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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
52/320

52.外へ

 咲夜と大樹たちの、逃走開始です。

 清美はどんな理由で、どんな建前をつけて、咲夜たちを逃がすのでしょうか。


 ここまできてもまだ、清美と聖子には村人に絶大な権力を振るえるアドバンテージがあります。

 他の人にない特殊な力を持つ者は、状況と発言が破綻するまで疑えないのが痛いところですね。

 野菊が、鳥居に歩み寄る。

 その動きは死者らしくゆっくりと、しかし一歩一歩確実に地面を踏みしめて近寄って来る。裁くべき者を目に映して、まっすぐ向かってくる。

 清美はうやうやしく一礼し、声高らかに呼びかける。

「野菊様、今宵も呼び起こしてしまい、誠に申し訳ありません!

 今宵黄泉への道を開いた大罪人が、ここにおります。どうか、黄泉のお心の召すままにお裁きくださいませ!」

 野菊からの返答は、ない。

 まだ距離があるためうまく声が届いていないのか、それとも聞こえていても返答しないのか。

 だが、村人たちの中には安心感があった。

 何と言っても清美は、黄泉と交信できる平坂の当主なのだ。清美には黄泉の声が聞こえているはずだから、任せておけば大丈夫なはずだ。

 そんな信頼を背に受けながら、清美はなおも呼びかける。

「罪人の裁きは、野菊様にお任せします。

 しかし今世の人々は、血を見るのに慣れておりません。ゆえに、大罪人の処刑は少し離れた所でお願いいたします。

 今から、この者たちを結界の外に出しますので!」

 もっともらしい理由を並べて、村人たちを納得させる。

(バレる訳にはいかない……何としても、ここから死霊の群れを引き離す!

 そのためには、咲夜たちに少しでも遠くに逃げてもらって時間を稼がせなければ。野菊がここにいる死霊の群れを連れてこいつらを追いかけ回し、朝まで神社に入って来る死霊がいなければ私たちの勝ちよ!)

 あくまで自分が助かるための計算で、咲夜たちに逃げる時間を与える。

 傍目に見れば不可解な行動だが、納得させる種はまいておいた。大罪人かどうか分からない子を混ぜてあるから、群れに放り込んで無実の子まで食われないようにするためと、それらしい理由をつけてある。

 それに何より、黄泉の思し召しだと言えば疑える者はいないのだ。

(大丈夫、今私たちに黄泉の声が聞こえてないことは私たちにしか分からない。

 こいつらを生贄にして今夜さえ乗り切れば、私たちはまた今まで通りに……!)

 ここが勝負だと背中に汗をかきながら、清美は恐ろしく無情な命令を下した。


「さあ大罪人どもよ、よく聞きなさい!」

 清美の口上とともに、村人たちが苦渋の表情で咲夜たちの髪を掴み上げて野菊の方を向かせる。

「あの死霊の群れと黄泉の使者たる野菊が見えるかしら?

 あなたたちは、この世のものではない者たちを呼び出してしまったのよ。

 これはとても重い罪、それこそこの世の法で裁けないくらい。だからあなたたちはこれから、結界を出て裁きを受けてもらうわ!」

 背後の村人たちからは、押し殺したような泣き声が聞こえる。起こした事が事だとはいえ、こんな子供が死なねばならないのが心苦しいのか。

 だが、それが何だ。

 こうやって禁忌破りの片棒を担ぐクソガキがいなければ、自分たちが結界を張る必要などなかったのだ。

 今自分たちがこんな薄氷の上に置かれているのは、こいつらのせいだ。

 もはや逆恨みでしかない恨みを心の中で燃やしながら、それでも表面だけは情けをかける声音で清美は咲夜たちに言う。

「でも、あなたたちの中に大罪人じゃない子がいるかもしれない。

 だから、ひとまず全員に逃げるチャンスをあげる。

 私がここで30秒数えるから、あなたたちはその間に神社の境界に沿って走って、少しでも群れから離れて結界から出なさい。

 野菊はまず大罪人を追うだろうから、無実の子はその間に逃げて隠れれば助かるわ」

 ひとまず建前を口にして、それから大樹の耳元でささやく。

「……でも、全員が助かる道もない訳じゃない。

 死霊は見ての通り動きが鈍いから、あんたたちの足でも引き離すことはできる。それで一晩逃げ切れたら、大罪人でも助かるわ。

 ……咲夜ちゃん、助けたいでしょ?しっかり支えてあげなさい」


 それは、大樹にとって望んでいた福音だった。

 大樹は、ちょっとした不注意で苛烈な罰を下されてしまう咲夜をどうにか助けたかった。だから、清美のこの心遣いには本当に感謝した。

 そして救われたような心持で清美の方を振り返り……


「……!?」

 目が合った瞬間、体中の毛が逆立つような恐怖を覚えた。

 清美は、笑っていた。情けをかけるような切ない笑みでも、勇気づけるような凛々しい笑みでもない。ただどす黒く、歪んだ笑み。

 その瞬間、大樹は理解した。

 清美は決して、咲夜や大樹たちを助けたい訳ではないのだと。


 しかし、考える暇は与えられなかった。

 清美が一方的に、カウントを開始する。

「じゃあ行きなさい。30……29……」

 大樹はすぐさま咲夜の手を取り、強く握った。浩太も同じ気持ちだったようで、同じように咲夜の手を掴む。

 咲夜は一人で死ぬ気だったようで少し抵抗したが、二人は夢中で引っ張って走った。

「来いよ咲夜!俺はこの手を放さないから、おまえが来ないと俺も死ぬぞ!」

「23……22……21……」

 自分の命を人質にして、咲夜を走らせる。

 清美が何を考えているかは分からないが、今は言われた通りにするしかない。それしか、咲夜と共に助かる道がないのなら。

「15……14……13……」

 参道にすし詰めになっている死霊たちから、少しでも離れるように足を動かす。

 鳥居に背を向けて、神社の境界である低い石垣に沿って必死で走る。街灯や神社の明りが遠ざかり、目の前に真っ黒な森の影が近づいてくる。

「7……6……5……」

 このカウントが終われば、自分たちはもう安全地帯にいられない。

 だが、素直に死霊の仲間になる気はない。できる限り足掻いて、生きてやる。

「3……2……1……」

 カウントの終わりを聞きながら、三人は神社と外界を隔てる柵を乗り越える。これでもう、三人を守るものはない。

 肌を逆撫でするような気持ち悪い風を感じながら、三人は明かり一つない森の中へ身を躍らせた。

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