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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
66/320

66.社長

 これまであまり出番がなかった、ひな菊の父がついに表に出てきます。

 村でもやり手と評判の社長は、この事態にどう対応するのでしょうか。


 社員たちに慕われて信頼されている社長ですが、彼は善人なのでしょうか。少なくとも、現場対応はしっかりする人物ですが……。

「し、社長……」

 ざわめいていた従業員たちが、一瞬で静かになる。

 ひな菊と口論していた若者は憎々し気に舌打ちし、諦めたようにぶっきらぼうに言った。

「あーはいはい、負けましたよーっと。

 ここでまだ頑張っても、社長に何されるか分かんないッスからねえ。どっちに転んでも人生真っ暗なら、もうどうでもいいですよーだ。

 結局世の中、権力には勝てないッスねえ~。

 でもその代わり、もう俺誰も助けないんで。どうせなら皆一緒に死んでくれよ」

 その言葉に、竜也は少し眉を動かした。

「どういう事だ、何かしっているのか?

 可能性を口にすることは罪ではない、言ってみなさい」

 だが、若者はすっかり投げやりになったように何も言わない。

 代わりに、ひな菊がとびついてくる。いいところに来てくれたと、困ったような上目遣いで父を見上げて言う。

「ねえパパ、こいつ何とかして~。

 ちょっとおつかいするだけの簡単なお仕事任せたら、村の頭がおかしい奴らに買われて帰って来て、変な事ばっか言ってんの~。

 死霊が出たとか人が死んだとか、有り得ないデマよね~」

 ひな菊の顔には、早く若者を公開処刑にしてやってくれと書いてある。それをいつもの物をねだる時と同じ、甘い甘い声に包んでいる。

 これがいつものおねだりなら、竜也は二つ返事で聞いてやっただろう。

 だが、竜也はうなずかなかった。

「ちょっと下がってなさい、ひな菊。今パパがこの人とお話ししたいんだ。

 でもこの人、しゃべっても無駄だって諦めてしまってる。これは非常に良くない。これじゃ必要な話もできない。

 ここまでこじらせる対応をしたのはおまえだろう?

 だったらもう口を出すな。これ以上悪化させるんじゃない」

 あくまでビジネスライクな父の言い方に、ひな菊は悔しそうに唇を噛んだ。だが、父がこれを仕事モードで捕らえたならもう自分が甘えても動かない。

 ひな菊は、若者を連れて別室に向かう父を後ろから見送るしかなかった。


 竜也が行ってしまうと、従業員たちの表情がどっと緩んだ。

「社長が対応してくれるなら、安心だ」

「ああ、あの人の判断なら信じられる」

 皆が、胸を撫で下ろして竜也を頼りにしている。白川鉄鋼において、社長の竜也はここまで部下に信頼されているのだ。

 それを見ると、ひな菊は誇らしいと同時にどこかみじめになる。

 自分がいくら従わせようとしても収まらなかった動揺が、父が出ると一瞬で収まった。これが父の人望であり、自分との差。

 自分だって父のようになりたいと頑張っているのに、この差は何だろう。

(あたしだって、もう子供じゃないのに……。

 周りもパパも、どうして認めてくれないの?)

