50.大罪容疑
ついに咲夜の罪が、村人たちの前に晒されます。
神社の当主である清美と聖子、咲夜の両親、そして村人たちの疑いの目が咲夜に突き刺さります。
自分は罪を裁く側だと思っていた、正義感の強い咲夜はこの状況にどうなってしまうのでしょうか。
(あ、あ……嘘よ、そんな……!)
槍のように突き刺さる視線に、咲夜は足がガクガクと震えた。
村人たちの視線が、今まで見たこともない目が数えきれないほどこちらを向いている。およそ自分に向けられるとは思えなかった、冷たく重い視線。
村人たちは、信じられないような表情で食い入るように咲夜を見ている。まさかという驚きに、裏切られたような失望と落胆と怒りが混ぜこぜになっている。
「どういう事じゃ、おい……」
「咲夜ちゃんは、わしらの味方じゃなかったんか……!」
村人たちの中から上がる、疑念の声。
咲夜は、心の中で叫んだ。
(違う、私は村と農家のみんなの味方だよ!!
私は禁忌破りに手を貸してないし、貸そうと思ったこともない!私は、間違っても塚にあれを供えたりしてない!!)
だが、その言葉が咲夜の口から出ることはなかった。
分かっている……手を貸した覚えはなくても、隙を作ってしまった覚えはある。
それだけでも罪だと言うならば、咲夜に言い逃れの余地はない。だって明らかに、それがあったから今あそこに例の花があるのだ。
心づもりはそうでなくても、そういう結果を招く行動を取ったのは事実だ。
恐怖におののく咲夜に、聖子がついっと近づく。
「ねえ、どういうことか……説明してもらおっか。
村をこんなにしておいて、今さらだんまりはないわよねえ?」
聖子の顔には、醜い喜びに満ちた歪んだ笑みが浮かんでいた。その心中は、自分の心地よい立場を奪った者の不幸をこの上なく喜んでいた。
姑息な謀略で自分とひな菊の仲を割いておいて、これは何だ。
もしここで咲夜を大罪人として公開処刑にしてやれば、自分はまたひな菊に恩を売って仲良しに戻れるかもしれない。
そんな下心まみれの下卑た笑みで、しかし立場は村を守る巫女として、聖子は迫った。
「さあ咲夜、自分がどんな罪を犯したか、白状なさいよ!!」
獄吏のように迫ってくる聖子を前に、咲夜はよろけるように後ずさった。
と、その背中に何かが当たって止まる。心臓が口から飛び出しそうになりながら恐る恐る振り向くと、そこには両親の顔があった。
「咲夜……」
父と母は、心配そうな顔をしていた。
「何があったのか、正直に言いなさい。
黙っていたら、分からないよ。おまえのためにも、正直に話すんだ」
その言葉は、心から咲夜を思ってのものだった。
父の宗平と母の美香は、咲夜が望んで禁忌破りに手を貸したなどとは思っていない。だから咲夜の口で、はっきりそれを言ってほしかった。
そう言ってもらえれば、自分たちは全力で咲夜を守るつもりだった。
しかし、咲夜にそれを素直に受け取る余裕はない。
だって今の咲夜にとって、両親は自分の報復を否定した、ひな菊の味方なのだ。そんな相手に正直なところを言って、助かるとは思えない。
むしろ両親は報復などするから罰が当たってこんな事になったのだと、自分を責めて切り捨てる気じゃないだろうか……そんな風にさえ思えてしまった。
報復を否定されて両親に不信を抱いていた咲夜は、もうその手を取って助けを求めることもできなくなっていた。
何も言えず口が固まってしまった咲夜に、周囲はどんどん疑念を募らせていく。
「おい、何で何も言わねえんだ……」
「まさか、本当にこいつが……!」
今まで味方だと思っていた農家の人や老人たちの顔が、みるみる怒りに染まっていく。この状況で、沈黙は容疑を否定することにならない。
全身を針で刺されたように動けない咲夜に、清美が言い放った。
「どうやら、この子が大罪人で間違いないみたいね。
死霊を呼び起こして大事な村の守り手を死なせた罪、どう償ってもらいましょうか!?」
神社の現当主から下された死刑宣告に、咲夜は奥歯がガチガチと鳴った。
このままでは、自分が大罪人にされてしまう。禁忌破りと人殺しの罪を着せられて、村人たちの恨みを一身に受けて……。
「い、や……ち、違うの……!」
凍えたようにうまく動かない口を必死で動かして、咲夜は弁明する。
「わ、私は……花、供えてない!あれ、供えたの……わ、私じゃない!わ、たし……こんな事、の、望んでない……!
盗んで供えたの、ほ、他の人……!」
よく考えることもできず吐き出された言葉は、かえってほころびを捉えられて。
「盗む?どうしてそうなったと思うのかしら?」
大げさに首をかしげる清美に、母の美香が声を詰まらせながら言う。
「そんな事が起きないように、きちんと対策はしております!ビニールハウスも焼却炉も、今夜まで異常はありませんでした!
だからそんな事、できるはずが……」
言いながら、美香は何かに気づいたようにはっと口を押えた。
花を持ち出せないシステムに破綻はない。それが正しく運用されていれば、盗まれることがそもそも有り得ない。
ならば、なぜ盗まれたのか。
理由は、システムが正しく働いていなかったから。
そして、それを管理しているのは泉家の人間のみ。
父の宗平と母の美香は、普段と違ういい加減なことをした覚えがない。ならば不手際を起こせるのは、一人しかいない。
咲夜だ。
咲夜が管理しているところで何かの間違いが起こったか……もっと勘ぐれば、故意に起こしたのか。
それ以外に説明がつかなかった。
「咲夜、おまえ……」
父と母が、この上なく苦々しい顔で咲夜を見つめる。
咲夜は、心臓を棘のある鎖で締め付けられたようだった。
これまで自分を育ててくれた父と母が、自分をもう確信めいた疑いの目で見ている。どうあがいても許されることのない、最悪の罪人を見る目で。
しかも、その疑いは間違いなく真実で。
昨日の夜、焼却炉の鍵をかけず、あの花がこんな風に使われる隙を作ってしまったのは、他の誰でもない咲夜。
父と母に報復をたしなめられたのを逆恨みし、衝動的にとても大事な仕事を放棄してしまった。
それでも叱られるのが嫌で、それを内緒にしていた。もしあの時正直に告げていれば、警護を手厚くするなどして対策を取れたかもしれないのに。
全ては、咲夜がその場の感情でやってしまったこと。
その結果、死霊が呼び起こされ人が三人死んだ。
ここまでやってしまったらもう、許されるという道などない。
ついさっき、咲夜自身が禁忌を破った者に対して言った言葉が脳内に反響する。
『悪い奴とその仲間は、どんな手を使っても何とかしなきゃいけない。それを怠ったから、こういう事になった』
『死人まで出ちゃったらさ、もう村で生きていく資格ないよねー』
その時は正義感に驕って出た言葉が、今は自分に突き刺さる。
(ああ、そうか……私は……生きる資格がないほど悪い奴だったんだ……)
咲夜の心は、真っ黒な絶望に支配されていた。
両親はそれでも咲夜に手を差し伸べようと何か言っているが、もう咲夜の耳には入らない。咲夜の目に両親は、自分を責めて怒っているようにしか見えない。
咲夜の心はたった一人、孤立無援だった。
そうして呆然と立ち尽くす咲夜をねめつけるように眺めて、清美が刑を告げる。
「伝統を守るふりしてこんな事するなんて、許しがたい大罪だわ。
あなたには、黄泉の裁きを受けてもらいましょうか。
この神社から、出て行きなさい!」




