49.大罪の花
知らず危機にある村人たちの前に、災厄を招いた花が晒されます。
白菊姫とともに現れる災厄の花は、咲夜にどんな絶望を見せるのでしょうか。
そしてその流れは、聖子と清美にとって非常に都合がいい……。
街灯の白っぽい光に照らされてなお、灰、茶、黒といった冴えない色ばかりの死んだ群れの中で、その花はひときわ目立って見えた。
汚れのない純白、みずみずしくピンと伸びた花弁。
花の中心には太陽のような黄色、命を継ぐための生きた器官。
死んで腐った群れに似つかわしくない、生花。
その花弁は一枚一枚がストローのように巻き、先端がスプーンのように開き、放射状に広がって一輪の花を形作っていた。
しかし惜しいことに、全てがそうなっていれば美しかったであろう花は、三分の一ほどがつぼみのまま開き損ねたようなぶかっこうな形をしていた。
その形に、咲夜はめまいを覚えた。
(え、あれ……何で?
何で死霊の中に、うちの花が……?)
見間違えるはずがない、あれは咲夜のいえのビニールハウスで育てている菊だ。咲夜が毎日のように世話を手伝って、目にも手にも馴染んだ形。
それが、ぽつんと死霊の中に浮かんでいる。
今夜は白菊を外に出してはいけないと、村の誰もが知っているはずなのに。そのために皆が厳重に管理しているはずなのに。
咲夜だって、さすがに今日はビニールハウスも焼却炉もしっかり施錠を確認してある。
だが、昨日はそうでもなかったような……。
咲夜の背中に、どっと汗が噴き出した。
そうだ、自分は昨晩、焼却炉の鍵をかけていなかった。だからその時そこからなら、白菊を外に出せたはずだ。
よく見れば、あの菊は焼却炉に放り込んだ売り物にならない花にそっくりではないか。
もしあれが、悪用されたのだとしたら……。
紛うことなき咲夜の罪の証が、そこにあった。
(162)
(そ、そんな、嘘よ……何かの間違いでしょ!?)
予想だにしなかった事態に、咲夜は震え上がった。
これでは、自分が禁忌破りの片棒を担いでしまったみたいじゃないか。自分が村に災厄を招いたみたいじゃないか。
そんなことがあってたまるか、自分は村も菊も大事にしてきたのに。
農家を馬鹿にして嘲笑うひな菊なんかとは、違うのに。
白く輝く花から目を離せないまま、咲夜は必死で別の可能性を探す。
(あ、あそこに花があるからって、焼却炉から持ち出されたとは限らないじゃない!だってビニールハウスには、今でもいっぱい咲いてるし……。
そうだよ、きっとビニールハウスだ!頭の中が訳分かんなくなってる死霊が、ビニールハウスを破って中から花を引っかけて……)
思いきり都合よく考えようとするも、咲夜の聡明な頭は次々と疑問を返してくる。
自分たちが使うビニールハウスは頑丈だ。台風でも滅多に倒れないあれを、素手の死霊が破れるのか。
それ以前に、死霊があんな人気のない所に積極的に向かうのか。自分の家族も近辺の農家もだいたいここに避難していて、あそこに餌はいないのに。
止めどなく湧いてくる嫌な疑問を無理矢理押し込めて、咲夜は大丈夫だと自分に言い聞かせようとする。
だが、そんな咲夜を嘲笑うような会話が聞こえてきた。
「し、白菊姫はどうやって見つけるのですか!?」
康樹が何としても白菊姫を見つけようと、聖子に質問していた。気持ち悪い死霊を前に鼻息を荒くする康樹にドン引きしながらも、聖子は答える。
「えーっとね……白菊姫は、頭に白菊の花をつけてるのよ。
その夜白菊塚に供えられ、封印を解いた花を頭に飾ってるの」
「ほほう、それではもしや……あの花ですかな?」
康樹の視線は、咲夜が見ているのと同じ花に注がれていた。その花がちょうど人の頭の高さくらいにあると気づいた時、咲夜の心を絶望が塗り潰していった。
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「え、あの花ってどこどこ?
あ……まさか、本当に白菊姫!?」
聖子が、死霊の中に浮かぶ白菊の花に気づいた。聖子は信じられない顔ながらも清美に駆け寄ると、それを耳打ちする。
すると、清美が村人たちに叫んだ。
「皆さん、死霊の中に白菊姫がいるわ!
頭に、今夜封印を解いた花をつけてる!
探して!その花を捧げた、もしくはその手助けをした者が今回の大罪人よ!!」
それを聞くや否や、村人たちの視線が問題の花に集中する。
だって、あれだけ起きないように頑張って防いできた災厄を起こした花なのだ。農家のこれまでの努力を嘲笑い、既に三人の死者を出した忌まわしい花なのだ。
ここに避難してきていない村人がこれから何人死ぬか分からない、あってはならない事態を導いたおぞましい花なのだ。
そして、それを起こした犯人につながる重要な手がかりだ。
自然と、村人たちの目が鋭くなる。
やがて、農家の人たちからこんな声が上がり始めた。
「何だ、ずいぶん変わった形の花だなあ」
「ありゃ昔からの菊じゃねえぞ、あんなのを育てとる家は少ないだろ」
そう、咲夜も分かっていたことだ。
今死霊の中で揺れている菊は、かなり新しい品種だ。昔からある菊とは一線を画する、品種改良によって生まれた現代的な花。
伝統を重んじるこの村において、そういう菊を育てるのは少数派だ。
よって、すぐバレる。
「……しかし、昼間の祭りで見たぞ」
「ああ、ありゃ……泉さんとこの菊じゃねえか?」
咲夜も知っている。あれは父が交配によって作った品種で、それを皆に見てもらうために昼間神社の境内に展示していたものだ。
だから、見る人が見ればすぐ分かる。
村人たちの視線が、咲夜に集中した。




