ!?菊作りにこだわる農家を潰せば、土地も従業員ももっと手に入るじゃない!?

 あたしはただ、あたしもパパを手伝えるって……」

「少し黙れ、ひな菊」

 いつもより数段低い声の命令口調で言われて、ひな菊はびくりと肩をすくめた。

 父が、本気で怒っているのが分かる。今まで経験したことがないほど、父自身が抑えきれないほどの怒りを感じる。

 身を固くして黙ったひな菊の前に、竜也は黒塗りの書箱を置いた。そして、その中から一枚の紙を取り出してひな菊の前に差し出した。

「これはね、パパがこの工場の土地を買う時に村の自治会と交わした誓約書だ。

 おまえもそろそろこれくらい読めるだろう。読んでみなさい」

 ひな菊はものすごく嫌な予感がしたが、父には逆らえず読むしかなかった。


<白川鉄鋼の社員、白川竜也及びその家族に、以下のことを守らせること。

・白菊塚に、白菊を供えてはならない。またその行為をそそのかしたり、命じたりしてはならない。

・中秋の明月の夜に、白菊塚の警備を妨げてはならない。また、平坂神社の村を守る任を妨げてはならない。

 以上のことを破った場合、土地は無条件で村に返還される。

 この禁忌を破って村に被害が出た場合、全ての賠償を白川鉄鋼及び社長、白川竜也に請求するものとする。>


 読み終えたひな菊の顔は、蒼白になっていた。

「パパ、これ……こんなのって……」

「ああ、きちんと拘束力のある契約の形になっているよ。ほら、きちんとここに私と当時の村長の代表者印があるだろう。

あの時はこんなの守るのは訳ないことと思っていたが……まさかこんな事になるなんてね」

 ため息とともにかけられた竜也の言葉に、ひな菊は肩が震えた。

 これは単なるこけおどしではない。れっきとした契約だ。

 竜也の娘であるひな菊が禁忌を破らせたのだから、これはもう明確な契約違反だ。この事実が村に広まれば、白川鉄鋼は……

(土地を無条件で返すって……工場も家も、なくなるってこと!?)

 予想だにしなかった罰に、ひな菊は頭がくらくらした。

 竜也も、頭を抱えながらぼやく。

「ここは元々村有地で、とんでもなく安く売りに出されていたんだ。こんなに広い更地で……多少不便な田舎ではあったが、安く大きな工場を作るには最適だった。

 それで、私は買った。工場の初期投資を大幅に安くして……そうだ、ここならギリギリ借金なしで工場が建てられたから。

 もちろん安さの理由は調べたよ。災害の歴史やハザードマップ、村に危険な反社会勢力がいないかまで。

 その結果……ここには何の心配もないと思った」

 そこで竜也は一息つき、心底困った顔でひな菊を見た。

「触れなければ問題ないはずのオカルト的な儀式を、おまえがやってしまうとはね」

 ひな菊は、もうまともに父の顔を見る事もできなかった。

 それでも、ひな菊は消え入りそうな声で言う。

「だって……知らなかったんだもん、そんな契約があったなんて……」

「ああ、そうだな。そこは素直に私の落ち度だったと認めよう。もし今日より前におまえにこの書面を見せていれば、あるいは防げていたかもしれん。

 しかしなあ、私はおまえがこれを知ったら、おまえがもっと激しい行動に出ると思ったんだ。

 おまえが今日の月見の宴を計画していると聞いて、身近な者から懐柔する方向に切り替えたならそれでいいと思っていた」

 ひな菊は、返す言葉もなかった。

 禁忌破りの計画を父に悟られないように隠したのは、ひな菊自身だ。必要なものの準備も月見の宴の準備に隠して、陽介以外には本当のことを話していない。

 父に気づかれたら、止められると思ったから。

 くだらない村の古老共に弱気になっている情けない父を、出し抜いてやるつもりで。

 だが、それが完全に裏目に出た。

 ひな菊が村の伝統派への攻撃を抑えたと判断した父は、寝た子を起こさないようにと、禁忌破りを禁じる誓約をひな菊に知らせなかった。

 実際、敵を叩くことしか頭になかったひな菊にこれを見せたらもっとひどいトラブルを招いていた可能性が高い。

 だから父のこの判断は、ある意味では正しかった。

 しかしこれでひな菊は、禁忌を破ったら会社がどうなるか知る機会を逸した。父の広い知識と正しい判断で、止めてもらうことができなくなった。

 その結果が、今のこの状況だ。

「……ひな菊、おまえの頭や心はまだ子供なんだ。

 私を出し抜こうとする向上心と、実際に出し抜いた手際は成長したと評価しよう。

 だが、大人が子供を見張るのはこうこう人生に関わる大失敗を未然に防ぐためなんだぞ。おまえはこれまでどれだけ守ってもらったか、今どれだけの人に迷惑をかけているか、しっかり考えてみるといい」

 そこで竜也は、にわかに悲しそうな顔をした。

「私は、可愛いおまえの豊かな将来を失いたくなくて、衝突を避けていたんだ」

 その言葉に、ひな菊の目からどっと涙があふれた。

 父は自分を侮って軽視していた訳ではなかった。こんなにも自分のことを大切に考え、守ろうとしてくれていた。

 そんな父を裏切ってしまった自分が、情けなくて仕方なかった。


 竜也は、ぽろぽろ涙をこぼしてしゃくり上げるひな菊の肩にぽんと手を置いた。

「大丈夫だ、私はおまえを見捨てやしないよ」

 ひな菊は、すがるように涙に濡れた目を開く。そこには、いつもの温かい愛情に満ちた優しい父の顔があった。

 竜也は、ひな菊の頭をゆっくり撫でながら言う。

「まだ私たちと会社は、終わった訳じゃない。

 やってしまってはいるが、おまえがやったことを隠し通せれば大丈夫だ。

 おまえ、さっき皆の前でやってないって言ってくれただろう。あれは合格だ、おかげで今まだ道はつながっている。

 おまえが禁忌破りをしたことは、他に誰が知っている?」

「あたしと、陽介だけ……他は知らないはず。さっきの若い子は、そう考えてるだけ。

 他にもいろいろと準備に人は使ったけど、みんな月見の準備ってことで頼んだから……」

 正直、ひな菊としても成功が確定する明朝まではあまり話を広げたくなかった。

 どこからか話が漏れて白菊塚の警備が厳重になれば、禁忌破りは成功しない。それに、多くのクラスメイトに裏切られたひな菊は、もう他人を信じられなかった。

 だから、ひな菊は自分と実行役の陽介以外に事を漏らさなかった。

 竜也は、にっこりと笑ってうなずく。

「そうか、それなら知らぬ存ぜぬで突っぱねれば大丈夫だ。

 最悪バレそうになったら、その陽介という子を切り捨てればいい。

 うまくやったな、さすがは我が娘だ!」

 竜也はひな菊の頭を抱き、ぐりぐりと撫でまわす。その顔には、ただ愛娘が助かりそうだという感無量の喜びがあふれていた。

「パパぁ~!!」

 ひな菊も、危ないところを助けられた幼児のように父に抱きついた。

 それは一見、父と娘の温かな愛情風景だった。

 しかしこの親子は、考えていることも喜んでいることも自分と家族のことのみである。そこに、巻き込まれた社員や陽介を思う心はない。

 竜也は、決して善人ではない。

 愛するひな菊を守り、ひな菊のためにできるだけ大きくして安定させた会社を残す……それが竜也の行動原理であった。

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