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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
65/320

65.囮の反抗

 ヨミ条例の放送で動揺する白川鉄鋼に、さらなる混乱を呼ぶ者が帰ってきます。


 ひな菊が禁忌を破るために白菊塚に派遣して生きているのは、陽介ともう一人。田吾作に助けられて生存しているあの男です。

 彼の衝撃的な、怒りのこもった知らせにひな菊はどう対応するのでしょうか。

 白川鉄鋼には、動揺が広がっていた。

 聞いたこともない放送、しかし村に住む者にとっては聞き捨てならない内容。村の外から来ている者も、何があったのかと不安になる。

 おかげで楽しい宴は中断し、皆が杯を置いてざわざわと話していた。

 そこに、勢いよく扉を開けて一人の若者が飛び込んで来た。

「おい、みんな早く戸締りを手伝ってくれ!!

 奴らに中に入られたら死ぬぞ!」

 いきなり言われても、意味が分からない。

 しかし入ってきた若者の様子を見れば、冗談とも思えなかった。若者はひどく怯えてしきりに外を振り返り、汗びっしょりで肩で息をしている。

「な、なあ……一体何があったんだ?」

 同僚が声をかけると、若者はぶちまけるように言った。

「マジでヤバい!本当に死霊が出やがった!

 昔の服装で体が腐った奴らがうじゃうじゃ出てきて、塚の祠の前にいた猟師が三人食われた!噛みついて食いちぎってたんだ!!

 お嬢様はどこだよ……あいつ、やりやがった!!」

 内容はホラーじみて、にわかには信じられない。

 しかしさっき流れた防災放送を、皆確かに聞いている。白菊塚と人影に近づいてはならない、緊急事態を知らせるものだった。

 その緊急事態が、今若者が口にした内容であったとしたら……。

 さらに、若者の言葉の中に気になる点がある。

「お嬢様が……一体何をやったって?」

「ま、まさかひな菊ちゃんが塚の禁忌を……!」

 最近ひな菊が村の農家や老人たちの面目を潰そうと躍起になっていたことは、村に住む者なら誰でも知っている。

 さらにその原因となっていた白菊伝説の内容も、騒ぎの一端として思い出さざるを得なかった。

 村出身の社員たちの頭に、嫌な予感が広がる。

 だが、それを聞き慣れた甲高い声が遮った。

「ちょっと、何の騒ぎよ!!」

 今まさに話題になっていた、白川ひな菊その人の声だった。


「あんたたち、何の話をしてるの?

 あたしがどうしたって?」

 ひな菊は苛立ちも露わに、つかつかと騒ぎの中心へと歩いていく。そして、血相を変えて喚いている若者の前に立ってにらみつけた。

 だが若者は頭を下げることなく、むしろ憤怒の形相になってひな菊をにらみ返す。

「お嬢様……あんたのせいで俺の人生も村もめちゃくちゃだ!」

「ふーん、どうなったって?言ってみなさいよ!」

 こちらも売り言葉に買い言葉。

 言えるものなら言ってみろと挑発するひな菊に、若者も負けじと己の身に起こったことを怒りと共にたたきつける。

 ひな菊の指示を受けて白菊の花束を白菊塚に持って行ったら、田吾作に銃を向けられたこと。その時田吾作と押し問答をするうち、白菊塚の祠の後ろから大勢の死霊が現れて、祠の前で眠り込んでいた三人の猟師を食い殺したこと。

 その後田吾作に手を引かれて逃げ、田吾作が役場に通報するのを見ていたこと。さらに田吾作に犯人側の一人として捕まりそうになり、ほうほうの体でここに逃げてきたこと。

 若者は、血走った目でひな菊を見下ろして叫んだ。

「お、俺はあんたに頼まれたことがこんなに危険だなんて、知らなかったんだ!

 何も知らずに人殺しの手伝いなんて、冗談じゃない!

 このままじゃ俺は死霊に食われて死ぬか、生き残っても罪を償わされてお先真っ暗だ。これからの俺の人生、一体どうしてくれるんだよぉ!!」


 若者の言葉に、社員たちに衝撃が走る。

 この同僚はひな菊の指示で、白菊塚に白菊を持って行ったと言った。となると、ひな菊が白菊塚の禁忌を破ったのか。

 そしてその結果死霊が本当に出て、さっきの放送が流れた。

 となると、悪いのは完全にひな菊とその指示を受けた連中だ。ということは、このままこいつらと一緒にいてはまずいのではないか……。

 社員たちは青ざめ、隙あらば逃げようと後ずさりを始めた。

 もはやひな菊に、申し開きの余地はないように思えた。


 だが、ひな菊は冷静だった。慌てる様子など微塵もなく、若者にこう尋ねる。

「ねえ……あんた、いくらもらったの?」

「は?」

 予想だにしなかった質問に、若者も周りの社員たちもしばしあっけにとられる。そのあんぐり口を開けた間抜け面に、ひな菊はさらに問う。

「どんな報酬で、どんな条件で、迷信浸りの奴らに買われたの?何に釣られて、こんなうわさを撒くように言われたの?

 今言ってこっちに戻ってくるなら、まだ何の処分もしないであげるわよ」

 なんと、ひな菊はこの若者が村の古株側に買収されていると考えたのだ。

 あまりの対応に驚く社員たちに、ひな菊は真顔で続けた。

「だって、うちの社員なのにあっちの味方になってありもしない話をするって、そういうことでしょ?

 だいたい、死霊って存在がまず有り得ないの。だからいくら白菊塚に白菊を供えたって、そんなものが出るはずがないの。

 だからこれは、あたしたちを貶めたい馬鹿共の茶番でしかないのよ。

 そんな茶番に付き合う裏切者は、うちの会社にいらないの!」

 ひな菊はあくまで若者の話を嘘と断じ、そのうえこれ以上その話をすれば会社として処分すると脅しをかける。

 しかし、村に住んでいる社員への効き目は今一つだ。

 当たり前だ。村に住んでいる者は皆ヨミ条例のことを知っていて、しかもそれが本当なら自分たちや家族の命が危ないと分かっている。

 安全のために逃げて家族のところへ行こうとするのは、自然な流れだ。

 だが、こっそり逃げようとした社員の一人が悲鳴を上げた。

「いっいたたたっ!!何すんだてめえ!?」

「ああ?ここで給料もらっといてその態度はねえだろ」

 陽介の父が、自慢の剛腕で逃げようとした者の腕をひねり上げていた。側では、陽介が媚びるような笑みをひな菊に向けている。

 陽介が、もっとひな菊に気に入られるように父に動いてもらったのだ。

 力ずくでこの場を抑え、ふんぞり返るひな菊。

 しかし、社員たちの不安と不満は高まり続け……それが爆発する前に、一声がその空気を破った。

「何事だ!?」

 振り向いた先にいたのは、ひな菊の父にしてこの会社で一番偉い男……白川鉄鋼社長、白川竜也であった。

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