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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
62/320

62.行方

 神社から逃げ出した清美と聖子のターンです。


 この極限状況で夜闇の中車で逃げようとしても、そううまくはいきません。じこはおこるさ。

 そして、逃げる足を失った親子が生きるために選んだ行き先は……。

 暗い森に挟まれた道を、多くの人が急ぎ足で下っていく。

「急げ、早くせんと死霊に追いつかれるぞ!」

「道路の端には近づくな、できるだけ真ん中を通れ!」

 それは、平坂神社から脱出した村人たちだ。後ろから追ってくるであろう死霊と周りの暗闇に怯えながら、少しでも神社から離れようと足を動かす。

 そんな彼らの前に、一台の車が現れた。

「……ん?何じゃ、ありゃあ……」

 その車は、道の端に停止していた。エンジンもかかっていない。中には、誰も乗っていない。もう少し近づくと、ボンネットがひしゃげているのが分かった。

 村人の一部は、それを見て気づく。

「こ、こりゃ平坂家の車だぞ!

 木にぶつかって前が潰れとる!」

 何と、そこにあったのは清美たち平坂家の車だった。

「あの女狐め、俺たちを置いて自分だけ車で逃げやがって……。けど、ここに残っとるのは車だけか」

 嘘を隠せなくなった清美と聖子が、この車で逃げ出したのは明らかだ。

 しかし、ここに二人の姿はない。

「あいつら、一体どこへ行ったんだ?」

 車は前が潰れているものの、運転席と助手席は無事でエアバッグが作動している。開け放たれたドアの中に、血痕などはない。

 となると、二人はまだどこかで生きているのだろう。

 その時、村人の一人が気づいた。

「おい、今車の下で何か動いたぞ!」

 駆け寄ってのぞき込もうとした村人は、いきなり伸びてきた手に驚いて飛びのいた。顔面が半分潰れ、目の濁った顔がのぞく。

「近寄るな、死霊だ!」

 姿を現した死霊に、村人たちは仰天して再び逃げ始める。だが幸い、この死霊は下半身が車と地面に挟まっていて動けなかった。

 ここで巫女親子に一体何があったのか。それは、十分ほど前にさかのぼる。


 車で神社を脱出した清美は、必死でハンドルを握っていた。

 清美は正直、車の運転があまり得意ではない。運転はいつも夫の達郎がやっており、清美はペーパードライバーより多少ましな程度だ。

 そのうえ夜の暗闇の中となれば、恐怖と緊張は倍増だ。

 しかし、速度を落とした安全運転などしている余裕はない。後にした神社から、死霊と人間の両方が追ってくるのだ。

 ひたすら急く心を何とか抑えつけ、夢中でハンドルを操る。

 しかも隣から、これまた不安で一杯の聖子が声をかけてくる。

「お、お母さん……これからどこ行くの!?」

「うるさい!!……あっ!」

 気が付けば、車のライトが前方に人影を映し出していた。

 清美は迷った。死霊ならば、このままひき逃げしてしまえばいい。しかしもし人間だったら、ひくと後々厄介なことになる。

 必死で考える清美の頭には、もはや回避する余裕もなかった。

 それでも何とかしようと暴走する手はあらぬ方向にハンドルをきり、次の瞬間車は人影をひきながら道路から外れていた。

 ドーン、とすさまじい衝撃が親子を襲う。

「くうううぅっ!!!」

 備えることもできなかった体が、エアバッグに受け止められる。

 清美と聖子は、しばし呆然として息を整えることしかできなかった。

 しかし少し落ち着いて状況を整理すると、こんな事をしている場合ではないと気づく。こうしている間にも、追手は迫っているのだ。

 清美は震えながら車の外に出て、愕然とした。

(ああ、そんな……!)

 車の前部がぐしゃぐしゃに潰れていて、とても走れる状態ではなかった。これでは、もう車で逃げられない。

 清美は焦りと悔しさに歯を噛みしめながら、聖子の手を引いて徒歩で逃げるしかなかった。


「ねえ、お母さん……これから、どこに行くの?」

 歩きながら、聖子がさっきと同じ問いを発する。

 清美は、吐き捨てるように答えた。

「この状況で行ける所なんて……限られてるわよ」

 当初、清美は車でこのまま村を出てしまうつもりだった。活動時間が限られている死霊は、塚から遠く離れることができないから。

 そうして黄泉から身を守り、村人たちが少し冷静になって平坂家の不在を不安に思い始めた頃に戻ろうと思っていた。

 だが、車を失った今その計画を強行するのは危険だ。

 村中に死霊がうろつく中で徒歩で移動し続けるなど、自殺行為だ。

「白川鉄鋼よ。あそこに逃げ込んで、野菊に抵抗する。

 あいつらにも、私たちと手を組むメリットは十分あるから……きっとかばってくれるはず」

 清美は、禁忌破りの実行犯に思いを馳せていた。

 さっきは目の前に、手近にいる大罪人として咲夜を吊し上げたが、田吾作の証言や状況から主犯は白川鉄鋼側だと分かる。

 となると、白川鉄鋼には自分たちの次に野菊に狙われる大罪人がいるはず。

 それに白川鉄鋼は村の禁忌や伝統を疎んじており、この災厄が終わった後村での立場はとんでもなく悪くなるはずだ。

 そこに、巫女の立場から手を差し伸べる。

「私たちもあそこの奴らも、死霊と村の古株から身を守りたい。

 だから、手を組むの。

 私たちが味方して死霊の情報を与えて、白川鉄鋼側の被害を抑える。その見返りに、私たちは災厄の後も白川鉄鋼に守ってもらう。

 私たちと白川鉄鋼の力で、村を制圧してしまえばいいのよ!」

 白川鉄鋼は、今でも村の一大勢力である。神社の襲撃で村の伝統派が減った今、白川鉄鋼の被害を抑えればこちらを多数派にできるだろう。

 そうすれば、伝統派に見限られても白川鉄鋼と共に生きることができる。

「聖子、あんたもしっかりひな菊を説得しなさいよ」

「分かってる。災厄を起こした借りは高くつくわよ」

 諸悪の根源に希望を託して、清美と聖子は白川鉄鋼に向かう。その罪深い母子の姿を、赤い月が不気味に照らしていた。

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