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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
53/320

53.暗闇の森

 神社から追い出された咲夜たちは、真っ暗な森を抜けながら今後のことを話し合います。

 ゾンビから逃れるには静かに隠れているのも一手ですが、この物語の大罪人には当てはまりません。通常とは違う逃げ方が必要になります。


 そして次回、物語は再び神社に戻ります。

 着地と同時に走り出そうとして、足をとられた。

「おわっ!?」

 何かが引っかかって足がうまく動かず、よろけて転びそうになる。何かないかと振り回した手は、木の幹に勢いよくぶつかった。

 足下も周りも、どこに何があるか全く見えない。

 背後からわずかに差し込んでくる神社の明り以外は、真っ黒に塗り潰された闇だ。

 どこに何がいるかも、あの恐ろしい死霊が潜んでいるかも分からない。早く走り抜けたいのに、気が急いてばかりで体は動いてくれない。

 がむしゃらに草をかき分けてもがいていると、浩太の声が聞こえた。

「落ち着いて!

 今はゆっくり進みながら息を整えて」

 ぱっと小さな明りが灯り、弱い光の中に浩太の姿が浮かび上がる。浩太は小さな懐中電灯で足元を照らして言った。

「ここは下草が多いし低い木の枝もあるから、死霊だってうまく進めないはずだ。落ち着いて進み続ければ、簡単には追いつかれない。

 むしろ焦って体力を使い果たす方が危険だ。

 できるだけ小さい動きで、静かに進もう」

 浩太の的確なアドバイスで、大樹と咲夜も少し冷静さを取り戻す。

 そうだ、まだ逃亡は始まったばかりなのだ。全員で生き残ろうとすれば、自分たちはこれから一晩中逃げ回らねばならない。

 例の緊急放送が聞こえたのが8時頃、それから神社でしばらく過ごしていたので、今はだいたい10時頃か。

(日の出まで約8時間……長い鬼ごっこだな)

 しかも、鬼の数はとてつもなく多い。そのうえ疲れを知らない。倒すことはできるようだが、いちいち倒していたらこちらの体力が持たない。

 死霊と違って、人間の体力には限りがあるのだから。

 だとしたら、今は温存する時だ。

 三人は小さな明りだけを頼りに、ゆっくりと森の中を進んで行った。


「……しかし、いくら進みづらいとはいえこう視界が悪いとまずい。囲まれても気づかないし、避けられるものも避けられない。

 だからとにかく森を抜けて、後は視界の開けた場所で逃げ回るべきか」

 歩きながら、浩太がこれからのことを話してくる。

 行き当たりばったりではとうてい逃げられないだろうから、現状を見て計画を立てるのはとても大切なことだ。

 こういう時、浩太の頭脳と冷静さは心強い。

 だが、大樹はちょっと心配になった。

「おいおい、静かに動くんじゃなかったのかよ?

 静かにしてると怖いのは分かるけど、声で見つかったら……」

「馬鹿ね、もうとっくに見つかってるわよ」

 ここで、今まで黙っていた咲夜が口を開いた。

「野菊は、大罪人の私を罰するために追ってきてるのよ。私を求めて神社に来たってことは、野菊は大罪人の居場所が分かるんだわ。

 だったら、どこに隠れてもいくら静かにしても無駄。

 私がいる限り、どこまでも死霊と一緒に追ってくるわ。

 だから、できるだけ早く近づいて来る死霊を見つけて、距離を取るしかないの!」

 咲夜の分析に、大樹はなるほどと思った。

 そう言えば白菊姫の伝承でも、野菊は隠し部屋に隠れてしまった白菊姫と作左衛門を苦もなく見つけ出していた。

 ついでに、同じ血を受け継ぐ聖子も、昔はよく幽霊さんに聞いてみるとか言って友達の失くした物を見つけていた。

 それを考えるに、死霊の声を聞く能力は人の目で探せないものを見つける力がありそうだ。

 であれば、下手に死角の多いところに閉じこもるのは逆効果だ。

「もっとも、群れから離れてうろついてる死霊もいるだろうから、そういうのの不意打ちを防ぐには静かにした方がいいんだろうけどね。

 今はまだその時じゃない」

 浩太が、さらに補足する。

 そうして話しながら進むうちに、三人の目の前に道路が現れた。


「ふう、抜けたか……。

 まだこの辺りに死霊は見えねえな」

 道路に出た三人は、すぐに森から離れて周りを見回す。街灯もない寂しい一本道には、人の姿も死霊の姿もない。

 神社前の参道に、野菊が大量の死霊を集めたのが幸いしたのだろうか。

 だが、咲夜がここにいる以上、いずれは現れるだろう。

「さて、あんまりぐずぐずしてられねえ。

 どこに逃げる?」

「菊畑の方に行くわ」

 咲夜は、即答した。

「集落の方には、きっとまだ避難してない人がいる。私が行ったら、その人たちを巻き添えにするかもしれない。

 だから、人がいない方に行く。

 それに、そこならどこに何があるかよく知ってるから。多少は、武器になるものもある」

 こんな状況でも他の人を気遣う咲夜に、大樹は胸が締め付けられるようだった。

 咲夜は本来、こんなにも他人を思うことができる優しく真面目な女の子なのだ。それが、どうにも我慢できずにやったたった一つの不手際で殺されるなんて、あまりに理不尽だ。

 しかし、咲夜は切ない顔で大樹と浩太に言う。

「二人とも、無理してついて来なくていいよ。逃げるのが辛くなってきたら、早めに私から離れて隠れて。

 何の罪もないあんたたちが、一緒に死ぬことはないから」

「……おまえだって」

 ともすれば一人で死のうとする咲夜の手を握り、大樹は人のいない道路を歩きだした。


 途中、かすかに銃声が聞こえた気がして、三人は足を止めかけた。

 しかし、すぐに自分たちには関係ないと思い直して歩き出した。田吾作が自分たちを追う死霊を少しでも減らしてくれているなら、ありがたいが。

 それからまた何か聞こえた気がしたが、自分たちの吐息だか風の音だか分からなかった。


 彼らは、背にしてきた神社で今何が起こっているのか知らない。

 早々に神社を脱出できた三人は、本当はあの場にいた誰より幸運であった。

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