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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
55/320

55.凶弾

 タイトル通り、咲夜たちが聞いた銃声の正体です。

 弾を撃てる人物は現在一人しかいません。


 田吾作たちが経験した前回、多くの避難できなかった村人が死霊の餌食になりました。

 果たしてそれは、野菊が望んだことなのでしょうか。その真相は未だ明らかになりません。

「な、に……?」

 田吾作は、一瞬自分に下された命令が理解できなかった。

 清美は、野菊を撃てと言ったのか。

 死霊たちを率いる黄泉の将を。今は災厄と共に現れる化け物になってしまったとはいえ、かつては自らの魂と引き換えに村を救った野菊を。

 そのある種不可侵とされてきた存在を、銃で撃てと言うのか。

「清美さん……そんな、野菊様は……」

 畑山タエが何か言おうとしたが、清美はそれを遮って叫ぶ。

「何をしているの!?早く撃って!!

 ああ、野菊の声が……今は何とか体が動かないように抵抗している。でもそんなに長くはもたない。

 誰も、死なせたくないの……だから、今撃ってくれたら……」

 清美が、血走った目で田吾作をにらみつける。

「咲夜のような未来ある子供を、黄泉に引き込まずに済むわ!」

 その一言に、田吾作は頭の中がざらざらするような違和感を覚えた。

 清美はさっき、黄泉が大罪人を裁くのだからと咲夜たちを放り出した。なのに今さらになって助けろとは、言っていることがめちゃくちゃだ。

 だが、黄泉の意志と野菊の本心が違うことはあり得る。

 黄泉が咲夜たちを引き込もうとし、野菊の体を乗っ取り死霊を操っている場合は……依代である野菊を倒せば咲夜たちは助かるかもしれない。

 しかし、どちらが本当のことを言っているのか、田吾作には判断がつかない。

 判断できるのは、それこそ死霊の声を聞ける者だけだ。

 それ以上に……黄泉の代理人である野菊を撃てば、何が起こるか分からない。


 死霊となった大罪人を撃った場合のことは、記録に残っているので分かる。

 だが野菊本人を撃つとどうなるのかは、分からない。理由は簡単、それをやった記録が残っていないから。


 田吾作は、選択を迫られていた。

 黄泉の将に手を出さず咲夜たちを見殺しにするか、当代の巫女に従って黄泉の将を撃ち抜くかを。


 その時、野菊が声をかけてきた。

「村人よ、その罪深い当代の巫女をこちらによこしなさい。

 そうすれば、少しでもあなたたちが助かるように、この近くにいる死霊をできるだけ連れて行ってあげる」

 それは、清美を放り出せという命令だった。

 その予想外の要求に、村人たちに動揺が走る。

「ど、どういう事だ……清美さんが一体何を……?」

「いや、こりゃ清美さんが正しいかもしれんぞ!

 だって清美さんがいなくなったら、わしらはこれから誰に守ってもらうっちゅうんだ!聖子ちゃんはまだ子供だし……」

 村人たちは、野菊の要求を訝しんで清美を守ろうとし始める。

 当然だ、清美は村を災厄から守る不可欠の守り手なのだ。それを差し出せと言われて、素直に従える訳がない。

 ここで清美が失われてしまったら、これから誰が災厄の時に結界を張ってくれるのか。聖子がいるにはいるが、まだ子供できちんと仕事ができるかは怪しい。

 結界を張ってもらわなければ、自分たちは死霊から逃れられない。

「冗談じゃねえ、野菊は俺たちに死ねっていうのか!!」

 村人の一人が、野菊の石を投げた。

「違う、私ならあなたたちを守れる!

 その女は仕事を果たしていない、結界なんて……うぐっ!?」

 突然、野菊がよろけて言葉を止めた。村人の投げた石が当たったのだ。そして石が効くと分かるや、次々と石が投げつけられる。

「失せろ魔物め!」

「結界がなかったことなんて、今まで聞いたことがねえ!そんな事あるもんか!」

 事実、今年の今日を除いて清美は毎年結界の儀式を欠かさなかった。そしてそれは、平坂家の歴代の当主もそうだ。

 だから村人たちは、結界がないと言われても信じられない。

 それに参道にはたくさんの死霊たちがいるが、未だ一体たりとも神社に侵入してはいない。

 この状況は、村人たちに結界の存在を信じさせるのに十分だった。

 村人たちから降り注ぐ石つぶてが、容赦なく野菊の体を打つ。

 清美はここぞとばかりに、たたみかける。

「今よ、撃って!!

 ああっ早く、もう魔物を抑えていられない!ここで仕留められないと、外にいる人間がたくさん死ぬ!

 早く、みんなを助けて早くーっ!!!」

 村人たち全員の期待が、田吾作にのしかかる。


 田吾作は、この期に及んでまだ迷いを拭えなかった。

 状況やあちらの要求から考えると清美が正しそうだが、田吾作はどうも清美を信じる気になれない。

 それでも何とか判断を下すべく、田吾作は前回に思いを巡らせる。


 自分がまだ学徒であった前回、あの時はたくさんの人間が犠牲になった。軍人が神社を封鎖して、避難できないようにしたせいで。

 安全地帯を失い逃げ惑う村人たちに、死霊たちは容赦なく襲い掛かった。それこそ、罪があろうがなかろうが見境なく。

 そうでなければ、なぜ何の罪もない弟や妹が死なねばならなかったのか。


(……つまり、それは黄泉の望みっちゅうことか)

 安全地帯が用意されていたとはいえ、野菊は避難できない村人の事情を考えもせず死霊に襲われるままにした。

 村を救いたいがために黄泉の力を借りた野菊が、そんな事をするだろうか。

 きっとそれは野菊の望みではなく、黄泉が望んで野菊の体を使ってさせたのだろう。

 田吾作は、心を決めて猟銃を構えた。

「おまえが何者か知らんが、村に仇なすなら容赦はせん!」

 田吾作がその気になったのを見て、清美が村人たちに投石をやめさせる。揺れが収まった野菊の頭に、照準が合った。

 ズダーンと、無機質な音。

 人の手で作られた鉄の暴力が、野菊の頭を貫いた。

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