51.放逐
咲夜を放り出す清美は、未だ不安を覚えていました。
だって、大罪人が咲夜だけとは限らないから……保身の狂気は、咲夜と共に騒ぎを起こした他の二人をも巻き込みます。
そして、ついに死霊の群れの中からあの方の登場です。
途端に、村人たちがどよめいた。
「お、おい清美さん……いくら何でもそれは……!」
咲夜を大罪人として怒りのこもった目で見ていた村人たちも、これにはさすがに驚きを隠せない。
だって、神社の外には死霊がうろついているのだ。
そんな所に出ていけというのは、死ねというのと同じだ。
いくら花の管理を怠ったからといって、今ここで咲夜が死ぬ意味はあるのか。
「清美さん、なぜそこまでやる必要がある?」
田吾作が、険しい顔で口を挟む。
「咲夜ちゃんが何かやったのは、事実だろう。それが禁忌を破る助けになったなら、大罪人に当たるのも分かる。
しかしな、今咲夜ちゃんを殺して何になる?
咲夜ちゃんが死んでも、死んじまった人間が生き返る訳でも死霊が引っ込む訳でもない。
それに、今殺してしもうたら、真相が分からんくなってしまうぞ!」
田吾作の意見には、筋が通っていた。
咲夜が大罪に相当することをしたのは間違いなさそうだが、大罪を犯したのが咲夜だけとは限らない。
咲夜はさっき花が盗まれたと言ったが、それが正しければ花を盗み、供え、さらにはそれを計画、提案したり手助けした者がいるはずだ。
田吾作の証言から、白川鉄鋼の従業員が手助けしたのは分かっている。
ならば真相を解明して次を防ぐ糧とするために、生かしてじっくり話を聞くべきではないのか。
ただでさえ、神社に来ていない白川鉄鋼側の犯人は何人生き残るか分からないのだ。
後々の償いのことも考えると、ここで咲夜を殺すことにはデメリットしかない。
だが、清美はその意見を一蹴した。
「いいえ、これは黄泉の罪の問題です!
禁忌を破った大罪人を裁くのは人ではなく黄泉、だから大罪人は黄泉に引き渡さなければなりません。
私は、黄泉との交渉を担う者としてその責務を継いでいるのです!」
そう言われて、村人たちは押し黙った。
清美は、間違いなく黄泉とつながるこの神社の当主なのだ。神事をまじめにやっていなくても、紛うことなき力を持った平坂家の血統なのだ。
だとしたら、黄泉の怒りを買わないためには言う通りにした方がいいのではないか……そんな畏れが村人たちを黙らせた。
「さあ、咲夜。覚悟はできてるわね?」
聖子に手を引かれるまま、咲夜が参道の前に歩み出る。
咲夜はぼろぼろと涙をこぼし、ぶつぶつと謝罪の言葉を呟いていた。
「ごめん……なさい……全部、私のせい、です……。
私が、間違ってました……ごめんなさい。小汚い百姓のくせに、逆恨みで迷惑かけてごめんなさい。叱られても分かんなくて、ごめんなさい。くだらない自分の怒りで、鍵をかけるのやめたりしてごめんなさい……」
咲夜にはもう、抵抗する気力もなかった。
自分はとんでもない事をした、自分が思うよりずっと悪い奴だった。馬鹿だった。正しいと思い込んで迷惑をかけた。人を殺した。
だから自分は死んでも仕方がないと、そう納得してしまっている。
両親は、せめて自分たちも一緒に出てできる限り咲夜を守りたいと涙ながらに訴えたが、清美に却下された。
「あなたたちまで死んだら、誰が娘のやった事を償うの?
