48.カウントダウン
ついに、本格的な惨劇のカウントダウンが始まります。
焦る清美の前で、大量の死霊が迫ってきますが……。
本当は、誰の、何を追及されるカウントダウンだったのでしょうか。
いつの間にか、鳥居の前に倒れる死霊は二十に迫っていた。
今のところ、結界のラインに達した奴はいない。しかし清美は、どうにも嫌な予感が止まらなかった。
(こっちに来る死霊の数が減らない……?
それに、戦時中よりもっと前の格好の奴が混じってきた!)
清美は田吾作や他の村人たちの話を聞いて、ここに来る死霊は少ないだろうと思った。
というか、そうでなければ困る。ここに来た全てを田吾作が結界に達する前に撃ち殺せなければ、自分たちが結界を張っていないことがバレてしまう。
いやそれだけでは済まない。
この不幸にして実在したおぞましい死にぞこない共は、結界があると思って安心している村人たちに襲いかかるだろう。
自分たちのせいで、これまでにない被害が出るかもしれない。
そうなれば、今後自分たちはどうなってしまうのか……考えるだけで、奥歯がガチガチと鳴りだしそうだった。
「田吾作さん、弾は……?」
清美は、震えをこらえて尋ねる。
「あと二十発もない……元々そんなに使うことを想定しとらんでな」
悪い予感は当たった。とても全ての死霊を撃ち尽くせる数ではない。
「補給できるあては?」
「ここから出ん限りは無理だな。
家に帰ればたくさんあるが、とても取りには行けん。あとは既に食われた三人が持っとる分だが……あいつらも今頃は起き上がって、どこをうろついとるか」
田吾作の答えに、清美は頭をかきむしりたい焦燥に駆られた。
残された時間は少ない。田吾作が残りの弾を撃ち尽くす前にどうにかしなければ、自分たちには破滅あるのみだ。
(こ、こんな……冗談じゃない!
とにかく他の村人を下がらせて時間を稼いで……ああ、でも数が多すぎる!それに、逃げるったってどこに逃げるの!?)
こんな時、死霊の声に何か手がかりをもらえたら……清美は初めてあの煩わしい声を恋しく思った。
しかし、死霊の支配を黄泉に奪われた今となっては後の祭りであった。
死霊に聞けぬとあっては、人に聞くしかない。
清美は必死になって、田吾作にまくしたてる。
「何で、こんなにたくさん神社に来るのよ!?
神社に来るのは、前回死霊になった一部じゃないの!?」
「前回でなくても、神社に逃げ込もうと思いながら死んでいった奴はおるだろう。
そうでない奴でも、これだけ銃を撃てば音で集まって来る。数を減らすためにゃ、仕方のない事だ。
もしくは、ここに大罪人が逃げ込んでおって、野菊が本隊を率いて来たか」
「大罪人……」
呟きながら、清美は一筋の光を見出した。
(奴らの目的が大罪人なら、そいつを外に放り出して逃げさせればそっちを追っていくかもしれない!
そのまま大罪人を追って死霊が去ってくれたら、私たちは助かる!)
