47.迎撃
ついに、神社に死霊が現れます。
田吾作の迎撃により、事態は清美の思うように進むかに見えますが……。
そして、康樹の好奇心により、特別な死霊の存在が明らかになります。
禁忌を破ってしまった者は、どんな罰を下されるのでしょうか。
淀んだ空気を切り裂いて、突如一発の銃声が響いた。
「何事だ!?」
「死霊だぞ!田吾作さんが撃った!」
村人たちは、一気に騒然となった。
いくら安全地帯にいるとはいえ、伝説上の化け物が実際に迫ってきたとなれば心穏やかではない。
それに、村人たちの多くはこれまで死霊を見たことがない世代なのだ。不安と物珍しさと怖いもの見たさで、村人の多くが田吾作の方に向かった。
神社の入口にある鳥居の前で、一人の男が倒れていた。
色の悪い顔に穴を開け、汚れた歯をむき出しにして白目をむいて倒れている。そいつは国民服をまとい、戦時中から抜け出て来たようだった。
田吾作はそいつを見て、憎々し気に呟く。
「今こそ数を減らせ、か……もっともな話だな。
前はこいつらのせいで、無駄に死霊を増やすことになった!」
田吾作は、目の前でたった今撃ち殺された死霊を知っていた。
前回の災厄で、迷信を断つという名目で村人が平坂神社に避難するのを阻んだ軍人の手下だ。
こいつらのせいで多くの村人が避難できず犠牲に……死霊になった。
そのうえこいつら自身も、死霊に襲われても軍人が撤退を許さなかったせいで、ほぼ全滅に近い形で死霊の仲間になった。
その時の奴と思しき軍服や国民服の死霊がポツポツと続けて来ている。
「死霊の奴らは多少生前の記憶を残しよる。
そのせいでこいつらは神社に来よったか。
だが、今回は誰もおまえらの手にはかけさせんぞ!」
当時の恨みを晴らすように、田吾作は次々と銃弾を放つ。鳥居に近づいて街灯に照らし出された順に、旧世代の死霊たちが地に伏していった。
その一方的な死霊狩りを、村人たちは固唾を飲んで見守っていた。
「ほ、本当に昔死んだ人間が出るのか……」
死霊の存在に半信半疑だった村人たちも、これには認識を改めざるを得ない。
ゆらゆらと近寄ってきては倒れる者たちは、どこから来てどうしてここにいるのかも分からぬ見知らぬ顔。
身にまとうのは明らかに現代では考えられない、前時代の遺物。さらにその体に、生きて歩くことなど不可能と思われる傷が刻まれた者もいる。
どう考えても、この時代の生きた人間ではない。
それにこの人間に似たモノたちは、前を行く仲間が何人撃ち殺されても意に介さずこちらに向かってくる。
彼らにまともな人間の心が宿っていないのは明白だ。
明らかに人でないモノを前に、村人たちは背筋が凍る思いだった。
だが、そんな異常事態の中でなお平常心を崩さない者もいた。
大樹の兄でオタクの康樹は、スケッチブック片手に目を輝かせて言う。
「ほう、昔死んだ人間に会えるのか。これはすごい事だぞ!
はっ!もしかすると、この死霊の中に伝説の白菊姫本人もいたりするのか!?ゾンビでも、生で会えるというのか!?」
萌えに荒い鼻息を立てる康樹に、年配の村人が呆れながら説明する。
「何とまあ、恐れを知らん奴だ……。
しかしまあ、いる事は確かだ。災厄が起こるたびに、白菊姫の姿は死霊の中にあったと記録されとる。
ただし、奴はただの死霊ではないが」
そこで、村人はおどろおどろしい声になって続けた。
「この災厄の大元になった白菊姫と、各時代の災厄を招いた大罪人たちは、野菊に直接罰せられて特別な呪いを受けるらしい。
そうなった奴は頭をやられてもそのうち再生し、永遠に許される事無くさまよう。
他の死霊は器が壊れれば解放されるが、大罪人にはそれすら許されんのだ!」
康樹は、食い入るようにその話を聞いていた。周りにいた大樹や咲夜も、この話は真剣に聞いていた。
死霊の性質は聞いておいて損はないし、禁忌を破った者の末路も気にかかったからだ。
今回の場合、自分たちの顔見知りであるひな菊がそうなる可能性が高いのだから。
話を聞いた咲夜は、さっきより勢いを削がれて青ざめた顔をしていた。そして、胸のつかえを吐き出すように一息ついて呟く。
「ふーん、そんなに……ひどい目に遭うんだ。
でも、それだけ重い罪ってことだから……仕方ない……のかな……」
昨夜の言葉は、詰まったようにとぎれとぎれだった。
ついさっきまでは、いや今もひな菊は罰が当たってひどい目に遭えばいいと思っている。咲夜は夏休みのあの日からずっと、それを目的に動いていたのだから。
しかし、実際に下される罰は想像を絶するものだった。
暗闇の中から次々と歩み出てくる、腐臭をまとい人の心を失った者たち。絶え間ない飢えに突き動かされる、黄泉の尖兵と成り果てた人間だったモノ。
自らが撃たれる恐怖も忘れて、むしろ解放を求めるようにやって来ては無情に撃ち抜かれていく。
それでも解放されない大罪人の苦しみは、どれほどのものだろう。
本当にひな菊はそこまで苦しむべきなのか、つい考え直しそうになる。
大樹も、納得したように呟いた。
「そっか……わざとでも知らなくても、禁忌を破ったらその罰確定なんだな。
だから畑山のばあちゃんたちは……いたずら半分で俺らがそうならないように、あんなに厳しく叱ってくれたのか」
かつて自分がやらかしそうになったからこそ、衝撃は大きかった。
一歩間違えば、自分は軽い気持ちでそうなってしまったかもしれない。
当時はただ理不尽で怖いだけに感じていた老人たちの態度が、ここまでありがたく感じたのは初めてだった。
「ま、まあここにいれば大丈夫だよ。
たとえ大罪人であっても、結界の中で一夜を過ごせば向こうは手を出せないから」
恐怖におののく咲夜たちを励ますように、年配の村人は言う。しかしそんな言葉ではとても太刀打ちできない恐怖をまとって、銃声は響き続けていた。