 ひな菊は最近よくこんな風に思い悩んでいる。

 今回咲夜たちと全面対決して、村の古株どもを叩き潰そうとしたのだって、自分も自分たちと工場のためにこんなにやれるんだと父に見せつけるだめだったのに。

 なのに父は、卑怯なだまし討ちでひどい役を演じさせられる自分を助けてくれなくて。

 無意味な伝統とやらが原因のトラブルでも結局、自分ではうまく収められなくて、父は自分と違うやり方で収めようとして。

 これじゃ自分が無力だと晒してしまったみたいで。

 悔しくて、つい握った拳に力が入る。

「ひな菊さん……きっと、大丈夫ですよ」

 陽介が、声をかけてくる。

「社長はすっげえ頭いいから、有り得ないものは有り得ないってきちんと分かってくれます。なら、ひな菊さんと考えてることは同じじゃないッスか。

 それなら、ひな菊さんのやることも俺の功績も分かってくれます。

 だから、その……きちんと父ちゃんの出世と祝い金を……」

 ひな菊は、苦虫を噛み潰したような顔でそれを聞き流す。

 自分が禁忌破りをしたことと、それに伴う陽介の父の昇進についてはまだ父に話していない。

 全てが終わってこの村を白川鉄鋼の手中に収めてから、戦果報告と一緒に父に言おうと思っていたのだ。

 だが、この騒ぎの結果によってはどうなるか分からない。

 どうしてこううまくいかないのかと、ひな菊は誰にも言えず焦っていた。


 十分ほど経った頃、竜也が若者を連れて戻ってきた。

 従業員たちは皆、真剣な表情で竜也の方を向く。ひな菊も、どうか自分と同じ対応であってほしいと祈るように父を見つめる。

 だが、その時父の隣にいる若者の表情がさっきより柔らかくなっているのも見えてしまった。

 その瞬間、ひな菊は薄々自分の負けを悟った。

 全員の視線が集中する中、竜也が声を張り上げる。

「諸君、緊急事態だと言うのに時間を取ってしまってすまない。

 別室で彼から話は聞かせてもらった。諸君らも、もう聞いているだろう。

 白菊塚に何者かが白菊を供え、本当に死霊……実体があるようなのでゾンビと呼ぶようなものが出た。そして既に人が三人食われた。

 現実的に考えれば眉唾物の話だが……私は、全てを虚偽と切り捨てるべきではないと思っている」

 やはり、ひな菊とは違う意見だ。

 竜也はそう考えた理由を一つ一つ挙げていく。

「まず、実際に条例に基づいて避難を促す放送が流れている。

 条例とは、地域に限ったものとはいえ法の一種だ。暗黙の了解や不文律ならともかく、明文化された方に何の根拠もないとは思えん。

 それに、おそらく村民はこの放送に従って避難しているのだろう。人を動かす指示を出す以上、動かされる人に納得のいく理由があるはずだ」

 さすがに工場を守る経営者として、竜也の意見は理路整然としたものだ。

 聞いている従業員たちの顔もひな菊の時とはうって変わって、真剣だ。それを見ていると、ひな菊はますますいたたまれなくなる。

 せめて一矢でも報いようと、ひな菊は食い下がる。

「で、でも避難先が神社って……あんな無防備な所……!」

「ああ、第二の理由だがな、神社が避難先というのは理に適っているんだ。

 古い神社や寺ってのは、だいたい災害の被害を受けにくい所に建っている。建物の造りも堅固で、戦が起こっても守りやすい位置にある事が多い。

 だから神社に避難っていうのは、むしろ実際の災害の時に有用なことが多い。ま、他の災害で避難所になってるから惰性でこれもってのはあるだろうが」

 竜也は、ひな菊の考えを一刀のもとに切り捨てた。

 そして、従業員たちに結論を述べる。

「よって、私はこれに対し、何かある前提で対応することとする。

 ひな菊の言うように何もなければ一番いいが、それでは何かあった場合に諸君を守ることができない。本当にゾンビかはともかく、それに相当する何かはある可能性が高い。

 せっかくの宴に水を差してしまったが、どうか私の指示に従ってほしい」

 従業員たちから、一斉に「ハイ」の返事が上がる。皆迷いなく竜也を信頼し、尊敬し、きちんと従う気になっている。

 これが、竜也の経営者としての統率力だ。

 竜也は、てきぱきと指示を出していく。

「まず、家族が心配な者は帰って避難するなり家族をここに呼ぶなり、好きにするといい。

 できればその過程で見たり聞いたりしたことを、こちらに電話で伝えてくれるとありがたい。私も外の様子は知りたいのでね。

 ただし、あの放送からだいぶ時間が経ってしまった。外がもう危険になっていることも考えられる。

 今動くかどうかは、そのリスクを考えて各自で判断してほしい」

「あ、ありがとうございます!」

 帰りたかった従業員たちは竜也に心から感謝し、すぐに荷物をまとめ始める。

 さっきそれを妨害していた陽介の父も、これでは手を出せない。

 さらに竜也は、特に用事のない者はここに留まって戸締り等をするよう指示した。凶悪犯がうろついている時や暴動への対応に近い動きだ。

 最後に、竜也はひな菊の前に立って言った。

「さて、ひな菊。おまえにはちょっと話があるから一緒に来てもらおうか。

 ただ、ここで一つ確認させてもらおう。

 白菊塚に白菊を供えさせたのは……おまえがやったのか?」

 竜也の強い重圧を帯びた視線と、ひな菊の視線がぶつかり合う。

 ひな菊は、一瞬の判断で答えた。

「やってない」

 後ろで陽介がぎょっとしたが、そんな事はどうでもいい。

 竜也は満足したような柔らかな笑みを浮かべ、ひな菊の手を引いた。後に残された従業員たちは、ホッと胸を撫で下ろして自分たちのやることに向かった。

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