清美は引きつった顔に、どす黒い笑みを浮かべる。
そんな神社の当主を、田吾作はいぶかしそうに見ていた。さっきから表情といい聞かれることといい妙に切羽詰っているし、必死で何かを考えてはコロコロと顔を変えて、どうもおかしい。
「清美さん、あんた何を隠しとる?」
突然投げかけられた問いに、清美は心臓が口から飛び出しそうになった。
「べべ別に、何も隠してなんか……。
いや、いろいろとあるわよ……私たち一族しか知らないことは……」
あからさまに慌てた後、取り繕うような返事。田吾作はさらに疑いを深めるが、問い詰める暇はなかった。
後ろで見ている村人たちから、驚きの声が上がる。
「おい、あれ、白菊姫じゃないのか!?」
途端に、後ろから聞こえるどよめきが波のように二人を飲み込む。
もし本当に白菊姫であれば、野菊が本隊を率いてきた可能性が高い。それに白菊姫は清美にとって厄介な、撃ち殺せない死霊なのだ。
二人は、ひとまず質問の応酬を止めて死霊の群れに目を凝らした。
街灯に照らされる死霊の群れの中に、光るものがあった。
乱れた長髪に刺さっている、キラキラと光って揺れるもの。それは、艶やかな女のかんざしだった。
その体は、だいぶ破れてはだけてはいるが、形の良い着物をまとっていた。
黒地に、色とりどりの菊が咲き乱れる。
白菊のみの模様では、なかった。
突然、見ていた老人が叫んだ。
「ありゃあ喜久代だ!白菊じゃねえ!」
その言葉が終わらないうちに、ズダーンと銃声が響く。喜久代と呼ばれたその女は、まだ神社から距離があるにも関わらず撃ち抜かれて倒れた。
「……おまえを撃つ日を、どれだけ待ちわびたことか」
田吾作が、吐き捨てるように言う。
「おまえが禁を破りそのうえ神社を封鎖したおかげで、どれだけの人間が犠牲になった事か。
永遠に許されぬその身に、何度でも撃ちこんでやるぞ!」
田吾作の目には、積年の恨みが燃え盛っていた。
他にも何人もの老人たちが、同じような目で喜久代を見ている。
(喜久代……前回の大罪人ね)
前回の経験者と、そしてその詳細を語り継がれた清美は知っていた。この女こそが、前回の災厄を引き起こした元凶であると。
彼女も白菊姫と同じように、野菊に直接罰せられて解放されぬ呪いを受けている。
つまり彼女は頭を撃たれても時間が経てばまた起き上がる……彼女を撃っても死霊の数を減らすことはできない。
だが、清美はもうそんなことを気にしていなかった。
もっと重大な変化が、死霊たちに起こっていたからだ。
(死霊たちの動きが鈍い……やはり、野菊が近くに?)
さっきまではまっすぐ神社に向かって来ていた死霊が、立ち止まって寄ってこなくなった。参道にはもう数えるのも面倒なほど死霊があふれているが、彼らは足を止めたまま溜まっている。
強烈な飢えに突き動かされ、しかも目の前に餌があるのに、だ。
こんな芸当が出来るのは、一人しかいない。
(野菊なら、死霊を操れる!)
死霊の本能的な動きを止められるのは、黄泉の将であり彼らを支配する野菊のみ。つまり神社の前にいる死霊たちは、野菊の支配を受けている。
(野菊が来ている……おそらく、大罪人を求めて!)
野菊がここに来る理由など、それ以外に思い当たらない。
清美は、胸に希望があふれた。
(そうよ、なら、大罪人さえ差し出せば野菊はここにいる死霊を連れて去ってくれるはず!そうすれば、結界がなくてもここは襲われない!!
大罪人さえ、見つかれば……)
清美はバクバクと鳴る胸を押さえて、後ろで見ている村人たちに目を凝らした。
一方、見ているだけの村人たちの中にも状況を理解できる者がいた。
「死霊が動かなくなったぞ、どういうことだ!?」
「これが、結界の効果なのか?」
よく知らない若い村人たちはうろたえていたが、咲夜たちはこの動きに心当たりがあった。
浩太が、声を潜めてささやく。
「ねえ、これ……あのシーンに似てないか?」
咲夜と大樹も、すぐに同じシーンを思い浮かべた。
屋敷を出て逃げようとした白菊姫が死霊に囲まれ食われそうになったところで、野菊が死霊を制止したシーンだ。
もしこれが同じだとしたら、当時の白菊姫に相当する……大罪人がここにいるのか。
(誰?一体、誰が禁忌破りに手を貸したの?)
咲夜は素早く、村人たちに目を走らせる。それから、野菊を探して死霊の方にも。
その腐った群れの中に、ポツンと清らかな白が光った。思わず目を凝らして見ると、それは見慣れた白菊の花だった。
(あれ?何でうちの花があんなところにあるの?)
咲夜の背中を、稲妻のような悪寒が走り抜けた。




