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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
54/320

54.追及

 物語は、神社の中に戻ります。

 咲夜たちが聞いた、銃声につながる話です。


 清美は咲夜たちを追い出したことで厄介払いした気になっていましたが、そんなにうまくはいきません。

 だって相手は、強く黄泉とつながっている野菊その人です。清美が村人たちに隠している重大な事実に、彼女が気づいていないと思いますか?

 清美と村人たちは、森へと消えて行く咲夜たちを見送っていた。多くの村人たちは固唾を飲んで、あるいはやりきれない表情で、もしくはどうか助かるようにと祈りながら。

 聖子と清美は、別の意味で緊迫していた。

(これで、野菊と死霊たちがここから去ってくれれば……)

 野菊が咲夜たちを追ってくれれば、自分たちの役目放棄を隠し通せる。

 チラリと見れば、野菊も咲夜たちの方を向いて目で追っている。しかしその足は、一歩も動かない。

(どうしてよ……早く、ほら早く大罪人を追いかけて!!)

 清美はやきもきしながら心の中で呼びかけるが、野菊は動かない。

 嫌な汗が背中を伝うまま見ていると、突然野菊と目が合った。野菊が、咲夜たちから目を離してこちらを向いたのだ。

 清美は、思わず肩が跳ねそうになるのを必死でこらえた。

(何でよ!?何で咲夜たちを追わないの!?)

 思うに任せぬ現実に気が狂いそうになりながら、清美は野菊に尋ねる。

「あの、もしや……他にもここに大罪人がいるのでしょうか?言っていただければ、全員そちらにお送りしますので……」

「大罪人など、今はどうでもいい」

 突然、野菊が口を開いた。

 幽鬼のようにやせ衰えているとは思えぬしっかりした声で、野菊は清美に問う。


「そんな事より、なぜ結界がない?」

「!!」


 それは清美にとって、臓腑を抉る一撃に等しい問い。平坂の当代の当主の不手際を暴く、決定的な一言。

 清美は、足下の地面が消失したような眩暈を覚えた。

 現世と霊的な障壁を見通す、死霊の声を聞く力……これは自分たちだけのものではない。

 野菊も、同じ力を持っているじゃないか。むしろ野菊と同じ血を引いているからこそ、清美と聖子はその力を持っているのだ。

 その力において明らかに二人を上回り、今は黄泉の将となった野菊本人を前に、隠しておくことなどできるはずもなかった。


(あ、嫌……そ、そんな……!)

 清美は、返す言葉を持たなかった。

 結界がないことを、野菊はとっくに知っている。村人たちはだませても、同じ力を持つ野菊はだませない。

 その野菊の言葉により、村人たちにどよめきが走る。

「は?い、今……結界がないって!?」

「ど、どういう事だ清美さん!!」

 村人たちにどっと不安が広がり、皆が疑念のこもった目で清美を見ている。

 死霊の声を聞けるのが自分と聖子だけならいくらでも騙ってだませるが、同じ力を持つ者が異なる発言をすればそうはいかない。

 村人は、どちらが正しいか考える事になる。

(ああっまずいまずいまずいっ……このままじゃ……!!)

 焦りの極みにある清美をしかと見据えて、野菊は更に言う。

「ああ、さっきの問いの答えを私は知ってる……死霊は全てを見ていたわ。

 でも、今この場にいるあなたが守るべき村人たちは、それを知らない。責を負う者として、その口で皆に明かしなさい!」


 その瞬間、清美は気づいた。

 野菊の目当ては、大罪人などではない。

 自分だ。村人を守る任を放棄した、自分という罪人だ。

 野菊は村を守る巫女として、受け継いだはずの役目を怠った不肖の後継者たる自分たちを罰しに来たのだ。


 清美は、戦慄した。

 このままでは自分は、全てを失う。そのうえ逃げきれなければ、黄泉の罰を受ける。

(……冗談じゃないわ!だって私たちは、この手で災厄を起こした訳でもないのに……。

 こんなにたくさんの村人たちに聞かれたら、もうこれから村で生きていけない!寄付ももらえないし、神社からも追い出されて、言う事も聞いてもらえなくなって……。

 ああもう、これまで何十年も村を守って信用を得てきたのは、私なのに……信用!?)

 その時、清美はまだ自分に一つだけ武器があることに気づいた。

 清美は執念で野菊をにらみつけ、それに全てを賭けた。


「皆、惑わされてはだめ!!」

 清美は、毅然と胸を張って村人たちに呼びかけた。

「そいつの話を聞いてはだめ、そいつは野菊じゃない!

 そいつは野菊の体を乗っ取っている黄泉の魔物、あなたたちを神社から出させて死霊に食わせようとしているのよ。

 私には分かる、本物の野菊の声が聞こえるわ!」

「本当か、清美さん!?」

 もっともらしい方便に、村人たちが再び清美の方に傾いた。

 清美は、信用を使って勝負をかけたのだ。野菊を偽物と思わせることで、村人たちに話を聞かせない作戦だ。

(こっちは、現実で生きてる人たちを何十年も守ってるのよ。

 ぽっと出の化け物なんかに、信用で負けるものですか!)

 その意図に気づいたのか、野菊がギリッと唇を噛む。

「あなた、何を言って……自分のためだけに、どこまで真実を捻じ曲げるというの?何てあさましい……」

 だが、聖子も清美を援護する。

「みんな、お母さんを信じて!私にも、死霊の声が聞こえるわ!」

 これで、数のうえではニ対一。

 それでも結界がないのは事実だし、死霊の指揮は野菊にある。野菊が強硬に死霊を突撃させてきたら、清美は終わりだ。

 もちろん、清美はそれを重々承知だ。

 だから……信用を使って、最悪の策に出た。

「ああっ野菊の声が聞こえるわ!

 私の体に宿る、邪悪な黄泉の意志を止めて!今生きている者たちを殺したくないって!本当はこんなこと、したくないって!!」

 清美は、大げさに頭を抱えて苦悶の表情を作り叫ぶ。

 そして、こちらで一番強く一方的な武器を持つ者に命令を下した。

「今それができて、皆を守れるのはあなただけ……。

 田吾作、あの野菊の頭を撃ちなさい」

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