あんな子を育てておいて償いを免れようなんて、死んだ猟師さんたちの家族に面と向かって言えるのかしら?」
そう言われると、何も言い返せなくなる。
内心やりすぎだと思う村人たちも、既に犠牲になった者の家族に配慮して何も言えない。
そうして異論を封じられたまま、咲夜は神社の入口に引き出された。眼前には数えきれないほどの死霊が立ち並び、どろりと濁った目でこちらを見ている。
その中には、見慣れた花を頭につけた長い黒髪の女の姿があった。黒地に白菊模様の着物をはだけ、内臓の欠片を垂らした、うつろな美貌を留めた女。
(ああ、白菊姫……。
今夜あいつと同じになるのは……あいつを演じるべき悪女は、私だったんだ)
咲夜はそう理解し、呆けたような笑みを彼女に向けた。
村人たちの中から咲夜が引き出されたのに合わせるように、死霊の群れの中からも進み出てくる者がいた。
意識があるかも定かでない死霊たちが、すっと道を開けてその者を通す。
やって来たのは、黄ばんで血に汚れた衣と赤いはかまの女であった。
髪は乱れ顔はまさに幽鬼のごとく痩せこけ、それでも目には力がある。
頭には金箔のはげ落ちた冠をかぶり、手に暗い炎をまとった宝剣を携えていた。
「野菊……」
清美は珍しく畏れのこもった声で、その名を呟く。そして見せつけるように、咲夜の髪を掴んで顔をそちらに向けさせる。
野菊の目当てが大罪人ならば、こいつを外に逃がせば追いかけて去ってくれるはずだ。
そうして野菊が死霊たちをここから去らせてくれたら、自分が結界を張っていないとバレずに済む。村人にこれ以上の犠牲を出さず、村の守り手としての立場を保てる。
しかし、それでうまくいくかは疑問だった。
(咲夜は大罪人で間違いない。
だけど、神社に他にも大罪人がいたら……)
その場合は、野菊と死霊は去ってくれないかもしれない。
(……見つけて外に放り出さなきゃ。疑わしきは全て……)
あさましいまでの保身から恐ろしい考えに至り、清美は後ろの村人たちを見渡す。これも村人たちを守るためだと心の中で言い訳しながら、清美は呼びかけた。
「ところで、咲夜と一緒になって村で騒ぎを起こしてた子がいたわよね?夏休みに白菊姫のことを調べて、咲夜に協力した子。
その子たちにも、出てきてもらおうかしらぁ?
そいつらも災厄の元凶だし、咲夜に協力する動機は十分よね」
その発言に、大樹は息を飲んだ。
そう、咲夜が大罪人にされてしまった以上、自分たちはもはや安全ではなかったのだ。咲夜の報復に付き合った時点で、もうその運命は一蓮托生になっていた。
咲夜を守るとかそういう問題ではなく、自分の命も危ないのだ。
保身に狂った清美と逆恨みに染まった聖子の目が、大樹と浩太を捉えた。
「ちょっと、やめてください!
うちの子は何もしてません、今日はずっと私たちと一緒にいました!」
大樹の母が、金切り声を上げて反論する。それもそうだ、本当に何もしていない大樹とその家族にとってこれは寝耳に水の、有り得ない疑いだ。
だが、それにさらに反論する声がある。
「でも、今日以外に何もやってない保証はないわよね?
てゆーか、そもそもあんたらが騒ぎを起こさなきゃこの災厄は起きなかったのよ!」
それは、陽介の母だった。他にもさっき犯人と疑われていた白川鉄鋼関係者の家族が、怒りを露わにしてにらみつけている。
「さっきはあんなにあたしらを疑ったくせに、自分は言い逃れ?いい気なもんね!
そんなに犯人が許せないなら、自分たちも潔く罰を受けなさいよ!」
白川鉄鋼の関係者たちは、さっき村人たちのやり場のない不安を押し付けられて尋問されて苛立っていた。
だから今度はそのやり場のない怒りを、大樹たちに向けているのだ。
それを追い風にして、清美はさらに強く大樹と浩太を出せと迫る。
浩太の両親はどうしていいか分からず、うろたえるばかりだ。
「そ、そんな……でも、出さないと後でどうなるか……」
「いや、さすがに死んだらまずいだろ……」
今後の生活を考えて迷う浩太の親に、清美は優し気に言う。
「私だって、罪もない子を殺したい訳じゃないわ。でも、罪のある子にはきちんと裁かれてもらわないと困るの。
だから、群れからちょっと離れた所に出してみて、神様に委ねましょう」
「神様に委ねる……それなら……」
何ともあいまいな言い方に絡めとられて、浩太が押し出される。浩太は一瞬ぎょっとしたが、親は周りの圧力に屈して顔色を伺うばかりだ。
そうして、大樹と浩太も咲夜の隣に引き出された。
清美は額の汗を拭うと、狡い笑みを浮かべて野菊の方を向いた。
「さあ野菊様、今度の災厄を招いた罪人はここにおります。
今そちらに送り出しますので……どうかお引き取りくださいね?」
野菊の恨みに満ちた目が、咲夜たちの方をにらんだ。




