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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
64/320

64.災いの呼び声

 舞台ががらっと変わり、時間がだいぶ遡ります。


 神社で混乱と惨劇が起こっていた頃、白川鉄鋼ではどうしていたのでしょうか。

 勝利の予感に酔いしれるひな菊と陽介たちにも、ヨミ条例の放送が災いの始まりを告げます。

 死霊が発生した後も、白川鉄鋼では月見の宴が続いていた。

 工場の業務は終わっていたが、工場には未だに多くの人が残っておりこうこうと明かりがついている。

 今回のお月見会は、ひな菊が父に頼んで開催したものである。

 そのため飲食物の費用は全て社長の白川竜也が出しており、しかも社員と家族まで無料で参加できるようになっている。

 ただで飲み食いできるとあって、多くの従業員が参加していた。

 特に金に困って酒に飢えていた陽介の父は、この上なく上機嫌で飲んでいた。

「へへへ、こんなに酒が飲めるたぁ、白川鉄鋼様様だぜ!

 家でシケた酒飲むより、ずっといい!」

 次々と缶やつまみの袋を開けていく陽介の父を、周りの同僚たちは苦笑して見ている。だが今日はこの男がいくら飲んでも自分たちの懐は痛まないため、内心安堵していた。

 それに今日は、いつものように意地悪く絡んでこない。

 その理由は、まだ周りには言えないことだった。

(へっへっへ、もうすぐ俺は課長になって、おまえらに正当に命令できるようになるんだ。こいつらがデカい顔してられるのも、あと少しだ。

 陽介のやつ、うまくやったみてえじゃねえか!

 こりゃ給料が上がったら、小遣いを上げてやらんとな!)

 陽介の父が上機嫌な理由……それは、息子である陽介からのとびきりいい知らせのせいもある。

 社長の娘であるひな菊に取り入っている陽介が、何か大手柄を上げたらしいのだ。そのおかげで、自分は近いうちに課長に昇進できると。

 さっき、陽介がほくほく顔で報告に来てくれた。

(ああ~、これでしみったれた生活とはおさらばだ!)

 さすがに周りに自慢していいことではないが、喜びは顔に表れてニヤニヤが止まらない。嬉しくて幸せで、酒も美味しくてたまらなかった。


 が、その宴に水を差す声が響いた。

『防災放送!防災放送!

 菊原村条例43条に定められた緊急事態が発生しました。村民の皆さんは即刻……』

 陽介の父は、うっとうしげに顔をしかめた。

 今この村に何が起こっているのか、それと息子の大手柄に何の関係があるのか、全ては彼のあずかり知らぬことであった。


 いきなり流れた聞き慣れぬ放送を、ひな菊と陽介も聞いていた。

「ちょっと、いきなり何!?

 緊急事態って何よ!?」

 ひな菊は、苛立って机を叩いた。

 いい気分だったのに、水を差された。これまで聞いたこともない放送。しかも、具体的にどういう緊急事態なのか分からない。

 だが、陽介には何か心当たりがあるようだった。

「これ、まさか……ヨミ条例か?」

「ヨミ条例?何それ?」

 何も知らないひな菊に、陽介は説明した。

 この村には、白菊塚に白菊が供えられて死霊が出た時に、住民を安全地帯に避難させるための条例があること。43条と黄泉をかけて、ヨミ条例と呼ばれること。

「えーっと、つまり……これって、あんたが花を供えたから?」

「だと思う。つーか、それしかねえ」

 説明する陽介の顔は、明らかに青ざめていた。

 その理由は、放送の内容を考えれば分かる。


『菊原村条例43条に定められた緊急事態が発生しました。村民の皆さんは即刻、平坂神社の境内に避難してください。

 白菊塚には絶対に近づかないでください……これは訓練ではありません、皆様の命を守るために今すぐ避難……』


 明らかに、人型の何かからの非難を指示している。しかも、避難先が平坂神社とくれば……。

 この村で育ち、白菊伝説を耳にしていれば嫌でも想像がつく。

「まさか、本当に死霊が……」

 にわかに信じられることではない。

 しかしさすがの陽介も、これが冗談で済まないことだとは分かる。だって大人が放送を流して、村中に避難を促しているのだ。

 もしかして自分は思った以上に大変なことをしてしまったのではないかと、陽介は息を飲んだ。

 しかし、怯える陽介の耳を至近距離からのキンキン声が打った。

「何真面目になってんのよ!

 死霊なんていないんだから、こんなのハッタリに決まってるじゃない!」

 ひな菊は、馬鹿にしたような目で陽介を見ていた。

 実際、ひな菊は陽介と村の大人たちの対応を馬鹿にしていた。こいつらは、夢と現実の区別がつかないばかりか、夢を現実に持ち込もうとするのかと。

 だってひな菊にとっては、死霊はいないことが大前提なのだ。

 だから避難を促す放送が流れていようが条例として定められていようが、前提がまずおかしいんだからそれは間違いということになる。

 全ては迷信を守りたいだけの村の狂人が仕組んだバカ騒ぎだと。

「あーもう、こんな放送流してまで何がしたいんだろ?

 白菊姫が悪いって語り継いであたしを叩くためだけに、ここまでする!?本気で頭おかしいし!

 あたしが社長になったら、絶対こんな村変えてやる!」

 ひな菊は、憤慨して叫んだ。

 そして、部屋の電話から社員に指示を出そうと受話器を取る。

「あー、お月見に来てる人たちに言っといて。

 あんな放送気にしなくていい、ここでゆっくり楽しんでればいいって。もし何かあっても、白川鉄鋼が皆さまをお守りしますって。

 ……え、もう帰ろうとしてるヤツがいる?

 そーいう馬鹿には言ってやって!迷信と職場とどっちが大切ですかって!」

 ひな菊は、自分たちから給料をもらっておきながら迷信に味方する奴がいることに腹が立って仕方なかった。

 緊急で避難する理由がまず有り得ないのに、毎日働く職場よりもそっちを優先するのかと。

 それに、もし何か別の危ないことがあったとしても、ここにいれば外よりずっと安全ではないか。工場は塀に囲まれているし、警備員だっている。

 それよりあんな古臭くて無防備な神社を信じるなんて、どれだけ頭が沸いてるんだ。

 ひな菊は乱暴に受話器を下ろし、香り高い紅茶に口をつけた。

 このおかしい世界が今も自分を飲み込もうと迫ってきている事など、考えようともしなかった。

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